『急募:○○』
帰宅民
全文
もし、今。
あなたの目の前に
急募:私を殺してくれる人
日時:○○月××日 ▽▽時より
内容:依頼人の殺害
報酬:依頼人が保有する全資産及び権利の譲渡
補足
・この依頼に於いて依頼人が殺害された場合に限り、請負人の一切の罪を問わないものとする。
なんて求人広告があったら、あなたはどんな反応をするだろうか。
二度見三度見と、自らの目を疑うだろうか。
「馬鹿馬鹿しい」「気味が悪い」と見なかったことにするだろうか。
求人として間違っていると通報するかもしれない。
或いは、僅かな興味と狂気と共に応募する人が出てくるのだろうか。
もちろんながら、こんな求人は成立しないだろう。如何に確かな契約を結んでも、どれだけ依頼人が望んでも、請け負った側は殺人罪に必ず問われることになる。そも、広告として認められず掲載させてもらえないのがオチだろう。
それでも私は今、そんな求人を『小説』という形にして投稿しようとしている。
私は、
4年前、大学4年生の時。就職活動・卒業研究・アルバイトの三重苦の末、慢性重度の不眠症とうつ病を発症し、
3年前、どちらも治癒しないまま就職。
3ヶ月の研修期間を終えて実地訓練に取り組み始めたところ、
1ヶ月足らずで適応障害を発症、起立不全・歩行困難になり救急搬送された。
医師のドクターストップを受けて足早に退職するものの、
新卒に要求される『当たり前』ができなかった自分を毎日毎日責め続け、
リストカット、首吊り、飛び降り、飛び込み。あらゆる『自殺方法』を探して試そうとした。
けれど。
刃を心臓に突き立てようとしたとき。首を縄で括ったとき。高所の手すりの内側に立ったとき。
私はみっともなくボロボロと涙し、そのどれもを実行できなかった。
ほんの一歩、目に見えない『線』を跨ぎ越すだけ。たったそれだけのことが、私にはできなかった。
それから少しだけ、本当にほんの僅かに心の安定を取り戻した、2020年の4月頃。
私は、自身が『HSP(Highly Sensitive Person / 先天的に感受性が高すぎる人)』だということに気づいた。
これまで漠然と感じていた違和や不和、居心地の悪さや生きづらさ。『点』在していたことが全て、『線』で繋がったような衝撃を受けた。
同時に。
これまで漠然と目指してきた「普通の大人」にはもう二度と絶対に成れないこと、この気質が果てしなく重い『枷』になることを悟ってしまった。
生きていくうえで避けられない集団活動。その集団の不和や不調を、誰よりも、本人よりも速く察知してしまう。或いは集団に属する前から、私が上手くやっていけるかどうかがわかってしまう。
具体的には、例えば面接で顔を合わせた瞬間視界が歪んだり罅が入ったりすると落選。話していくうちに視界がだんだんと翳ってきても落選。会話をしている間、その人の感情が文字と色を伴って可視化される。『普通』の人なら見えない、見えなくていいはずの余計な情報を、一つ残らず丁寧に拾い上げて処理してしまう。それが、人と会うたびに必ず起きてしまう。
属したくても属せない、そんな葛藤が毎日私を苛んでいる。
比較的人と接することのないとされる「クリエイター」に転向することも考えた。ペンをとって物書きになることも、筆をとって絵描きになることも、キーボードとヘッドホンと共に音楽家や創作家になることも試したが、どれもこれも上手くいかなかった。
なぜなら私が習ってきたことは「普通の大人になる方法」であって、その枠に嵌らない大人になることは許されなかったからだ。
教科書はなく先生もいない、そんな世界に身一つ丸腰で挑戦しても、成果は雀の涙にも満たないなにかにしかならなかった。
普通の世界に弾かれて3年、そうでない世界に挑戦して2年。
どこにも入れず、何も生み出せず、何をしても上手くいかず、ただ時間だけを浪費する。そんな日々を続けて、私は心身も身辺も限界が来てしまった。
だから、誰か私を殺していただきたい。
それが叶わないなら、誰か私を掬い上げて使い潰していただきたい。
願わくばこの が、誰かの目に届きますように。
『急募:○○』 帰宅民 @kitakuming
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。『急募:○○』の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます