第6話 冷え切った披露宴
「いやあ、めでたい。我がメリオス家は偉大な英雄と縁続きになりました。どうか今後もよろしくお願いしますよ!」
メリオス伯爵邸の広間では、結婚披露の宴会がたけなわです。
楽士たちが楽しげな曲を奏で、ご馳走が次々に運ばれてきて、お酒もたっぷりと振る舞われています。
……なのに広間にはどこか寒々しい空気が流れていました。
そんな中で、メリオス伯爵であるお父様は、完璧な笑顔でグロイン侯爵様に話しかけていました。
「我が娘も、グロイン侯爵の妻となれることを喜んでいました。ご覧なさい。今も感動で打ち震えています。我が娘は王国一の、いや大陸一の幸せ者ですなっ!」
厚顔無恥とは、まさにこのこと。
今朝の最終打ち合わせで「粗野な成り上がり」とか「陛下の威を借りた野犬」とか言っていた人とは思えません。
ついでに言えば、私が震えているのはこの場の空気が冷え切っているからです。
気温ではなく、雰囲気的に。
グロイン侯爵側の招待客は、全体的に不穏です。
侯爵様の生家である男爵家の方は、広間に集った貴族の地位が高いことに緊張しているようだけのようですが、王国軍の制服を着た方々は顔の表情が険しいようです。怒りを抑えているのでしょう。
ごく稀にとても面白そうにしている方もいますが、それは例外のはず。
多くは話が違うことに気付いていますし、それを当事者であるグロイン侯爵が受け入れている事情を察しているようです。
一方、私の家側の反応はいろいろです。
成り上がりと縁組させられたことを単純に屈辱的だと思っている人もいます。そう言う人は、花嫁が私に代わっていることを笑っていました。
逆に、実力で成り上がった相手を怒らせたのではないかと怯えている人もいます。
国王陛下との繋がりを利用しようと、野心満々で接触する機会を窺っている人もいるのは、たくましいというか、したたかというか。
堂々と宴席についているアルチーナ姉様を見つけて、表情を作ることを忘れて驚いている人もいますが、そんな常識的な感覚を持っている人は我がメリオス一族には少ないでしょう。
急に花嫁にさせられた私のことを心配している人は、皆無です。……私、気にしていませんから。
とりあえず、この冷え冷えの披露宴を乗りきらねばなりません。
できるだけ幸せそうに笑いましょう。
お父様とアルチーナ姉様が、グロイン侯爵様に無神経なことを言ってしまわないように気を付けて、ロエルにはアルチーナ姉様を早めに部屋に戻してもらって、あとは……。
「疲れたか?」
突然、声をかけられました。
頭の中で計画を練っていたので反応が遅れましたが、グロイン侯爵様は機嫌を損ねてはいないようです。でも手付かずのままの料理を見て、わずかに眉をひそめました。
「宴では花嫁はあまり食べないとは聞いている。だが、腹が減っていないわけではないだろう。もう下がっていいぞ」
「いいえ、私ももう少しここに……!」
「部屋に戻れ」
侯爵様の言葉は命令でした。
でも声は思っていたより冷たくはありませんでした。私のことを心配してくれているのでしょうか。
そう言えば侯爵様は、三十歳くらいだったでしょうか。私なんて子供そのものに見えるのかもしれません。これでも十六歳になっているのですよ?
少しだけ憤慨していたら、お腹がくうと鳴ってしまいました。
「……っ!」
大失態です。
恥ずかしくて顔を伏せてしまいました。
グロイン侯爵様は何も言わずに周囲を見ます。壁側でハラハラしながら私を見ている乳母のネイラを見つけると、手で合図を送りました。
「花嫁殿はお疲れのようだ。部屋で休ませてやれ」
「は、はい! お嬢様、こちらでございます!」
飛んで来たネイラは、ほっとしたように私を立たせて背を押します。私が戸惑っている間に、退室させられてしまいました。
人気のない廊下で振り返ると、広間から賑やかな音楽が聞こえ、どっと歓声が沸き立ちました。酒宴につきものの、露出度の高い踊り子たちの演目が始まったのでしょう。
彼女たちのダンスは華やかで高度で、こっそり覗いていた幼い頃は憧れていました。でもその露出度の高さが示す通り、今夜の「客」を確保するためのものでもあります。
だから踊り子たちの演目が始まると、男性たちは酒を煽りながら下卑た歓声を上げるのです。
……男性って、どうしてこうなのでしょうね。
あのグロイン侯爵様も、妖艶な踊り子たちの胸元に金貨を入れたりするのでしょうか。
「お嬢様?」
「なんでもないわ。少しお腹が空いたみたい」
「そうでしょうとも。お夜食は用意していますよ」
ネイラは本当に頼もしい。
不覚にも、私は少しほっとしてしまいました。
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