第7話 婚儀の夜
アルチーナ姉様は私より背が高く、胸も腰もうっとりするような曲線を描いています。年齢差はたった二歳ですが、私とは全く違う大人の美女です。
そんな姉様の婚礼用のドレスですから、手間とお金がかかっているとても素晴らしい品です。
メリオス伯爵であるお父様の本気の度合いがわかります。
でも小柄で痩せている私が着ると、ドレスの裾は不恰好に長すぎました。胸元も余りすぎていますし、肩は手直ししてもまだ滑り落ちそうになってしまいます。
着飾った花嫁というより、高価な布と宝石に埋もれた貧相な子供にしか見えなかったでしょう。
ドレスを脱いで濃すぎる化粧を落とすと、げっそりと疲れた顔になっていました。
でもネイラが準備してくれた夜食は美味しかったです。宴の料理を全く食べられなかったのは本当に残念でした。
これで大変な一日が終わりました。
よかった。よかった。
……なんて、寛いでいる場合ではありませんでした。
うっかりしていました。
今日は結婚式。
私は花嫁。
では、その夜にあるものは……
「……しょ、初夜……っ!」
大きな寝台の前で、私は立ち尽くしていました。
酒宴から退出した後に戻った部屋は、私の部屋ではありませんでした。
私の部屋は着付けで大変なことになっていたので、きっとそのせいだろうと特に深く考えずに夜食を食べました。
でも、半分眠くなりながら着せられた寝間着は、デザインはストンと足元まである普通の筒型でしたが、絹製でした。案内された続き部屋の寝室は香りの良い花が飾られていて、枕元には三色のリボンが飾られています。
……いわゆる、初夜の床ですね。
「え、待ってちょうだい。私がここで眠るのっ?」
「当然でございます。お嬢様は花嫁ですよ」
「え、え、ええっ? でも……っ!」
「花婿様はまだ遅くでしょうねぇ。でもお酒には強い方と聞きますし、きっと今夜はこちらでお休みになるでしょうね」
「そ、そんな……っ! わ、私、どうしたらいいのっ!」
「どうしたらって、作法通りに……あら、もしかしてお嬢様には初夜の作法をお教えしていなかったかしら?」
「そんなの聞いてないわよっ!」
突然の花嫁交代の影響が、こんなことにまで及んでいるなんて。
初夜の作法? そんなものがあるのですか?
私はまだそう言う知識のための、ちょっと大人な絵だって見せてもらったことないのですよっ!
「ま、まあまあ。きっと大丈夫ですよ。ええ、花婿様は立派な大人ですからね。猛々しい方ですから、優しくしてくださるかが問題ですが……でももしかしたら、今夜は深酒のせいで……かもしれませんし。ええ、きっとそうですわね。うふふ」
うふふ。
……じゃないですよね。
何を言っているのか、ほとんど意味がわかりません。
「では、お嬢様。いいえ、もう奥様でしたね。お休みなさいませ。良い夜を」
ネイラは意味ありげな笑顔を残して、退室してしまいました。
一人残された私は、大きな寝台を前に立ち尽くすしかありません。
初夜です。初夜の作法ってなんですか。
花婿様をどう言う状態でお迎えするべきなのでしょうか。立って待つのは、何か違う気がします。寝台に座って待つのでしょうか? それとも椅子に座って待つの?
お見えになったら「ようこそ」とか言うのでしょうか? それとも「よろしくお願いします」が正解?
婚儀でも酒宴でもほとんど話せていませんから、まずは自己紹介からでしょうか?
でも、アルチーナ姉様の宿題のために読んだ本に、初夜には言葉を交わしてはいけないという風習の話があった気が……あ、でもあれは外国の神話だった気がしてきました。我が国にはない風習かもしれません。
ええっと……落ち着きましょう。テーブルにお酒がありますね。まずはお勧めして……でも宴席で十分に飲んでいますよね?
作法なんて知らないから、失礼なことをしてしまったらどうしましょう。
もう、全っ然、わからないっっ!!
「くっしゅん」
いつの間にか、体が冷えていたようです。
くしゃみが出てしまいました。
「……もう知らない。寝ましょう」
ふうっと息を吐くと、少し落ち着きました。
テーブルの上に一つだけ残っている明かりはそのままにして、私は寝台の中に潜り込むことにしました。
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