番外編5.消えない痕 (ノベル4巻発売記念)



 ルキウスとフィアンマの決闘の翌日。


 ルキウスやルイゼたちアルヴェイン王国の面々は、ほとんどとんぼ返りのような勢いで王国に帰還することになった。

 乗り込んだのはフレッド号なる最新鋭の大船である。特に事情を聞かされることもなかった護衛騎士や侍女たちだったが、誰も文句を言うこともなく黙々と動いてくれたおかげで、すぐに出立の準備は整ったのは重畳であった。


 出港して二日目のこと、ルイゼは宛がわれた部屋を出てきていた。

 部屋に籠もってばかりでは気が滅入る。海風に当たろうと思って船内を歩いていると、ちょうど前方からイザックの姿が見える。


「タミニール様」

「お、ルイゼ嬢。どうした? ヒマしてんの?」

「少しデッキに出ようかと思いまして」


 ルキウスの秘書官であるイザックは、いつも気さくな態度だ。話しやすい彼に、ルイゼは微笑みを返した。

 国内に戻れば、暗黒魔法に関する諸問題に向き合わなければならないと分かっているのだが、ぴんと張っていた緊張の糸はほんのわずかに緩んでいる。それも、信頼できるルキウスやイザックと共にいるからこそだ。


(それにエ・ラグナ公国では、いろいろと大変だったもの……)


 公国の文化自体は、ルイゼにとって興味深いものだった。しかし肌の露出した服装には最後まで慣れないままで、ルイゼは大変苦労したのだ。

 しかし今は、着慣れた王国風のドレスに着替えている。それだけでルイゼの精神が落ち着くのも当然のことだった。


 ――と思いきや、なぜかイザックがすれちがいざまに「ン?」と首を捻る。


 きょとんとしているルイゼに、イザックはなぜかにやにやとした笑みを返してくる。


「……ルイゼ嬢~、虫刺されには気をつけたほうがいいかもな」

「え? 虫刺され、ですか……?」


 心当たりのないルイゼは首を傾げる。

 だが、どこも痒くはないし、痛みなども感じない。


(公国には、王国にいない虫がいるとか?)


 気候や環境も両国は大きく異なるわけだから、おかしな話ではないが。


「まぁ、たぶんその虫の名前、ルキウスっていうんだけどなー」


 けらけら笑いながら、イザックが片手を振って去って行く。

 ぽつんと残されたルイゼの頭の中は、ますます混乱している。


(そんな、ルキウス様と同じ名前の虫が――、って)


 そこでルイゼは唇を引き結ぶ。


(……まさか)


 ひとつの心当たりが思い浮かんだのだ。


 ルイゼは人目がないのを確認してから、慌てて自分の左肩を確認した。

 ドレスの布地に包まれてはいるけれど、角度によっては肌が見えるそこ。


 想像通りというべきか。

 白い肌には、そこにだけ花が咲くように――赤い痣が刻まれていた。




 そこからのルイゼの行動は機敏であった。

 彼女はすぐ近くにあるルキウスの個室を訪ねた。顔見知りの護衛騎士は真っ赤な顔をしたルイゼに目を丸くしていたが、何事もなく通してくれる。ルキウスがそのように伝えていたからだろう。


「ル、ルル、ルキウス様っ」

「どうしたルイゼ」


 珍しくあわあわとパニックになりながら入室するルイゼに、ソファで寛いでいたルキウスが颯爽と立ち上がる。


「嬉しいな、君から俺の部屋に来てくれるなんて」


 などと言いつつ、近づいてきた彼に肩を抱き寄せられかけたルイゼは慌てて距離を取る。

 その反応に、ルキウスは訝しげに眉を寄せた。


「ルイゼ? どうした?」

「……お、お願いしたいことがあります」

「ルイゼのお願いなら、聞こう」


 あっさりと頷くルキウス。

 ルイゼは肩のあたりに不自然に手をやったまま、何度か深呼吸を繰り返した。

 そうでもしなければ、とてもじゃないが、真っ昼間から伝えられるようなお願いではなかったのだ。


「……こ、今後、なのですが」

「うん」

「私の肌に、キ、キスマークを残すのは、どうかおやめください」


 いっぱいいっぱいになりながら、どうにかルイゼはそう口にする。


(まさか、あの日のが残っていたなんて……!)


 どうして気がつかなかったのだろうと、ルイゼは悔やむばかりだ。


 ――それは、決闘前日のこと。


 異国の地で再会を果たしながらも、フィアンマの策略によって引き離されたルイゼとルキウスは、そのあと倉庫のような場所で二人きりになった。

 嫉妬に駆られたルキウスに音を立てて肩を吸われ、歯を立てられてと、何かと刺激の強すぎる目に遭ったルイゼだったが、あのときの証が自分の肌に残されているなどとは思いもしなかった。


 そういえば数日前、着替えるときにやたらと侍女たちが、イザックと同じような顔をしてにやにやと微笑んでいたような気がする。

 あれもおそらくは、ルイゼの肩にこのキスマークを発見したからこそだったのだ。


(思い返すと、首元が隠れる服をすすめられたような……!)


 それも侍女たちの気遣いだったのだろうが、ルイゼは断っていた。というのも公国は暑いので、首を覆ったりなんかしたら汗が止まらなくなるのだ。


 羞恥心で顔が上げられないルイゼだったが、なぜだかルキウスからの返事がない。

 不思議に思い、ちらりと顔を上げてみれば――「ルイゼのお願いなら聞く」と断言していたルキウスなのに、なぜだかこの世の終わりのような顔をしている。


「どうしてだ。なぜ急にそんな厳しいことを……」

「き、厳しくはありませんっ」


 とんでもないことをのたまうルキウスに、ルイゼは真っ赤な顔で言い返す。


「タミニール様にも見られてしまったんです。私、もう、恥ずかしくて」

「イザックか。……他の男にも見せつけてほしいのに」

「あっ」


 肩を隠していた手を絡め取られ、ルイゼは壁際に追い詰められた。

 体格のいいルキウスは、簡単に小柄なルイゼの動きを封じてしまう。


「言っただろう。誰にでも俺のものだと分かるようにしたって」

「……っ」


 どうやらルキウスのほうは、ルイゼの肌にその不埒な痕があるととっくに知っていたらしい。


 彼の骨張った大きな手が、ルイゼの左肩をこれ見よがしに撫でる。

 それだけでぞくりと、ルイゼの背筋が粟立つ。彼に与えられた快楽は、キスマークと共にルイゼに刻まれてしまったようだった。


 ルイゼは狼狽えながらも、消え入りそうな小声で伝えた。


「でも、こんな……いくらなんでも、だめです。人に見られるようなところ……困ります」


 すると、ルイゼを追い詰めるルキウスの動きがぴたりと止まる。

 もしかして、ルイゼの気持ちを分かってくれたのだろうか。そう思って気を抜くルイゼの肩に、ルキウスが頭を寄せてきた。


「ルキウス様?」

「ルイゼ。その発言は誤解を招くぞ」


 困惑するルイゼに、ルキウスが甘えるように頭をすり寄せてくる。

 そして壮絶に色っぽく、熱い吐息が、ルイゼの耳元に落とされた。



「……まるで、誰にも見られないところなら、俺に許してくれるみたいだ」



 ――その言葉に、数秒だけぽかんとしてから。


 赤く茹で上がったルイゼは、はしたないくらいの大声で返したのだった。


「違います!」







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 ※ウェブ版でいう133話「焼けつくような」の後日談でした。書籍版ですとさらにイチャついているのと、挿絵がついているので破壊力マシマシです。



 本日より替え玉令嬢4巻の配信がスタートとなります。

 第三部「光の花嫁」全編を収録、加筆修正がんばりました!

 今巻は電子配信のみとなりますので、ぜひお好きなサイトにて見つけていただけたら幸いです。


 また、今月頭に発売したコミック第1巻の重版が決定いたしました!

 たくさんの方がお手に取ってくださったおかげです。ありがとうございます。

 小説、コミックあわせて、今後とも『替え玉令嬢』シリーズをよろしくお願いいたします。



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【5巻発売中】婚約破棄された替え玉令嬢、初恋の年上王子に溺愛される【コミック2巻発売中】 榛名丼 @yssi_quapia

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