第2話 婚約者ロエル
「ねえ、エレナ。お願いがあるの」
その夜、突然お父様に呼び出された私を迎えたのは、上機嫌のアルチーナ姉様でした。蕩けるような金髪をハーフアップにして、毛先をくるくると指で弄んでいます。
一方で、呼び出した本人のはずのお父様は、無言で何やら考え込んでいました。私が入室したことに気付いているのでしょうか。
お父様の隣に座っているお母様は気品あふれるお姿でしたが、目が合うと微笑みかけてくれました。私については無関心な人なのに、珍しいこともありますね。
そして、部屋にいるのは家族だけと思っていたのに、なぜかやたらと目を逸らすロエルが同席していました。
ロエルは私の婚約者です。
プラチナブロンドと緑色の眼の貴公子で、端正な顔には優しい性格がにじみ出ています。幼い頃に婚約して、それ以来、ロエルは我が家の屋敷によく遊びにきていました。
だから今日この場に彼がいても別におかしくはない、はずなのですが。
でも、やっぱりおかしい気がしました。
なんと言うか……アルチーナ姉様がロエルの腕に手を絡めています。何があったのでしょう。
「エレナ。ロエルを私に譲って!」
「……え?」
アルチーナ姉様は……何を言っているのでしょう。
ここ十年で初めて、お姉様の「お願い」に即諾しませんでした。でもお姉様は不機嫌になりませんでした。私のびっくりした顔を楽しそうに見ています。
お姉様から説明はないようです。私はロエルに目を移しました。
「ロエル、お姉様が言っていることは、どう言うことですか?」
「それは……その……」
珍しく言い淀んでいます。
ますますよくわからなくて首を傾げた時、アルチーナ姉様が明るい声で言いました。
「私、ロエルと結婚するわ!」
……だめでした。
やっぱり理解できないみたいです。
私、エレナは、メリオス伯爵家の次女として生まれました。
貴族の娘としてよくあるように、五歳の時に、我がメリオス家と親しくて血縁もある家の人と婚約しました。
それがロエルです。
リュステック伯爵の次男で、私より五歳年上。初めて顔を合わせた時に、一緒に四つ葉のクローバーを探してくれた優しい人です。
メリオス家を訪問する時は、いつも美味しそうなお菓子を持ってきてくれましたし、当たり前のようにアルチーナ姉様にお菓子を取られてしまった私に、こっそり自分の分を譲ってくれたりもしました。何度も宿題を押し付けられて途方に暮れていたら、こっそり半分手伝ってくれたりもしました。
他にもいろいろ助けてくれて……って、あれ? 全部がお姉様絡みのことだったのですか?
「……もしかして、そう言うこと、だったの?」
「えっと……ごめんっ!」
ロエルは床に片膝を突きました。
深々と下げた婚約者のプラチナブロンドの頭を見つめているうちに、だんだん真相がわかってきました。
もっと早く気付くべきでした。
ロエルは私にも優しくしてくれる、できた人物であることは間違いありません。でも私を助けてくれたのは、アルチーナ姉様の無邪気で気まぐれな希望を叶えるためでもあったのです。
「えっと、つまり、ロエルは、ずっとアルチーナ姉様のことが……」
「謝って済むことではないのはわかっているっ! 僕は本当に、君と幸せな家庭を作っていくつもりだったんだ! こんなよこしまな想いは、一生封印するつもりだったんだっ!」
ロエルの言葉に偽りはないでしょう。貴族には珍しく常識のある人ですから。
でも、幸か不幸か、両想いだった、と。
ちらりとお姉様に目を向けると、相変わらずとても幸せそうに笑っていました。
ロエルは二十一歳。
アルチーナ姉様は十八歳。
密やかな恋心を抱く穏やかな美青年を、勝ち気な美女も好ましく思うようになったと言うことでしょうか。
いいじゃないですか。
美男美女の、許されない恋の物語ですよ。これが小説なら徹夜で読み耽る自信があります。妹としても応援したい気分です。ロエルはほとんど「兄」ですし!
……でも残念ながら私は当事者なんですよね。
恋の障害役だなんて、最悪です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます