第3話

「ここが地下五階で、あの扉の中が教会になります!」

「うっわ、凄い光景ね」

『発生源がこの中なのだろう。見る人によっては卒倒物だなこれは』


 地下五階に降りた先にあったのは、踊り場から続く大きな壁の真ん中に小さく作られた厳格な扉と、その壁中に張り巡らされている大量の蔓。

 蔓は壁の四隅から発生して床や天井を沿うように階段へと伸びており、教会の扉から階段へ続く道には一本も生えていない。まるで綺麗に整えられたバージンロードの様に見える。


「シスター! ”お勤め”のお花を持ってきました! お客さまもいらっしゃいます!」


 サンは真っ直ぐに伸びる剥き出しの床をふらつきながらも走り抜け、扉の前で中にいるだろうシスターに向けて大きな声を出す。

 すると、そのサンの声に反応したのか扉はゆっくりと開き、中から一人の女性が現れた。


「お帰りなさい、エーシー・サン。そしてようこそお客様方。何も無い所ですが歓迎致します」

『ほぅ…』

「へぇ…」


 女性はサン達と同じヘルメットを被った上からゆったりとした緑色のローブ状の布とフードを身に付け、色こそ違うが確かにシスターの装いをしていた。






「先ずはお礼を言わせて頂きますね。デカイさん、セブンさん、エーシー・サンの危ない所を助けて下さってありがとうございました」


 開け放たれた扉の中、石造りの壁を模して造られた教会の礼拝堂で、デカイとセブンはシスターからのお礼を聞いていた。

 礼拝堂の中は緑色の長椅子と聖壇、そして球体からいくつもの腕が生えている像が飾られており、地下シェルターの中だと言うのに窓からは太陽光を再現した淡い光が注いでいる。

 長期間利用する為の地下シェルターにお祈り用の祭壇があるのは珍しい事ではないが、これほどの規模の物があるのは普通ではないだろう。デカイは先程自分が言った『宗教施設だったのかもしれない』という言葉を思い出し、このシェルターは信仰が最も盛んになった前時代の終盤に作られた施設なのだろうと予想する。

 そして、深々と自分達に向けて頭を下げたシスターに近付き、片膝を付いて優しく話しかけた。


『当然の事をしたまでですよ。それよりシスター。ここを出て一緒に旅に出ませんか? 幸せにしますよ?』

「…はい?」 


 デカイの予想もしない言葉に、シスターは小首を傾げて反応する。


「あ、ずるい。私もそのふくよかボディに抱きしめて貰いたいからいくら払おうか考えていたのに」

「えー、シスター。行っちゃうのですか?」

「ああ、いえ。今のはいは了承の意味ではなく、意図が分からなかった物で…」

『大丈夫ですよシスター。返事は急がずとも構いません』

「女同士だし、あの爆乳を吸うぐらいは無料でOKしてくれないかしら」

「セブンさんはおっぱいが好きなのですか?」

「当たり前でしょ!! おっぱいは正義って昔の知り合いも言ってたわ!!!」

『それについては私も同感だ!!』

「いえ、あの、皆さん、一旦落ち着いて頂けますか?」


 初対面の者から急にプロポーズを受けた事でシスターは思考を停止し、ここぞとばかりにセブンも自分の願望を口にして場を更に混乱させた為、教会の中の厳かな空気は急に軽い物になる。

 そして、シスターは手を合わせて祈りを捧げるような恰好を取って数秒置き、微動だにせずプロポーズの返事を待つデカイに言葉を返す。


「デカイさん。お言葉は嬉しいのですが、まずはお互いをもっと知ってからにしましょう。この村の健康管理を行っている私が外に行ってしまうのは村が滅びかねません」

『そうか…それならばしょうがない……』

「セブンさん。この胸は泣く子をあやす為になら使う事もありますが、私は生命神に仕える身なのでそういった行為は対価を頂いても行いません」

「……チッ」


 シスターから受けた返事に対し、肩を落とすデカイと、心底残念そうに舌打ちをするセブン。

 サンはそんな二人を見て、シスターが連れていかれなかった事を喜んでいいのか、明らかにテンションを下げているデカイとセブンに同情するべきなのか分からなかった。


「ええと、お二人とも、プロポーズや、その、胸…の事についてはお断りしましたが、エーシー・サンを助けて頂いた事もありますし、私に可能な範囲でしたらこの村の代表として何かお礼を致しますが…」


 流石に二人の意気消沈具合を心配になったのか、シスターは当初の話であるサンを助けて貰った事のお礼に付いて話をする。

 二人は遺物漁りスカベンジャーなので余り気にしていないが、本来ならば『生きている』というのはこの時代ではとても重要な事であり、特に小さなコミュニティではサンの様な少女でも役割を与えられている事が多いので、命を救って貰ったというのは千金に値する物だ。


「じゃあ、胸がダメならお尻で…」

『いえ、人助けに対価は頂けませんよシスター。ただ少し、お聞きしたい事があるだけです』

「……あんたさぁ」


 しかし、それを人助けは当然だとして断るデカイ。セブンは折角のチャンスだというのに断るデカイに文句を言おうとするが、実際にはセブンは何もしていないので口を挟む事が出来ない。


「はい、なんでしょう? 私にお答え出来ることならよろしいのですが」

『なあに、簡単な事ですよ』


 シスターはそんな今時珍しい仁愛 に満ちたデカイの言葉を聞き、やや上機嫌な声色で返す。

 シスターの言葉にデカイは膝をついた状態から立ち上がり、シスターを見下ろす様な形で先程と同じ様に真剣な眼差しをしてシスターに問いかける。


『あの可愛らしいお嬢さんの名前だが、AC-3とは三番目の実験体という事でよろしいでしょうか?』

「なっ!?」


 デカイの質問に、驚いたような声を挙げるシスター。

 サンは自分の名前が呼ばれた事は分かったようだが、デカイが何を言って居るのか分からず頭の上にハテナマークを浮かべる。


『そして、あの姿を元に戻す事は出来ますか?』

「いったい……なんの事でしょうか?」


 シスターは先程までの優しい声色とは違い、突き刺すような冷たい声色で問いに応える。

 だが、デカイはそんな事はお構いなしにシスターに向かって言葉を続ける。


『ここに生命神ヴィータの像があるという事は貴女はその眷属で間違いない。このシェルターの役割もヴィータの信者を後世に生かす為の冬眠施設だったのでしょう』

「………」

『しかし、ここは本来ならばあるべき施設が存在しない。あるのは冬眠室と倉庫と宗教施設のみで、食堂や医療室が存在しない。だ。シェルターの役割としては歪すぎる。まるで、最初から人を生かすつもりが無いかの様に』

「……なさい」


 粛々と話を続けるデカイと、静かに言葉を漏らすシスター。

 デカイはシスターの様子が先程までと変化している事に気付きながらも、言葉を止めることをしない。


『封印戦争の時、ヴィータは在ろう事か自身が守護するべき人々を自身の部品や端末として扱い、おぞましい生体兵器となり果てた。同じなんですよ、貴女のやり方は。神と崇められた事で驕り、与えられた使命を湾曲して解釈した、愚かなヴィータのやり方と…』

「黙りなさいッ!!!」


シュバ! シュバッ!


 突如、叫びながら聖壇まで跳躍するシスター。そして、聖壇の裏に置かれた球体からいくつもの腕が生えている生命神ヴィータの像から緑色の蔓が触手となってデカイへと飛び掛かる。


『ああ、残念だシスター。ではないですか。貴女も又、ヴィータ達と同じく己の使命を勘違いしてしまった機械ストレイマシンでしかない…』


パァン パァン


 しかし、デカイは襲い来る触手の動きをまるで予測していたかの様に手の甲で弾き、破裂させ、強硬に出たシスターへ残念そうに声をかける。


「黙りなさい無礼者! ただのサイボーグ風情がヴィータ様を侮辱するなッ!!」


パリンパリン シュバババ


 今度はシスター叫び声と共に教会中の窓ガラスが割れ、その全てからデカイに向けて触手が伸びる。

 デカイはそれを見ても慌てず、腰を落として左手を引き、右手をやや前方へ伸ばして構えを取る。


『破っ!』


バァンババパァン!!


 そして掛け声と共に小さく跳びながら右足を上げ、弧を描く様に蹴りを放ち、迫る触手を全て破裂させ撃退した。


カランカラン


『む? 外れてしまったか』


 デカイが触手を迎撃した激しい動きにヘルメットが外れて飛んでいき、その下から固い装甲に覆われてつるりとし、いくつかの溝が彫られている卵状の頭部が現れる。

 その溝は紅く光り、始まりを示すアルファと零を合わせた『@』に輝いていた。


「その紋様! まさか、封印の悪魔!?」


 デカイの顔に輝く文様は、かつて始祖神の力を奪った女が引き連れ、封印戦争を引き起こして人類に二度の滅びを与えた悪魔の証。

 そして、シスターに取っては生命神ヴィータを実質的に活動不能へ追いやった憎き相手の証明。


「我等”九百九十九の機械トリプルナイン”の中に含まれなかったプロトタイプであり、廃棄処分された筈だった”始まりの0アルファ・ゼロ”の悪魔…」

「え…デカイさんが……悪魔?」


 サンはデカイが毎日の”お勤め”の時に聞いていた邪悪な存在と呼ばれた事に驚き、ぽつりと漏らす。

 先程からシスターとデカイが争っているのを見てあたふたしていたサンだが、そこでシスターが自分の窮地を救ってくれたデカイを悪魔と呼んだ為、サンは更に混乱を深めている。

 だが、その混乱は長くは続かず、直ぐにサンの中ではデカイは神を封印した憎き悪魔へと認識が上書きされる。


「悪魔なら…シスターをお守りしないと……」

「そうね、デカイならやらかすと思っていたわ…」


 その認識の上書きはセブンにも行われ、サンとセブンはふらふらとしながらデカイとシスターの間に割り込み、シスターを守る様に立ち塞がる。


『脳に直接干渉して認識を惑わせる技術……元は医療用だった物を悪用するか』

「悪用ではありません。悪魔の元から保護しただけです。さあ、お仲間の脳を破壊されたくないのでしたら、そこで大人しく解体されるのです! 悪魔よ!!」


ドォン シュゴォオ


 再度シスターが叫ぶと同時にヴィータの像の裏側の壁が弾け飛び、大量の細く蠢く触手に覆われた楕円形の球体が姿を現す。

 球体を覆う触手はそれぞれが光沢を持つ粘液に濡れて輝いていて、まるで巨大な生き物の体内をひっくり返したかのような不気味な外見をしている。


『成る程、それが貴女の神体かシスター。形状がヴィータに近いという事は上位ナンバーだな』

「まさか再起動をして直ぐにヴィータ様を救い出すチャンスが訪れるとは思いませんでしたよ。これも全てヴィータ様のお導き……ああ、ヴィータ様! 今すぐこやつを破壊して貴方様をお助けします!!」


 シスターがそう言うと球体はゆっくりとシスターの頭上まで移動し、下部を十字に割り開く。


グパァ


 そして同じくゆっくりとシスターに覆い被さり、そのまま割れ目を閉じようとして…


『憤っ!』


ドゴォ!! ドォォン!!!


 一瞬で球体の元へと跳躍したデカイの飛び蹴りが球体に突き刺さり、球体は元いた場所へと叩きつけられた。


「な、何を!? お仲間がどうなってもいいのですか!!?」


 流石にこれは予想外だったのか、神体を蹴り飛ばされたシスターが焦りの声を挙げる。

 ヘルメットを被っているセブンはいつでも脳を破壊する事が可能であり、それは神体からでもこの対人用の端末からでも可能なのだ。

 それなのに、人質の事を顧みずに攻撃を仕掛けたデカイ。到底理解出来る行動ではない。


『流石にここで合神されると生き埋めに会うのでね。先ずは脱出させて貰おう』


 飛び蹴りを放った後のデカイは即座にセブンとサンを脇に抱えていて、教会の扉まで逃走している。


「逃げようとも無駄です! 既に頭部への固定化と脳の改造は終えています! ヘルメットを外そうともその女性は既に私の端末でしかありません。修復したいのならば私の言う事を…」

『ならばこうするまでだ』


グシャア!


「な、正気ですか!!?」

『正気だとも、君達よりかはね』


 セブンを元に戻したいのならば自分の言う通りにしろと言おうとしたシスターの言葉を遮り、脇に抱えたセブンの頭蓋をヘルメットごと膝で叩き潰すデカイ。

 先程からのデカイのセブンの命を顧みない行動にシスターは理解が追い付かず、その僅かな思考停止の隙間でデカイを逃がしてしまうのであった。

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