エピローグ:偽装カップルから始まるラブコメ

 月曜日。

 いつもと違う日常を俺は迎えていた。

 屋上で俺は東城と二人きりだった。葉月は今日は体調不良で休んでいる。


「ごめん、こんなところに呼び出して」

「……ああ」


 東城はというと思ったより、笑顔が多かった。

 儚げに笑う姿は変わらなかった。


「……もう大丈夫なのか?」


 手探りで伝えるべき言葉を考える。


「ええ、心配かけちゃってごめんなさい。私ならもう大丈夫」

「そうか」

「……」

「……」


 沈黙が続く。

 東城はどこか気まずそうにしている。


「あれはっ! な、なかったことにして……」


 何を言うかと思えば。東城はあの時のことを思い出してたようで顔を赤らめていた。


「ああ……」


 あの時。俺たちには何もなかった。


 ***


「……忘れさせてよ。嫌な想いも何もかも。忘れさせてよ、ねぇ……彼氏でしょっ!? それくらいしてよ……お願い……ぅぅ……」


 泣いて慰めのキスを求める東城に俺は顔を近づけた──。




「ぁ……」


 東城の小さな吐息が漏れる。

 俺は、東城の肩を抑えて、静かに首を横に降った。


「東城……」

「──っ! ごめん……」

「……いや、いい」


 ***


「あんなこと、偽物の恋人のアンタに要求するなんて……ホント……どうかしてたわ。ごめん。もう偽物の恋人でいる理由もなくなっちゃったわね」

「……もう、桜庭のことはいいのか?」

「ええ。もういいの。もう……吹っ切れちゃった」

「……そうか」

「今までありがとう。これでアンタとの恋人ごっこも終わり。だから別れましょ。私たちは普通の関係に戻るの」


 東城は笑う。やっぱりまだ無理してるように感じた。大丈夫なわけないよな。家族と幼馴染との関係に亀裂が入って。

 それでも……。


「あ、もう昼休み終わっちゃうわ。私、先に戻ってるね」

「ああ……」


 俺は一人残された屋上で寝転がった。なんだか、この後の授業には出たくない。

 東城のことを考えると胸がモヤモヤとした。

 ああやって無理して笑う東城は見たくなかった。東城にはもっと……綺麗に笑ってほしい。



 放課後になって、俺は一人教室で時間を潰してからちょうどいい時間、昇降口へと向かった。

 そこである人物を待つ。


 複数人でガヤガヤと話しながらやってきたその人物の前に立った。


「桜庭、ちょっといいか?」


 桜庭は俺を見てから目を見開いき、小さく頷いた。きっと、何の話か分かったんだろう。


「悪い、みんな。俺、青北と話あるから」


 そう言うと周りのメンバーは「ういーす」と軽い挨拶をして、それぞれ帰って行った。

 俺は桜庭を連れて、校門を出る。

 そして近くのカフェに入り、適当に注文をした後、改めて本題に入ることにした。


「それで話って?」

「分かってるだろ? 東城とのこと」

「……ああ」

「悪かった」

「っ!? なんでお前が謝る?」


 桜庭は酷く狼狽する。このイケメンのこんな慌てふためく姿は、滅多に見られるものではないかもしれない。

 そんな少し、不謹慎なことを考え苦笑する。


「聞いたんだろ、俺と東城の関係」

「……ああ」

「あれは、俺が提案したんだ。東城は何も悪くない。俺が東城のことを先導してやってたことなんだ。騙すなんて、そんな意図はなかったけど、結果的にそうなってしまった。お前らにも東城にも申し訳ないことをしたと思う。悪かった」

「……」

「だから東城を許してやってくれないか? 俺のことなら好きにしてもいい。だから、普通の幼馴染として友人として。もう一度、仲良くやってくれないか? この通り」


 ゴンと机に頭がぶつかる音がした。

 俺は桜庭に向かって頭を下げたのだ。東城には余計なお節介かもしれない。それでも今まで一緒に仲良くしてきた幼馴染とこんな形で縁が切れるなんてよくないと思う。それにお姉さんとの関係もある。

 できれば、三人がそれぞれベストな選択をしてほしい。こんな虫のいい話は難しいのかもしれないけど。


 俺自身、葉月にフラれて分かったこともある。あの時は本当にショックだったけど、今では葉月との関係も良い関係を結べていると思っている。それは一重に葉月がフラれた後も変わらずに接してくれたおかげだ。


「頭をあげてくれ、青北」

「……」


 俺は、桜庭の言う通り、ゆっくりと頭をあげた。

 すると、桜庭は大きく息を吸い込み、ため息をついた。


「はぁ……そこまでされたらどうしようもないな」

「?」


 仕方ないといったニュアンスを含んだそのため息に違和感を覚える。それは、俺の頼みを仕方なく聞くということではないように感じた。


「青北が謝る必要はないし、燈理のことも悪いとは思ってない。今回の件は明らかに俺と日奈姉の関係をいつまでも話せなかった俺自身に非がある」


 桜庭は静かに語り始める。


「言い訳するつもりはないけど、俺と日奈姉の関係って結構複雑だったんだ。だから曖昧なままこの日まで来てしまった。日奈姉にも燈理にも傷ついて欲しくなかっていう俺のエゴのせいだ。だから俺が一番悪いのは分かってるよ」

「……」

「それにお前ら二人が本当に付き合ってなかったていうのは知ってたしな」

「はぁ!? それってどういう……」

「まぁ、最後まで話を聞いてくれ。最後まで話聞いたらお前は俺のことぶん殴るかもしれないけど」


 なんだよそれ……。

 桜庭はカラカラと笑う。


「正直に言えば、最近の燈理は俺のことをもう本気で好きじゃなくなってたと思う」

「……どういうことだよ、それは。なんでそんなこと?」


 東城が桜庭を好きじゃない? 意味がわからん。


「それはアイツに別に好きな人ができたからだよ」

「別に好きな人? 誰だよ?」


 そんな奴いるのか? 俺は偽装カップル中のことを思い出してもそれに該当するやつが全く思い浮かばない。


 俺の分からないという考える仕草を見て、桜庭はまた楽しそうに笑った。

 それに対して、俺はムッとする。こっちは真剣に考えているって言うのに。


「はぁ。本当に分からないのか?」


 今度は呆れのため息。


「なんだよ、もったいぶらないで言ってくれ」

「俺から言うべきことじゃないのかもしれないけど……青北、お前だよ」

「…………はい?」


 俺? 東城の好きな人が俺? 何いってんだコイツ? 気でも狂ったか?


「ここのところ、俺といてもずっとお前のことばっかアイツは話してたぜ? それも本当に楽しそうに。家で日奈姉と話をしている時でさえもそうだったみたいだ」

「そ、それは作戦の一部で……」

「そうだったとしても本気で楽しそうにしてたと思うけどな」

「だ、だからって俺のこと好きって……」


 突然の告白に脳内の処理が追いつかない。

 東城が楽しそうに俺のことを……。それを少し嬉しく感じてしまう自分もいてよく分からない。


「これでも結構、女子にはモテるから好意には敏感なんだよ」


 嫌味っぽい。これだからイケメンは。説得力があるのか、ないのかわからん。けど、不思議とコイツの話は本当にそうだと思わされる。


「それで、東城が俺のことを、すすす、好きだと仮定してなんなんだよ?」

「お前って結構ウブなのな」


 ほっとけ。


「燈理は青北のことを好きなんだけど、自覚はしてないんだよ。だって燈理は思い込みが恐ろしく激しいからな」

「まぁ……そうだな」

「未だに俺のことをまだ好きだと思ってる。そりゃ、好きって気持ちはあるのかもしれないがそれは恋愛感情とは別のものだ。どうしてもアイツの中には幼馴染の自分たちは一緒にいるものだっていう思いがあるからな。だから俺は燈理の心に根付く俺っていう存在を完膚なきまでに消し去るために、わざと突き放した」

「……マジかよ」


 淡々と話す、桜庭に一種の恐怖を覚える。


「そうして傷ついた燈理はお前を求める。心の穴は青北が埋めてくれる。そうなれば、酷いことをした俺のことは忘れて青北を好きなことを自覚するってわけだ。あの神社での出来事は出来過ぎだったけどな」


 まるで全て桜庭の掌の上のよう。

 思ってた通り、俺は動いてしまったみたいでなんだか釈然としない。


「……お前めちゃくちゃ性格悪いな。というか普通に怖い」

「ああ、自覚してるよ。みんなが思っているほど、俺は完璧人間じゃないんだ。俺は、日奈姉しか、日奈未しか愛せない」


 さらっと愛とかどうとかいうあたり、コイツらしい。


「さっきも言ったけど、本当に悪いのは俺。中々、話せなかったのが原因だよ。だからあんな粗治療しかできなかった。それで燈理自身が心底傷つくことになっても」

「そりゃ、色々悩んで言うのが遅くなったのはわかるけど、普通にいうだけじゃダメだったのか?」

「普通に振っただけじゃ、多分アイツ諦めないしな。例え姉妹が相手でもきっと地獄の果てまで追いかけてくると思うな。筋金入りの頑固者だぜ? それよか、嫌われたほうが早い」

「はぁ」


 俺は深く息を吸い込んだ後、ため息をついた。

 東城のためなのか、自分のためなのかそれはわからない。いや両方か。だけど本当にそんなやり方しかなかったのか? もっと平和的に解決する方法はなかったのか? どんな理屈を並べようとこいつがやったことは最低なことだ。幼馴染である東城を傷つけた。


「桜庭ちょっと」

「……? ぐっ……」


 桜庭を思いきり殴った。

 ご自慢のイケメンヅラに一発くれてやったぜ、ざまぁみろ。人目があるから一発だけな?


「今のは東城からな」

「痛いな……」

「東城はもっと痛い」

「ああ……そうだな」


 東城の負った心の傷はこんなものではない。


「やっぱり、俺みたいなクズより青北みたいなやつと燈理は一緒になるべきだな」

「お前なぁ……」


 あっけらかんというコイツが何を考えているのか今になってようやくわかる。

 全く不器用な奴だな、こいつも。


「東城にはちゃんと謝っておけよ。酷いことした自覚あるなら」

「分かってるよ」


 あれ? 俺が謝りに来たのに、桜庭を説教してるのはなんでだ? まぁ、いいか。


「ああ、それと……」

「まだ何かあんのか?」

「俺が女子の好意には敏感って言ったよな?」

「……それが?」

「俺が言うのもなんだけど、青北も自分の置かれた立場をもう一度しっかり確認しておくほうがいいよ」

「は!? それってどういう──」


 桜庭はそのまま立ち上がり、さりげなく伝票を持って会計をして出て行った。

 去り際までイケメンのやることに俺は置いてけぼりになる。


「意味がわからん」


 一人残された俺は先ほどの言葉の意味を考えたが答えは浮かばなかった。

 これだからイケメンは嫌いなんだよ。すぐ意味深なこと言いたがる。


 ◆


 生まれてから今の今まで学校を休んだことのなかった私は、初めて学校をサボった。

 小学校も中学校も皆勤賞で、高校もそうするつもりだったのに。


 あの時。

 こーちゃんとあかりちゃんがキスをしているところ見た時。

 私の胸の中で何かが弾けた。


 私は今まで否定し続けていたその想いを否定できなくなっていた。私は、こーちゃんが好きなんだと否応なしに自覚させられた。


 だけど、遅かった。

 自分の恋心に気づくのが遅かった。


 こーちゃんのことは本当に弟のようにしか思ってなかった。だけど、最近は変だった。そんなこーちゃんにドキドキさせられていたことが。

 私は自分からこーちゃんのことをフっておいて今更、こんな気持ちを持つわけがないと思い込んでいた。


 違った。私はどうしようもなく、こーちゃんが好きで。好きで仕方なくて。愛おしくて堪らない存在なんだと気付かされた。


 こーちゃんとあかりちゃんの関係が偽物だと高を括っていたらこのザマだ。

 二人はそんな関係でいつの間にか、好き同士になっていた。


 あの時の映画と同じだ。いつか一人で見た映画の内容がフラッシュバックした。



 あの後のことはあまり覚えていない。

 一人家に帰った私は、そのまま深く眠りについた。


 翌日、充電し忘れていたスマホを充電するとトンデモないくらいの着信とメッセージがこーちゃんから届いていた。

 当然だ。こーちゃんとはぐれたまま、連絡もせず家に帰っていたら、心配するに決まってる。


 こーちゃんには悪いことをした。

 メッセージを見る限り、ずっと探してくれてたみたいだ。それで家に戻ってから私の部屋の明かりがついていることを確認して、帰っていることが分かったようだ。


『起きたら連絡くれ』


 それを見て、一気に涙が溢れた。

 私は一頻り泣いた後、こーちゃんに電話をかけた。


 ──怒られる。


 そう思っていたけど、こーちゃんは優しく、『よかった』と呟いた。

 あまりまだ気持ちの整理ができていなかった私は、帰った理由を適当に誤魔化した。

 女の子の日になっちゃって、それが重くて、といえばこーちゃんは何も言わなかった。

 もちろん、今日休んだのも同じ理由だった。


 まだ心の整理はできていない。

 これはもう少しかかるかなぁ……。


 ◆


 今日は、青北と昼休みに話してその後は一花とだけ軽く話した。葉月はお休みしてたしね。

 一花は何かを察したのか、元気のない私にあまり深く事情を聞いてこなかった。


 放課後は真っ直ぐに家に帰った。青北はというと用事があるそうだ。

 というか、別れた彼氏(偽)の予定なんか気にしてるのか全くわからなかった。


 ベッドで横になっているとすぐにうつらうつらと微睡みがやってきた。そして私は短いチャイムの音で目が覚めた。

 私は訪問者を迎え、玄関のドアを開けるとそこには、陽くんの姿があった。


 そして陽くんは私を見るなり、開口一番に頭を下げた。


「燈理、悪かった」

「……」


 あの日。帰ってから、私はお姉ちゃんにも謝られた。

 正直、二人が私を心配していた気持ちもわかるし、話しにくかったのもわかる。

 だから、不思議と私は二人のことを恨めしく思えなかったのだ。


 二人がいつからそんな関係にあったかは知らない。

 だけど、もし私が同じ立場なら、姉の好きな人を奪ったなら、私はそのことを正直に伝えられただろうか。

 いいや、絶対できない。それよりなんとしてでも隠してしまうと思う。例え姉を傷つけてもだ。

 それに私が陽くんたちのことを騙していたのもまた事実。


 嫉妬させるどころか、安心させてしまっていたなんて完全に裏目に出てしまった。

 恋は盲目っていうけどその通りだと思った。


 そして私が何か言うのを待っているのか頭を下げ続ける陽くん。


「それは何に関する謝罪?」

「俺と日奈未との関係を伝えれなかったことだ。それにあの日は言い過ぎた。ごめん」

「……」


 あの日のことはお互い激情に駆られ、言いたくないことも言ってしまったんだと思う。

 冷静になってどちらが悪いとかそういうのはもうどうでもよかった。


 私の想いが遂げられなかったのは残念だけど、私の大好きな二人が幸せになってくれるならそれもいいと思った。


「もういいよ。私も二人のこと騙してたし。おあいこ」

「……それでも俺は……」

「一つだけ」

「……?」

「お姉ちゃんのことは大好き?」

「……ああ。愛してる」

「……プッ。何そのセリフ。クサイよ。陽くんらしくない。ちゃんとお姉ちゃんのこと私以上に幸せにしてよね」

「ああ」


 そうして陽くんとの会話は終わった。

 扉を閉めた後、なんだか私はスッキリしていた。


 そう言えば、今更ながら。去年の今頃、お姉ちゃんは毎日泣いていた気がする。必死に私に隠そうとしていたけど。

 そしていつの間にか、元気なってたから聞けずじまいだった。


「あの頃からそうだったのかなぁ……」


 自分以外に誰もいない家で一人呟く。

 思ったよりショックを受けていない自分にびっくりだ。

 これも全部、青北のおかげかもね。あの時、青北がいなかったら私は……。


 思い出してもう一度、顔が熱くなる。


「……」


 それでもしばらくは恋愛はいいかな。

 そう思った。


 ◆



 翌日の火曜日。

 朝のアラームと一緒に俺が目覚めることはなかった。


「ん……?」


 ふと誰かがいる気配がして目が覚めた。

 ふとその視線を感じた方を見ると目が合った。綺麗な瞳だ。その綺麗な瞳の持ち主は優しく微笑んだ。


「おはよう、こーちゃん」

「ん、おはよう」




 俺は葉月と一緒に並んで学校へと向かっている。

 葉月の体調はもう落ち着いたらしく、いつも通りに戻っていた。


 ……いつも通り? いや、違う。なんだかいつもと同じように笑顔なんだけど、その端端に辛そうな表情が混じる。


 何かあったか聞いても葉月は「何が?」ととぼけて見せた。

 一体なんだってんだ……。



 教室。俺はすれ違った際に東城に挨拶をした。


「おはよう」

「ええ、おはよう」


 東城は笑顔だった。そこに無理をしている様子はない。

 やっぱり笑っているほうがいい。まだ少しだけ元気がないけれど。


 その日は気がつけば授業中もずっと東城のことを目で追っていた。どうしても桜庭に言われたことに影響されたように感じる。


 東城が俺のことを好き?


「……ッ!」


 顔が熱くなった。

 ブンブンと首を左右に振り、思考を冷却する。


 俺は東城の想いを確かめるため、昼休みに昨日と同じように屋上に誘った。

 人から与えられた情報でどうこうするつもりじゃないけど……なんとなくだ。


「それで話って?」

「あ、いや……特にはないんだが、昼飯でも一緒にって思って」


 誘ったはいいものの特に何言うかは決めてなかった。


「私、お昼買いに行かないとないんだけど」

「それは、俺が買ってきたパンがあるから大丈夫!」


 俺はパンを一袋、東城に渡し、東城はそれを受け取った。

 今日は葉月もお弁当を作っていない。だから登校の途中にコンビニお昼に食べるものを買っていたのだ。もちろん、東城と食べることは想定してなかったけど。


「はぁ……あのねぇ、アンタそれだけで足りるの?」

「いや、気にするな」

「まぁ、いいわ」


 二人で菓子パンを開けて、袋からはみ出したパンを口に頬張る。


「……」

「……」


 お互い無言だ。

 なんて言おう。気まずい。「俺のこと好き?」って聞く?

 いや、バカか。


 ええい、もうどうにでもなれ。


「えっと、本当に吹っ切れた大丈夫?」

「ええ、もう大丈夫よ」

「桜庭とは仲直りした?」

「ええ。前と同じようにとはいかないけど、少しはマシになったかしら」

「本当に桜庭のことはもうどうも想ってないの?」

「不思議なことにね。なんだか受け入れちゃった」

「本当に本当?」

「……」

「なぁ? どうなんだ?」

「ああ、もう! なんなの!? しつこいわよッ!! 聞きたいことがあるならはっきり言いなさい!」


 怒られた。


「いや、俺はまだ東城が落ち込んでるんじゃないかと思ってな……」

「そりゃ、まだ全快とは言えないわよ。フラれてそんなすぐ立ち直れるもんですか」

「そりゃそうだ……」

「なんなの一体……」

「じゃあ、他に好きな人! 好きな人を作るってのはどうだ?」

「本当いきなりね……まぁ、私を元気つけたい気持ちはありがたいけど、今の私はあんまり恋愛する気になれないのよね」


 あれ……? 桜庭の野郎……ッ!! 言ってること違うじゃねえかっ!!

 くっそ、なんか恥ずかしくなってきた……さっきから俺のこと好きなんじゃねえかと思って接していたのが恥ずかしくなってきた。勘違いしてた自分が恥ずかしい。


 俺に興味あるどころか、恋愛する気ない言うてるぞ? おい、桜庭。なんとか言え!!


「でも……アンタとだったらもう一度、恋人になってもいいかもねっ!」

「!?」


 やっぱり俺のこと……!?


「あはは、何慌ててんの? 冗談よ冗談! よっと!」


 東城はパンを食べ終わると立ち上がった。

 くそ。完全に弄ばれてる……。顔が熱い。


「もう戻るのか?」

「ええ。アンタと別れたのにいつまでも一緒に居れないでしょ?」

「そうか……」


 今更な気もするけど。なんだか少し寂しい。


「それでももう一度、恋人役が必要になったら言いなさいよ。今度は私が協力してあげるから」


 東城は笑顔でそう言い残して屋上を去っていった。

 その笑顔は今まで見てきたどの笑顔より、綺麗だと感じた。


「はぁ……」


 狐につままれた気分……。


 ◆


「え!? 別れた!?」


 帰り道。こーちゃんと一緒に帰っている時に、あかりちゃんと最近どうかと聞いたら驚くべき答えが返ってきた。

 私はそれを聞いて頭が混乱した。

 どういうこと? だってあの時、二人は……。


 二人は両想いになったんじゃ……?


「それはどーしてなの?」


 私は恐る恐る原因を探る。


「まーなんていうか、もう付き合う理由もなくなったっていうか……」


 きっとそれは偽装カップルでいることだ。桜庭くんを惚れさせるため。詳しいことは知らないけどそれは失敗に終わったのだと聞いている。

 それは、二人が両想いになったからじゃないの? 両想いになったんなら別れる必要はなかったんじゃ……?


「未練あるの?」

「……」


 私は一番ストレートにそう聞いた。

 自分でも驚くほど。


「わかんねぇ。未練っつーか。アイツのことその……気にならないと言えば嘘だな。今すごい、気になるというか。あ、これ未練? あ、いや、未練っていうのがそもそもおかしいのか。じゃなくてっ!」


 こーちゃんは私が二人が偽装カップルであることを知らないと思っている。だから言葉を選んでいるのだろう。


 気になるか……。

 その言葉に私は胸が痛くなる。やっぱり、こーちゃんはあかりちゃんのこと……。

 好きとまではいっていなくとも気持ちは傾いている。

 そのことはわかった。


 辛い。苦しい。痛い。

 だけど、辛さと同時に希望が降って湧いた。

 落ち込んでいた私の胸の中の炎が再び燃え上がった。


 二人は別れたんだよね……?

 じゃあ、大丈夫。私にだってできる。二人がそうしたように。私にも。


「ふふ」


 私は思わず、笑みがこぼれた。


 二人の間に何があったのかは分からない。

 それでも私は……自分の中に再び、燃え上がった炎を抑えることなんてできない。

 気づいたからこそ。チャンスがあるからこそ。私が、涼宮葉月が必ず──。


「ねぇ?」

「ん?」








「──私と恋人にならない?」


 もう一度、幼馴染である青北洸夜を惚れさせると決めたのだ。

 例え、偽物の恋人関係だったとしても。私はこーちゃんと一緒にいる。




                ──了。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

偽装カップルから始まるラブコメ 〜クラスメイトの恋を叶えるために偽物の恋人になったら昔俺をフった幼馴染が妙な反応を見せてくるんだが〜 mty @light1534

現在ギフトを贈ることはできません

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ