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 昼からの作業が終わったのは、日が暮れる頃。


「『CD』って書いてある小さな箱だけ、家に送ってください」


 仕事から帰ってきた真一叔父さんにそれだけを頼み、ディパックを背負って透の部屋を去る。


 父からしっかりと旅費をせしめているので、近くの温泉宿を予約した。その温泉宿にディパックを下ろすと、夏樹はごろりと、畳の上に転がった。


 古いCD、結構あったな。今日の収穫を、反芻する。あのCD、透はどうやって集めたのだろう? 中古CDを扱う店が、近くにあったのだろうか? 最近はダウンロード版でほぼ何でも手に入るし、同じメタル好きでも、夏樹と透の好みは少しだけずれていたから、聴いた楽曲について話すことを、最近は殆どしていなかった。


 心の中に空いた空虚に、別の空虚を入れる。


 透が進路について考えていた時、夏樹は自分が通っていた大学に来るよう、透に言った。透にとっては伯父伯母にあたる夏樹の両親の家に下宿すれば、山一つ超えるだけで夏樹が通う国立の総合大学に通える。透の父や母も通っていた大学への進学を、しかし透は首を横に振って否定した。自分の学力では、試験に受からないから。透の小さな声を思い出し、夏樹は畳の上で首を横に振った。もしも透が夏樹と一緒の大学に通っていたら、……二十になる前に不運な事故で亡くなることは、無かっただろう。


 寝転がったまま、ディパックに手を伸ばす。ディパックから無作為に一冊だけ引っ張り出したノートを、夏樹は無造作に開いた。


〈これは……?〉


 小遣い、帳? 目に入った数字の羅列に、言葉を失う。大人達に見られても、大丈夫なもの、だったんだ。脱力感を覚え、夏樹は手の中のノートを畳の上に投げるように置いた。


 その夏樹の目の端に、数字ではないものが映る。


〈まさか〉


 起き上がり、投げ捨てたはずのノートを掴んで引き寄せる。先輩に虐められたこと、勉強が難しいこと、本を読む時間が取れないこと、そして、……幼馴染みで、友人も好意を寄せている人に、思いを伝えることができないこと。ノートを捲ると、夏樹の予想通りの文章が視界に飛び込んできた。


〈やっぱりな〉


 このノート、回収しておいて良かった。天井を見上げ、息を吐く。夏休みや冬休みに夏樹の家に遊びに来た透が時折塞ぎ込むのを見かねて、夏樹は透にメタルを勧めた。塞ぎ込んでいる理由は敢えて聞かなかったが、メタルは、透の慰めになっていたに違いない。CDと、もらった外付けHDDに入っていたデータを思い返す。携帯音楽プレイヤーは、事故に遭った時に透と一緒に潰れてしまったと、直子叔母さんは言っていた。おそらく、事故に遭う直前まで、透はメタルを聴いていた。


 もう一度ディパックを引き寄せ、携帯電話を手に取る。


「何?」


 通話ボタンを押してきっかり五秒後に聞こえてきた声に、夏樹は首を横に振った。


「どうしたの? 電話なんて、珍しい」


 通話の相手は、又従姉妹の香苗かなえ。幼馴染みで、いつの頃からか互いに好意を寄せていて、夏樹が大学院の修士課程を修了して就職したら一緒になりたいと思っている、相手。


「日本海側の温泉宿に行ってるって、伯母さん、言ってたけど」


「うん、ちょっと、……声が聞きたくなって」


「えーっ」


 大丈夫? 一人旅が淋しくなった? 続く質問を、唸るようにして誤魔化す。


「あ、カニ、食べた?」


「高すぎて手が出ない」


 しかしすぐに切り替わった質問に、夏樹は小さく胸を撫で下ろした。


「あ、でも、家用に送ったから、今度食べに来いよ」


「本当っ! そうするっ!」


 はしゃぐ香苗の声が、左耳に響く。


 右耳が捉えたのは、窓を叩く雪の音。


 透が言っていた通り、煩くて淋しい音だ。取り留めの無いことを話す香苗の声に相槌を打ちながら、聞いたことのない雪の音に耳を澄ます。


 今年の夏は、透の代わりに、メタルの聖地に行こう。唐突に浮かんだ決心に、夏樹はそっと、涙を堪えた。

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隠されたノート 風城国子智 @sxisato

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