第38話 高貴な訪問客
応接間には、まず私とネイラだけで向かいました。
アルチーナ姉様は着替えてから来ると言っていましたが、体調が心配ですから、お客様にはその事を申し上げて要件によってはお断りしようと思っています。
それなりに覚悟を決めて、深呼吸をしてから中に入りました。
まず見えたのは、ゆったりと座るグロイン侯爵様でした。
今日も騎士の制服を着ています。私と目が合うと僅かに微笑んでくれましたが、すぐに意味ありげな視線を向かい側の椅子へと向けました。
その向かいの椅子には、ハーシェル様が座っていました。
侯爵様とは違い、騎士の制服は着ていません。長めの鮮やかな金髪は首の後ろで緩やかに束ね、宝石が輝く銀製の留め具を付いていました。
私には笑顔とともに、軽く手を上げてくれましたが、その指にはいくつか指輪が輝いています。服にはさりげなく銀糸が刺繍されていて、襟元には驚くほど大きな青い宝石が輝いていました。
……今日のハーシェル様は「レイマン様」とお呼びすべきかもしれません。
そう直観的に悟るほど、きらびやかな姿です。今までお会いしていたハーシェル様は美麗な騎士様でしたが、今日は次期レイマン侯爵の地位にふさわしいお姿でした。
「急に悪いね、奥方殿。オズウェルの帰宅に便乗して、お邪魔させてもらったよ」
ハーシェル様はいつも通りの気楽なお言葉をかけてくれました。でも、その発音は貴族的なものです。圧力は感じませんが、対応を迷ってしまいます。
その一瞬の反応の遅れを、ハーシェル様は見逃しません。ぐいと身を乗り出し、面白そうに目を輝かせました。
「君たち夫婦の部屋にもお邪魔したいのだが、オズウェルに止められているんだよ。あとで見せてもらってもいいかな?」
「そ、それは構いませんが……」
私はちらりと侯爵様を見ます。
グロイン侯爵様は、うんざりしたような顔で首を振りました。
「ハーシェル。何度も言わせるな。俺はこの後にまだ仕事がある。俺がいない部屋に上がり込むつもりか?」
「硬い事を言うなよ。奥方の姉君とその婚約者殿にも同席してもらえば問題ないだろう?」
「おやめなさい。ハーシェル。弟が親友の家で間男になるなんて、そんな噂は聞きたくはありませんよ」
今まで無言だった、もう一人のお客様が口を挟みました。
不思議な女性でした。
部屋の中なのにフードを被ったままで、何も紹介をされていないのでどう対応すればいいか困っていたのですが、その女性はフードをぱさりと下ろしました。
「初めまして、ですわよね? グロイン侯爵夫人。マレアナと申します。ハーシェルの姉ですのよ。弟の親友が結婚したと聞いて、ずっとお会いしたかったわ。エレナさん、とお呼びしてもいいかしら?」
滑らかな声に、艶やかな金髪。
それほど若くはないようですが、びっくりするほどの美人です。着ているのは一見地味なドレスなのに、素晴らしいイヤリングとネックレスをつけていました。
「ごめんね。まさか姉がついて来るとは思わなくて。手土産を何にすればいいか、などを相談しただけのつもりだったんだよね」
「グロイン侯爵が奥様を全然紹介してくれないから仕方がないでしょう? もっと早く訪問できると分かっていたら、エレナさんへの贈り物を用意できたのに。ねえ、壁掛けはどのようなものがお好き? お部屋に合うものをお贈りしたいわ!」
「姉上。あなたの好みを押し付けてはいけないよ」
「押し付けないわよ。でも、そうね。エレナさんには別のものの方がいいかもしれませんわね。そうだ、可愛らしいレースのテーブル掛けにしようかしら!」
美しい姉弟の会話に圧倒されていると、グロイン侯爵様が隣の席を示してくれました。
おずおずとそこに座ると、侯爵様がぐっと身を寄せて私の耳元で囁きました。
「あの女性は、ローヴィル公爵夫人だ」
「……え、そうなのですか」
予想以上の近さに緊張した私は、でもすぐにハッとして顔を上げました。
侯爵様は小さくうなずいて、また視線を姉弟に移しました。
「もう少し後で力を借りるつもりだったが、予想外に早まってしまった。だが、あなたと姉君の力になってくれるだろう」
どうやら、昨日の今日で動いてくれたようです。
侯爵様だけでも力強いのに、ハーシェル様が次期侯爵様として、そしてローヴィル公爵夫人まで私たちに力を貸してくれるなんて。
急に未来が明るくなります。
アルチーナ姉様にもお知らせしたい。そう強く思ってお姉様を呼びにいこうと腰を浮かせかけた時。
やや性急なノックがして、ほぼ同時に扉が開きました。
「これは、皆様、ようこそおいでくださいました!」
なんと、お父様でした。
王宮にいるはずのお父様が、やや息を弾ませながら、でも完璧な笑顔を浮かべています。
お父様の視線は私を素通りしてグロイン侯爵様に向き、すぐに向かい側に座るハーシェル様へ移動しました。
にこやかなお父様は、ハーシェル様の服装を見ても特に表情を変えませんでした。どうやらすでに聞いていたようですね。
「これは、レイマン侯子様。それに、お連れのお方は……」
でも、ハーシェル様の隣に座る女性を見た瞬間、言葉を紡ごうと開きかけていた口が強張り、数瞬遅れて喉が大きく動きました。
「……な、なんと……ローヴィル公爵夫人……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます