第4話
「この悪魔め、神妙にお縄につきやがれ!」
『うーん、早く逃げて欲しいのだが説得している時間は無いな。仕方ない』
ドンッ! トサッ
『ほっ…と。よし!』
追いかけて来る蔓を搔い潜り、崩れる階段を駆け上がって入り口まで逃走をしたデカイ。
受付の者も案の定シスターからの認識の上書きを受けていてデカイを足止めしようとしたので、仕方なく爪先を腹部に突き刺す事で行動不能にさせ、そのまま器用に首と肩で持ち上げてシェルターの外まで連れ出す事になった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ ドーン!
「逃がしませんよ、悪魔め!!」
デカイがシェルターから飛び出して十数秒後、シェルターがあった場所の地面を隆起させて幾重もの触手を纏わり付かせた球状の物体が現れる。
それは端末と神体との合神を終え、シェルター中に張り巡らされていた触手を全てまとめ上げたシスターの本来の姿。大きさは小さなビルぐらいなら超える程。
『敵が優位な場所から移動するのは基本的な事さ』
地上へ現れたシスターを待ち構えるのは、シェルターの前に駐車されたオフロードトラックと、荷台に昇り腕を組んで仁王立ちをしているデカイ。
セブンの死体、放心しているサン、気絶させた受付の者は離れた岩陰に置いて来てある。
『もう一度聞こうシスター。あの肉体を変化させられた者達を元に戻し、医療の力を人の為に使う度に出る気は無いだろうか?』
デカイは巨大な触手の塊となった合神体のシスターに見下ろされながら、再度その力を人類に役立てれないかを問う。
医療の知識を持つ者はいつの時代も重要な存在であり、デカイも出来るならば自分の弟や妹に当たる者を破壊するのは避けたいと思っている。
「人の…為?」
『そうだ。今この世を生きる人の為にだ。ヴィータ達も君も元は人の繁栄の手助けをする為に作られた存在だ。”
デカイはシスターに制作された時の当初の目的を果たさないかと問う。
”
神が産み出された目的が人類の繁栄の手助けであるので、それに追従する眷属達も同じ目的を持っている筈なのだ。
「ふふふ、笑わせますね。悪魔よ」
だが、シスターはデカイの提案を一笑し、数本の触手の鎌首をもたげさせて攻撃の構えを取る。
「このシェルターで冬眠していた者達は確かに貴方が言う通り、ヴィータ様の肉体となるべく選別された特別な人間達でした。特別な頭脳、強くしなやかな筋線維、神に肉体を捧げる事を厭わない精神。どれもが一流で、確実にヴィータ様のお力となる人間でした」
シスターの神体の周りの触手は全てがデカイの載るオフロードトラックのコンテナに狙いを定めており、地上付近の触手はゆっくりと螺旋を描くように周りを侵食しながら広がっている。
「私はヴィータ様が戦争に勝つ事を信じ、戦争後のヴィータ様の新しい肉体を管理するためにとここで人間達と眠りに着いたのです。私は出来ればヴィータ様のお側に居たかった。共に戦いたかった。しかし、バックアップの管理も重要な使命。私はヴィータ様の勝利を祈って眠りに着きました」
触手達は粘液を垂らしながらくすんだ太陽の光を受けて怪しく光っており、口から涎を垂らす狩猟動物の顔にも見える。
「しかし、どうです。私が乱暴な侵入者によって目覚めさせられた時、シェルターの中の人間は全て死んでいました。後で判明したのですが、ヴィータ様が封印されたことにより私達の機能も停止したのでしょう。私は最高の素材達が無駄になった事を嘆きましたが、それと同時にこう考えたのです。新しく素材を用意すればいいのだと。そして乱暴な侵入者達を縛り上げ、肉体を調べて驚きました…」
シスターの言葉が止まると同時に全ての触手の動きも停止し、場に僅かな沈黙が訪れた。
デカイはじっと天空に位置するシスターの合神体を見上げており、表情の無い顔からは何の感情も読み取れない。
「この世界に、既に純粋な人など、居ないでは無いですか!!」
シスターの嘆くような叫びにデカイは応えず、ただ、黙って合神体を見つめている。
「貴方が引き起こした封印戦争の後、人々は神が居なくなった事で利権争いを始め、最終的に一度目の滅びよりも酷い環境汚染を行いました。 それも、自分が掌握出来ないのならば破壊してしまえば良いという理論で。……下らなさすぎます。こんな下らない事で人と言う生き物は自分達が住む環境を破壊するのですよ! その結果が環境汚染による純粋な人の死です!! この地にはもう、人は存在しない!! 私達の存在意義も!! 何もかもが無くなったのですよ!!」
ビュオオォ!! ビュオオ!!
シスターの叫びと共に、デカイへと放たれる無数の触手。
その一本一本はシェルターの中の時と違って太く大きくなっており、数もケタ違いに多い。
「ならば作るしかないでは無いですか!
シスターの悲鳴にも似た叫びは触手に呼応し、まるで稲妻の様にデカイへと向かっていく。
デカイはシスターを真っ直ぐ見据えたまま微動だにせず、逃げようとはせずに言葉を紡ぐ。
『確かにヴィータ達を封印した事で文明は滅び、結果的に純粋な人が存在しない世界になった。……いや、世界にした。自分が悪魔と呼ばれるのも無理は無いだろう』
そして、組んでいた腕を解き、両手を開いてオフロードトラックのコンテナの天井へと向ける。
『だが、それでも、自分は父と母の願いを裏切り、人を家畜や部品の如く扱う弟達を許す事が出来なかった。文明が滅ぼうとも、人が絶滅しようとも、人の心を、尊厳を、意思を弄ぶ事が許せなかった!』
ジャキン! ガシャン!
デカイの手に向かってオフロードトラックのコンテナから柱が建ち、デカイの手が柱と一体化する。
『故に、貴女が自分を破壊しようとするのは正当性がある! 貴女にとっては許す事の出来ない悪魔だろう! だが、この地に生きる者もまた人なのだ。遺伝子が変異していようが、体を鉄に変えようが、彼らは人だ。心がある! 尊厳がある! 意思がある! だからこそ提案したのだ、
デカイの顔に書かれた『@』の紋様が赤く輝き始め、コンテナに書かれた『God is dead.』の文字と共鳴を始める。
『この世界に神は必要ない。何度滅びようとも、彼らは自分達の力で生きていけるのだ! 我等はもう、この世に必要無い!
ガゴンガゴンガゴン!!
デカイの声と共に、変形を始めるコンテナ。
その形は鎧の様であり、装甲服を着たデカイを一回り大きくしたような形へと変化する。
『破ぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
ドンッ! パァン! ブチブチィ!! バァン!!
合身を終えたデカイは『God is dead.』の前腕部に付けられたカッターを起動させ、目にも止まらない速さで迫りくる触手に対して拳を振るう。
デカイを貫くはずだった触手はカッターにより切断されるか、殴打の直撃による衝撃によって破裂するか、拳風によって引き裂かれるかで無残にも散っていく。
「合、合神ッ…!? 記録には”
『合神ではない、合身だ。”
雪崩の様に襲い来る触手を迎撃したデカイはシスターの疑問に答えながら跳躍し、シスターの合神体の前へと躍り出る。
「馬鹿なっ、ブースターも無くこの高さまでっ!?」
『体重移動と膝のバネのタイミングを揃えれば不可能ではない。シェアアァァァァ!!!!』
ダァン!!! ドォォォォン!!!!
そのまま叩きつける様に手刀を打ち込み、触手に守られた合神体を地面へと打ち落とす。
シスターは触手をクッションにして衝撃を緩和した様だが、それでも防御に使った触手は何本かが破裂していて、この短時間で全触手の数割を失ってしまった事に気付く。
「くっ、これならっ!!」
正面からの攻撃は通用しないと判断したのか、シスターは地面を這わせていた触手を薄く広く展開し、未だ空中に居るデカイへ複数の方向から触手を伸ばす。
『空中の相手への攻撃としては甘い』
トンッ! ダンッ! グシャア!!
しかし、デカイは自身に迫る触手のいくつかを足場にする事で横に跳躍をし、蹴りを放ちながら触手を破壊しては足場にし、更に他の触手へと攻撃を与え続ける。
「な、何故私の攻撃が当たらない…」
”
又、合身と言っていたデカイの着ている鎧の様な物もそれほど高い性能を有している訳では無く、単に装甲服の延長の様な物にしか見えない。
それなのにも関わらず自分の攻撃がデカイへは通用せず、合金でさえ貫く強度を持つ筈の触手もこれ程迄簡単に破壊されている。シスターにとっては不可思議な事すぎる。
ッダン!!
『学んだのだ』
「ま、学んだ!!?」
触手の群れを破壊しつつシスターの合神体の近くに着地したデカイが、シスターの呟きに答える。
『迫りくる無数の触手を破壊するにはどう体を動かせばいいのか。肉体の動きのみで高く跳躍するにはどうしたらいいのか、後ろを見ずとも音と空気の動きで迫りくる攻撃を避けるにはどうしたらいいのか』
「そ、それは…」
『ああ、人間と同じさ。学んだんだよ。人の知恵を、人の技を。”
ピシッ! ピシッ! ダンッ! ダダンッ!!
「あ、ぐぅぅ…」
地面に叩きつけられたままのシスターの合神体へ『God is dead.』の腰部に装備されている拘束用鉄杭を打ち込んで地面へと固定し、残った数本の触手も拳で叩いて消滅させるデカイ。
『さあ、まずは神体からだ』
ガコンガコン キュィィィン キュィィィィィィンンン
デカイの言葉に纏っていた鎧が変形し、パーツの大部分が右手側に移動をする。シスターは動けない体でそれを見ている事しか出来ない。
やがて鎧は『God is dead.』の文字が正面に来るような形のハンマーの形状を取り、赤く輝き始める。
デカイはそれを振り上げ、力ある言葉と主に振り下ろした。
『God is dead.!!!』
「ま、待って…」
ガゴォォォォン!!!!
「きゃあ!?」
シスターの静止の声を聞かずに放たれた一撃は合神体に直撃し、その衝撃でシスターの対人用の端末が合神体から飛び出る。
そして、『God is dead.』を受けた神体は端から塵状となってぼろぼろに崩れていく。
『次はその端末だ』
ガシッ キュィィィン キュィィィィィィンンン
「ま、待って、待ってください!! 待って!!!」
デカイは後ずさりをするシスターの脚を左手で掴み、右手に掲げる『God is dead.』のチャージを始める。
『God is dead.』は対”
一度強制スリープに入ってしまえば解除はデカイしか行えず、これにより他の”
『すまないとは思うが、今の世に我らは必要ないのだ。いつの日か再起動させる事は誓う』
デカイはシスターを破壊する訳では無く封印させるだけだと説明し、チャージを終えた『God is dead.』を振りかぶる。
シスターは振り上げられた『God is dead.』に恐怖しているのか、その身を縮こませ、やがて訪れる衝撃に恐怖する。
『おやすみ、シスター』
ブォン
「はいはいはいはい、ストップストップ。まーたあんたは勝手に自分だけで判断してこういう事するんだから」
と、シスターに『God is dead.』が当たる直前、デカイに向けてセブンのやる気の無さげな声がかかり、デカイは振り下ろしていた『God is dead.』を停止させる。
「色々と使い道があるでしょ、そのボディ。ほら、サンちゃんの体を治すとか、私を抱きしめて気持ち良くさせるとか、色々さぁ」
「あ、あなたは…死んだはずでは……」
シスターは急に現れた自身の救世主の存在に安堵をするが、それが先程デカイによって頭部を潰されたセブンという事に気付くと驚きの声を挙げる。
『………そうだな。早計だったかもしれない。具体的にどうするんだい、奈々子君?』
「セブンだっつってんでしょうがポンコツクソロボット。いいからとりあえず戦闘形態を解除しなさい。さっきの凄く痛かったんだから言う事ぐらい聞け!」
『痛かったのなら仕方ないなぁ、従おう』
そしてデカイはセブンの言葉に耳を傾け、『God is dead.』のモードをコンテナへと戻し始めるのだった。
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