トリックスター
甲乙いろは
第1話
ある日、世界的な大事件が起こりました。
あまりにも大きな事件で世界各国に与える影響も計り知れない規模になる為、一人の男に事態の収束の総指揮を委ねる。ということに世界会議で決まりました。
その男とは、『世界一の詐欺師』だったのです。
彼は、お願いしてすぐに動くような男ではありません。人を困らせる天才なのです。
しかし、技術や知識は超一流だったので、今回の大きな事件を解決できるのは、彼しかいないという結論に至ったのです。
ーー私はICPOの中ではまだまだ下っ端なので、その大きな事件の内容の全ては知りません。
今回、私が上司から与えられた任務は、その『詐欺師ージョン・ドウー』を見つけ出し、このICPO本部へ連れてくることでした。
彼は特定のアジトを持たず、神出鬼没な男なので、ICPOでも彼の行方を把握していないのです。
まずは、彼の最新の目撃情報から
私は【西の魔女】の元を尋ねてみることにした。
「こんにちは西の魔女さん」
「どちらさん?」
「私は、ICPOの者です。ジョン・ドウを探しているのですが…」
「あぁ、あの子、また何かやらかしたのかい?」
「いえ、極秘任務の依頼としかお答えできないのですが、逮捕しようというわけではありません。あくまで協力要請と言いますか…」
「長い付き合いだけどね、あの子に『手伝って』とお願いして素直に手伝ってもらったことなんて今まで一度もありませんよ。」
とても優しい口調の老婆は続けてこう言った。
「でもね…歯を食いしばって、自分一人でなんとかしようとしている時には、必ず、気がつけば隣で手助けしてくれているんですよ。天邪鬼というか、あの子はそういう子なの。」
「へぇ…驚きました。世界的に有名な詐欺師と聞いていたので意外な印象です」
「あの子が世界的に有名な詐欺師ねぇ…フフフ…あ、立ち話もなんだし、お上がりになって、今お茶を淹れますから、アップルパイはお好き?」
「いえ、ここで結構です。お構いなく」
「残念ね。とても美味しく作れたのに【毒りんごのアップルパイ】」
微笑みながら残念がる老婆の姿を見て、背筋がゾッとした。
「か、彼が仲良くしている方や、立ち寄りそうな場所など、何か情報がありましたら、ご連絡ください」
私は魔女に名刺を渡す。
「そうね、あの子の交友関係は詳しくないけれど、三大怪物さん達とは一時期仲良くしていたみたいよ。」
三大怪物とは【狼男】【吸血鬼】【フランケンシュタイン】の三名のことだ。
ーやっかいなメンツである。
「そうですか。情報提供に感謝します。では、私はこれで失礼します。」
「あっ、もう一ついいかしら?」
「なんでしょう?」
「もし、あの子を見つけられたら『この間、黙って持って帰ったホウキ』をそろそろ返しにいらっしゃい、と伝えておいてもらえるかしら?」
顔は笑ってはいるが、どこか迫力のある笑顔だ。怖い。
「…はい。承知しました。必ず伝えます。」
魔女の情報提供をもとに翌日の正午に三大怪物と会う約束をした。
私はすごく緊張していた。
なぜなら、数々の悪名を轟かせたあの三人なのだから。
私が生まれるよりも前に彼等は軍隊と近隣諸国を巻き込む戦争を起こしたことがあるのだ。小学校の教科書にも載っている大事件だ。
そんな事件の首謀者達に私は今から会いに行くのだ。
三人との待ち合わせに選んだ場所は、オープンテラスのオシャレなカフェにした。
私がテーブルで三人を待っていると一人の男が話しかけてきた。
「電話でお話ししたICP…」
「そうです!」
私は相手の言葉を遮るように返事をした。
あまり外でICPOと言われるのはよろしくないのだ。
私の大袈裟な反応にびっくりしている彼は【狼男】だった。
一見、普通の成人男性で、年齢は私とさほど変わらないくらいか、少し年上くらいに見えたので、こちらもびっくりしてしまった。
狼男は爽やかな口調でこう言った。
「びっくりされたでしょ?意外と普通だなって」
「…い、いえ。」
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。月を見なければ、オオカミに変身しないので、昼間は人を襲ったりしないですよ」
親しみやすい笑顔で言っているが、彼は確かに『月を見なければ』と言ったし、『昼間は』とも言った。
用心に越したことはない。
「本日は、突然の呼び出しにお越しいただきましてありがとうございます。」
「そんなお気遣いなく、お掛けになって下さい。あとの二人はいつも遅いんですよ」
私は、椅子に腰を下ろす。
「では、先にお話を進めて参りましょうか?」
「えぇ」
「早速ですが、ジョン・ドウとは最近お会いになられましたか?」
「ついにアイツを逮捕するんですか?」
嬉しそうに聞いてくる。友達ではないのだろうか。
「いえ、そういう訳ではないのですが、協力要請といいますか、お願い事がありまして…」
「なんだ、つまんないなぁ」
そこへスラッとした長身の男と、体格の良いがっちりとした大男が二人こちらへやって来た。
「思ったよりも早かったじゃないか?」
狼男が言うと。
スラッとした男が答える。
「入り口で【フランケンシュタイン】に出会ったんだよ」
大男はうなずく。
「初めてまして、突然お呼びたてして、すみません。」
「いえ、構いませんよ」
スラッとした男が、片手を差し出した。
「私は、【吸血鬼】です。以後、お見知り置きを。」
私も軽い自己紹介をして握手をした。
とても生きているとは思えないほど冷たい手に少し驚いた。
「よ、よろしくお願いします。」
…フランケンシュタインの方へ視線を向けると彼はもう椅子に腰を下ろしていた。
「んん…本日はありがとうございます。先程、狼男さんとは少しお話しさせていただいたのですが、お二方は、最近ジョン・ドウとはお会いになられましたか?
「いいえ、彼も私もジョンには最近会っていませんよ」
吸血鬼がフランケンシュタインの分までまとめて答えた。
「彼が何か?」
立て続けに質問をしてくる。
「あ、いえ…彼にお願いがありまして、一度ICPOへ同行してもらおうと思っているのですが、彼はいつもどこにいるのでしょうか?」
「お願い…とは?差し支えがなければ教えていただけますか?」
私は少し困った顔をして答えた。
「申し訳ありません。極秘事項の為、当人以外に内容はお伝えできません。」
本当は、内容までは私も知らされていない、が正しい。
「何か彼について知ってることがあれば教えていただけますか?」
待ってました。と言わんばかりに狼男が口を開いた。
「アイツはね、好奇心旺盛な子供だよ
その上、腕とここがキレるから手に負えない。」
狼男は右手の人差し指でこめかみ辺りをトントンしている。
「更に頭のネジが2、3本ぶっ飛んでるんだよ。」
今度はさっきの指をクルクル回してパーと開いた。
頭のネジというワードにフランケンシュタインが反応した。少し取り乱し、自分の頭を何か確認するように触る。
吸血鬼が何やら小声で耳打ちするとフランケンは落ち着いた。
さらに狼男の話は続く…
「俺なんて1度殺されかけたんだから、
月を見ると狼に変身するのは話しましたよね?」
「あいつ『だったら、月の石を見たらどうなるの?』なんてバカなことを言い出して、航空宇宙局に忍び込んで月の石を盗んできたんですよ。」
私はテーブルの水を飲んだ。
「…それでどうなったんですか?」
「そりゃあもう、大変なことになりましたよ、身体は巨大化するわ!軍隊が出てきてミサイルは撃ち込まれるわ!ほら、これ見てこの傷跡。」
狼男はおもむろに上着を脱ぎ出す。
脇腹から背中にかけてなんとも形容し難い痛々しい傷跡が残っている。
「途中から記憶もなくなるし…何日か経って目が覚めたら…病院のベッドの上で、ジョンは隣でヘラヘラ笑っているし、散々な目に遭いましたよ」
それは、軍隊と近隣諸国を巻き込んだあの戦争の話だった。
私の目の前にいる彼等は紛れもなく、小学生の頃に教科書で見たあの戦争を巻き起こした張本人達なのだ。と改めて実感した。
教科書には書いていなかったけれど、事の発端はジョンだったのである。
私は心の中で嘆いた。
嗚呼、ジョン…君はなんてことを。
それから軽い食事とジョンについての話を色々聞かせてもらったが、
ジョンが今何処に居るのかは、三者とも検討がつかないといった様子だった。
「貴重なお話をありがとうございました。やはり、彼を見つける手掛かりを掴むのはなかなか難しいようですね。」
彼等3人にジョンを探すのは不可能と言ってもらえれば、私も上司に報告し易いという、保身の気持ちから賛同を得ようとしていた。
そんな私の気持ちを汲んでくれたのか、吸血鬼が応えてくれた。
「雲を掴むような話だね」
「ありがとうございます。今日は本当に色々お話が聞けてよかったです。感謝します。」
私は席を立ち、3人と握手をした。
吸血鬼と握手した時、さっきは気がつかなかったのだが、彼の右手に少し切り傷があった。
「おや?怪我をされてるんですか?」
「あぁ、これは昨夜月明かりがとても綺麗だったので、夜間飛行中を楽しんでいたんですよ…」
そこまで話して吸血鬼は話を止めた。短い沈黙の後。
「そういえば、あの時…彼を見ましたね。」
「彼とは?まさか、ジョンのことですか?」
私は身を乗り出した!
「えぇ、あれは悪魔と一緒に居たような気がします。ただ自信はありませんがね…二人に気を取られてしまって、木に突っ込んでしまいましたから…」
「それでお怪我を…」
「いやぁ、お恥ずかしい。」
吸血鬼は苦笑いしながら言った。
「悪魔に会えば彼の足取りが掴めるかも知れませんよ。」
「悪魔…ですか。貴重な情報ありがとうございました。」
私は三人に改めてお礼を言い、店を後にする。
できれば悪魔には会いたくない。
…が、目撃情報を聞いてしまったからには話を聞きに行くしかない。
しかし、生きて帰れる保証も無い。
あの後、吸血鬼に教わったのだが、悪魔は夜に活動するらしい。
草が倒れ、かろうじて道になっている薄暗い静かな森の中をゆっくり前に進む、もうすぐ冬に差し掛かろうとしている晩秋の候なのに、頬から汗が流れ落ちる。
そして、なんだか息苦しく、とても喉が渇く。
突然、周りの木々がザワついた。
異様な緊張感が辺り一面に広がった。
背後から囁く様な声で話しかけられた。
『オレに会いにきたんだろう?』
悪魔だ…
きっと私の背後には悪魔がいる。
声は耳元で聞こえるが、背後に気配がない。
『ジョンを探しに来たのなら、帰れ!ここにはもう居ない。』
振り向こうとしているが、振り向けない。私の身体が、脳からの指令を遮断しているのだ。
恐ろしくて、声も出ない…。
ヒュー、ヒュー…と音が聞こえる。
どうやら、私の呼吸音のようだ。
『どうした?さっさと帰らんと喉笛を喰いちぎるぞ!小僧ーーー!』
ビクっとして、身体の感覚が一気に戻った。
今度はこの場所からすぐに避難しろと脳と身体が警鐘を鳴らしているのだ。
しかし、私はすぐには動かずに前を向いたまま、深呼吸をしてから、悪魔に問いかけた。
「ひとつだけ、ひとつだけ教えていただけますか?あなたは先程、ジョンはもうここには居ないとおっしゃいました。
…では、ジョンは一体、何処に居るのでしょうか?」
『なかなか面白い小僧だな。お前の勇気に免じて今回だけは見逃してやる。お前はジョンの事を何も知らないようだな。ヤツは誰にでも姿を変える事ができる。
居場所ならお前はもう知っているだろう?…』
悪魔はそう言い残し、辺り一面の緊張感が解けた。
すぐにでもその場から立ち去りたかったが足が震えて歩くことができなかった。
少しずつ、這い出すように森を抜け、街へ着いた頃には夜もすっかり更けていた。
身体は汗でぐっしょりしている。
脳はまだ興奮していて、このままではとても眠れない。
BARに入り酒を一杯注文し、一気に飲み干した。
勘定をすませ、店を出る時に一人の男と肩がぶつかった。
「すみません」
男の顔を何気なく見ると。吸血鬼だった。
「あ、昼間はどうもありがとうございました。今、悪魔に会ってきました。本当に生きた心地がしなかったです」
吸血鬼はぼんやりとした目で私を見ている。
「人違いではありませんか?」
「え?あなたは吸血鬼さんですよね?」
「如何にも、私は吸血鬼ですが、あなたとは初対面ですよね?」
「…えっ!!」
「昼間、狼男さんとフランケンさんと一緒にオープンテラスのカフェでお話しましたよね?」
「私は昼間は外には出れない身体なので…」
咄嗟に私は吸血鬼の冷たい右手を握り、昼間に見た切り傷を探した。
「な、何をするんですか?」
怪我の跡はどこにもない…。
「何ですか?急に…。」
「すみません…少し酔ってしまっているようです。ご迷惑をお掛けしました。」
私は無礼を詫びBARを後にした。
私は、ホテルまでの道のりをゆっくり歩き頭の中を整理した。
天邪鬼…
持ち帰った魔女のほうき…
好奇心旺盛な子供のような性格…
頭のネジがぶっ飛んでいる…
吸血鬼の右手の怪我…
悪魔とジョンの目撃情報…
誰にでも姿を変える事ができる…
ジョンは人を困らせる天才…
…昼間に出会ったあの吸血鬼こそが姿を変えた【ジョン・ドウ】だったのだ。
きっと、ジョンは翻弄される私を見て楽しんでいたのだ。
私は見事に騙されてしまったというわけだ。
ーー翌日、私は、任務の失敗を上司に報告するため、重い足取りで本部に向かった。
しかし…
「課長、申し訳ありま…」
「おお、君か、よくやってくれた。」
「…一体、何のことですか?」
「何って、見事 【ジョン・ドウ】を見つけ事件を解決したじゃないか。あの大事件をまさか一晩で解決するとは、私も鼻が高いよ。」
そう言って、課長は上機嫌で離れていった。
私は、訳もわからず自分のデスクに戻ると机の引き出しになにか挟まっている。手紙だ。
内容はただ1文だけ。
君の勇気に敬意を表して
【ジョン・ドウ】
トリックスター 甲乙いろは @coats
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