第26話:うたかた


「困ったな。葉月のやつ、一体どこに行ったんだ?」


 待ってるだけなのに、はぐれるってどういうことだ?


 俺はとりあえず、あたりをくまなく探した。

 しかし、あまりの人の量に葉月を見つけ出すことができない。そして気がつけばいつの間にか人の波に流されて、元いた場所から離れ、人通りが少ない場所まできていた。


 くそっ! すぐ見つかると思ったけど、全然見つからない。

 しかし、こんな時にこそ役に立つものがある。現代人の叡智の結晶。


「スマートフォン〜」


 どこかの青ダヌキのようなダミ声でそれを取り出した。最初から使えばよかったのだが、まずは自分の足を使って探さなければな!! それが男ってもんだ! 決して忘れていたわけではないぞ!


 そして俺は取り出したスマホをタップして、ロックを解除し、連絡先から葉月のアイコンをタップして電話をかけた。


 数コール鳴った後、その持ち主は出た。


『もしもし、こーちゃん!?』

『あ、葉月! お前どこ行ったんだよ? こちとら探し回ってんだぞ』

『ご、ごめん……今どこにいるの?』

『今? あー……』


 俺は周りを見渡して目印になりそうなものを探す。

 そして少し、離れたところに石碑を見つけた。


『若水神社?』

『あ、若水神社ね!! 向かうよ!』

『え? いや俺が葉月のとこ行くけ──』


 ブツッ。プープー。


 通話口からは空しい電子音。切れた。

 一人だと心配だから俺が葉月の方行こうと思ってたんだが。そう思い、もう一度かけなおすも葉月は出ない。

 それどころか、スマホから聞こえてくるのは『おかけになった番号は現在電源が入っていないか、電波が届かない場所にあります』と返ってきた。


 なんだ? 電池切れ?


 俺は頭をガシガシと掻いた後、仕方なく神社で葉月を待つことにした。下手に動くよりは待ってたほうがいい。場所は言ったし、きっと来てくれるだろう。


 ◆


「弥生先輩? どうしてここに?」


 私が声を出すより早く、陽くんは私たちの前に現れた人物の名前を読んだ。


 何でここにいるの?

 私は空気の読めないその先輩に怒りを覚える。


「はぁはぁはぁ……待ってよ、弥生ちゃん……って、え?」

「え!?」


 そして次に現れた人物を見て私はさらに驚愕した。


「お、お姉ちゃん?」

「燈理ちゃん!? と……はる……」


 お姉ちゃんは私に驚いた後、その隣にいる陽くんを見て気まずそうにする。

 そして隣の陽くんを見ても気まずそうに顔を伏せていた。


 それより何で? お姉ちゃん友達の家に泊まりに行っていたはずだ。それなのにどうしてここに?


「陽都くん。ダメだよ」


 私の思考を邪魔するように槙島弥生は陽くんに近づき、話しかける。


「先輩。これは……」


 陽くんがそれに対して苦虫を噛み潰したような表情で答えた。

 どういうこと? 一体なにが起こってるの?


「話すって言ってたよね、東城さんに」

「えっと、弥生ちゃん? 今日連れてきたのって?」

「日奈未先輩もいつまでそうしているつもりなんですか?」

「ッ!」

「私、日奈未先輩には幸せになって欲しいんです」


 なに? わからない。三人が何の話をしているのか全くわからない。ただ、それなのになぜか心臓の音がまるで私に警告をするようにわずかに大きくなり始めた。

 口の中が渇く。


「は、陽くん? い、一体どういうこと?」


 声が震える。


「そうじゃないと私……陽都くんのこと……」

「……先輩すみません……ちゃんと言います」


 陽くんは槙島弥生に向かってそう言った後、覚悟を決めたような表情でこちらを見た。


 けたたましく、暴れ馬のように心臓の鼓動が速度を早めた。


「話があるって言ったよな? 燈理にはずっと言おうと思ってたんだ。俺と日奈姉の関係を」

「関係……」


 話が見えてこない。陽くんと日奈姉の関係って……? 私と陽くんが幼馴染のように日奈姉と陽くんも幼馴染だ。幼馴染。それ以外に私たちの関係を表す言葉はないはず。ないはずだ……。


「そう。俺と日奈姉の関係だ」


 キーンと耳鳴りが鳴り始める。視界は揺れ、頭がぐわんぐわんする。

 いやだ。うそだ。聞きたくない。そんなのって……。


「俺と日奈姉は──」

「──やめて!!!」

「恋人なんだ」


 私の中で何かが崩れ去る音がした。


 ああ。だめだ。なんで? どうして? 訳がわからない。おかしいよ。こんなのおかしい。


「……」


 言葉が出ない。何を話せばいいのかわからない。口の開き方がわからない。声ってどうやって出すんだっけ?


「あかりちゃん、あのね……」


 声をかけられてハッとする。今の今までどこか遠い世界に隔絶されていたような感覚に陥る。


「ずっと言おうと思ってたの。だけど……」


 日奈姉の顔を見ることができない。でも声の震えからそれが私に対しての罪悪感でいっぱいであることがわかる。


「……」

「ずっと迷ってた。自分で言うのもなんだけど、燈理は俺のことが好きだっただろう? だから言えなかった。それでも、最近やっと話そうと思ったのは、燈理に彼氏ができて、燈理も変わったと思ったからだ」

「っ!」


 ……なにそれ。意味わかんない。私は陽くんのために……陽くんと一緒になるために青北と付き合うフリまでして、変わったんだよ? それなのに。それなのに……。


「騙してたんだ」


 不意に出た言葉。考えて出した言葉じゃない。浮かんできた言葉を口にした時、自然とその言葉だった。


「ずっと私のこと、二人は騙してたんだ」

「違う! そうじゃない! 日奈姉は悪くない」


 ああもう……陽くんはお姉ちゃんのこと……。

 前が見えなくなってきた。私の両目からほろりと涙が溢れる。

 鼻の奥がジーンとした。


「うるさいっ!! 騙してたんじゃないっ!! なんで──」

「それはおかしいんじゃない?」


 ここで私の言葉に異議が入る。

 その言葉を発したのは槙島弥生だ。私はこの女の存在が無性に腹が立った。何で今ここにいるの? 部外者のくせに。勝手にこっちの関係をかき乱して。なにがしたいの?


「うっさい! アンタは引っ込んでてよッ!!」

「弥生先輩!」

「悪いけど、陽都くん。私の大好きな二人をそんな風に言う、東城さんの発言は見逃せない」


 槙島弥生がこちらを睨みつける。


「二人の関係のことずっと秘密にされててショックなのは分かるけど、騙してたは違うでしょ。二人はあなたのことを思ってた。……それに二人を騙してるのはあなたでしょ?」

「……っ」

「……どういうこと、弥生先輩?」


 私が騙している? 何のことを……?


 「ッ!」

 

 そこで私はその事実を思い出した。

 知っている? 私と青北の関係を?

 そのことに急に声が出せなくなる。


「言ってあげなよ。陽都くんに。あなたと彼氏さんとの関係」

「ぁ……」

「どういうこと、燈理ちゃん?」

「燈理?」

「ぁぁぁ、わ、私は……」

「言えないなら、私が言ってあげようか?」


 槙島弥生は深く息を吸い込む。


「──二人は恋人じゃない」

「──っ!?」

「は? え? ど、どういうことだ? まさか、もう別れたのか?」

「違うよ。陽都くん。東城さんとその彼氏さんは付き合ってたフリしてたの」

「燈理……そうなのか?」

「燈理ちゃん本当のことなの?」


 二人の視線が突き刺さった。その視線には戸惑いや不安、はたまた軽蔑が混じっているのかもしれない。

 ああ、これは……ダメだ……。ゲームオーバー。そんな言葉が頭に過ぎる。


「……そうだよ」

「なっ!? どうしてそんなことを……」

「だって。だって陽くんは私のこと見てくれないじゃないっ!!」


 静かな神社に私の声が響き渡る。今まで出したことのないような一番大きな声をあげた。

 追い詰められた私がした選択は愚かにも逆ギレだった。

 私は今までずっと自分のうちに溜め込んできたそれをブチまけたのだ。


「ずっと、ずっと好きだったのに。陽くんは私のことを鬱陶しそうにして。だからアイツと協力して、陽くんを嫉妬させてやろうと思ったのよ!!」

「それは……」


 陽くんは言い淀む。次の言葉を探している。


「それなのに、陽くんのために変われたのに……こんなのってない。こんなことないよっ!!」


 私は子どものように喚き散らし、自分のしたことを棚に上げて二人を罵る。


「燈理、俺は……」

「ああ、もううるさいうるさい!! 嘘つき!! 陽くんもお姉ちゃんも嘘つき!!」

「……嘘つきはどっちだよ」

「ッ!」


 まさか反論されるとは思わず、体がびくりと震える。陽くんの声は重く、怒気を孕んでいるように思えた。


「俺たちもいつ話そうか迷ってた」

「それじゃあ、なんで──」

「だけど!! ずっと燈理のことが心配だった。燈理は俺にベッタリだったから。友達もいない、燈理がひとりぼっちになるんじゃないかって。だけどこの関係を打ち明けたら、燈理がどうなるか……日奈姉もずっと苦しんでたんだ」


 そんなの……知らない。知らないよ。私のいないところで勝手に……。


「だから、彼氏もできて友達もできて。燈理も変わった。最近の燈理になら話しても大丈夫だって思ってたんだ」

「燈理ちゃん、私ね。燈理ちゃんに恋人ができたって聞いた時、本当に嬉しかった。ずっと陽ばかりだったから。燈理ちゃんの信頼できる人が陽だけじゃなくなったんだと思って。私たちも前に進んでいいんだって思って」

「俺だって嬉しかったよ。純粋に。心の底から。燈理のことを祝福した。だけど……全部嘘だったんだな。俺と日奈姉の気持ちをお前は裏切ったんだ」


 ずしりと重たい何かが胸に溜まっていく。陽くんの冷たい言葉がまるで鏃のように胸に突き刺さる。


「やっぱり、燈理は何も変わってない。何一つ変わってない。自分のことばかりで俺のことも、日奈姉のことも何も考えてない。……最低だよ」

「──っ……」

「陽、それはっ!? あ、燈理!!」


 私は気がつけば、走り出していた。

 後は一切振り返らない。誰かとぶつかっても気にも留めない。


 あああ。どうして? 何を間違ったんだろう。分からない。全部私が悪いの? 私が陽くんを好きだったから? 二人を苦しませた? もっと早くに諦めていればよかった? どうして? 

 苦しい。痛い。


 涙が止めどなく溢れてくる。私の視界がぼやける。足の痛みなんて無視して私は駆け抜けた。


 誰か……助けて。苦しいよ。胸が痛いよ。


「っ……」


 その時。ふとなぜかアイツの顔が浮かんだ。

 会いたい。アイツに会いたい。アイツに慰めてもらいたい。訳のわからなくなっている頭の中は、アイツのことでいっぱいだった。


 ◆


 いつ出て行こうか、迷った。しかし、ここで俺が行って何になる? 余計に東城の立場を悪くしてしまわないか? そんなことを考えているうちに足が竦んで前に踏み出すことができなかった。


 そして俺が迷っていたせいで東城は傷つき、悲しみ、走り去ってしまった。

 俺が入ってきたのとは反対の方向へ。

 俺はそんな東城を放っておくことができず、慌てて追いかけた。



「くそ……」


 無我夢中で東城の姿を探す。


 そして気がつけば、河川敷にまで来ていた。

 前を見るとそこには東城がいた。走り疲れたのか、それとも足が痛くなったのか。歩いていた。


「ぅぅぅ……」


 呻き声が聞こえた。

 あの時と同じように。いや、あの時以上に苦しさが伝わってくる。

 俺はそんな東城に近づき声をかけた。


「東城」


 東城は肩をびくりと震わせる。まさか、俺と出会うなんてこと想像もしてなかったのだろう。

 東城は顔を浴衣の袖で拭う。それは後ろからでも丸わかりだった。


「な、なに?」


 そして東城は背中越しに気丈に振る舞いながら、震える声で返事を返した。


「……さ……っ」


 少し声を出して、詰まる。

 なんて声をかければいい?

 傷ついた東城に。泣いている東城に。これ以上ないくらいに打ちのめされてしまっている東城に。俺ができることは? かけられる言葉は?


「みてたの、ね……」

「……ああ」


 俺は短く答えた。

 そして沈黙が続く。


 東城は何かを察したのか、先ほどの出来事について語り始めた。


「失敗しちゃった……」


 その声はどこか虚しい。東城は暗い空を見上げる。


「せっかくアンタが協力してくれたのにね。台無しにしちゃったの、私」

「そ、それは──」


 お前のせいじゃない。

 そう言おうとして遮られる。


「私が悪いのっ!! 陽くんのこともお姉ちゃんのことも何も考えられてあげられなかったから。周りのことが何も見えてなかったから。本当だったら祝福してあげなくちゃいけないのにね。自分のことでいっぱいだったから二人がそんな風になってるなんて全然気がつかなかったわ。バカみたい……」


 東城は振り返り、空笑いをした。


「はー、もう最悪。まさかこんなにボロボロにされるなんて思わなかったわ。全く! アンタは私のために色々やってくれたのに、本当にごめんね! 初めっから付き合ってたんなら私の入る隙なんてなかったのにね〜。アンタには無駄なことさせちゃったわね。ごめんね」


 東城は笑う。笑っている。だけど悲痛に満ち溢れていた。

 無理をしているというのは一目瞭然だった。


 やめろ。笑うな。笑わないでくれ。

 そんな東城を見てられない。


「東城……」

「何よ? アンタも笑う? おかしいでしょ?」


 儚い東城の笑顔。


「……無理するな」

「……ッ!!」

「ごめん。俺のせいだ」

「な、んでアンタのせいなの、よ……」


 先ほどまで我慢していたものが溢れ出す。また声が震え始めた。東城は顔を見せたくないのか俯く。


「俺が、あんな提案しなければ。東城と恋人のフリしなければこんなに傷つくことはなかった。ごめん……」

「それは……ぅぅぅ、ぅぅっ……違う……違うわよ……」


 俺の胸にトンと東城の頭が寄りかかる。

 ポタポタとまた、アスファルトを濡らした。


「私が陽くんを好きなったのは間違いだったの?」

「東城……」

「全部無駄だった……せっかく協力してくれたのに。せっかく変われたって思ったのに……何も変われてなかった。こんなに苦しいなら。こんなに苦しい想いをするなら初めから……初めから好きにならなければよかった」


 子どものように泣きじゃくる東城を前に俺はゆっくり抱きしめ頭を撫でる。


「東城、そんなこと言うな」

「ぐすっ……。いらないわよ、そんな同情……。そんなのいらない!!」

「東城……」

「いらないから……ねぇ。一つだけお願い」


 東城は俺の腕から逃れ、泣き腫らしたその瞳で弱々しく俺を見つめる。


「……忘れさせてよ。嫌な想いも何もかも。忘れさせてよ、ねぇ……彼氏でしょっ!? それくらいしてよ……お願い……ぅぅ……」


 虚な目をする東城は何かに縋らないと今にも消えてしまいそうだと思った。

 東城の涙に濡れた目は真っ直ぐに俺の瞳を捉え、そしてゆっくりとそのまぶたを下ろした。


 それに対し、俺は────。



 ◆



「ふう、やっと巻けた……」



 こーちゃんがトイレから出てくるのを待っている間、私は次に何を食べようかなと思い、他の屋台を覗いていた。


 熱気がすごいから暑い……。

 かき氷食べたいかも。そんなことを思っていた時だ。


 私はチャラついた二人に声をかけられた。


「お姉さん、一人? どう? 一緒に遊びに行かない?」

「連れがいるので」

「こんなところで一人で待たせている彼氏なんて放っておきなよ! 俺たちの方が楽しいよ?」


 彼っ!? じゃない。


「結構です。放っておいてください」

「なあ、いいだろ?」

「ちょっ!? 離してください!」


 私は急に男たちに手を掴まれた。

 ちょっ!? こーちゃん、早く!! しかし、こーちゃんが並んでいるトイレからちょっと離れ過ぎてしまった。すぐ戻ろうと思っていたのに。


 だから私は、声をあげた。


「やめてください!! 誰か!!」

「てめっ!?」


 祭りに来ている一般客が一斉に私たちを注目する。そして次々になんだ、なんだと口にしていた。それに男たちが怯んだ隙に私は、掴まれていた手を振り払い、人混みの方へ入っていった。



 そして人混みに流されながら私は、男たちを巻くことに成功したのだった。

 しかし、


「あ、あれ? ここどこだろ? さっきのトイレは……?」


 私は元いた場所が分からなくなっていた。

 ど、ど、どうしよ? こーちゃん?


 するとちょうどそのタイミングでスマホが鳴った。私は巾着袋からスマホを取り出して、そこに表示されていたのがこーちゃんの名前であることを確認し、慌てて出た。


『もしもし、こーちゃん!?』

『あ、葉月! お前どこ行ったんだよ? こちとら探し回ってんだぞ』


 こーちゃんの声に一気に安心が押し寄せる。


『ご、ごめん……今どこにいるの?』

『今? あー……若水神社?』

『あ、若水神社ね!! 向かうよ!』

『え? いや俺が葉月のとこ行くけ──』


 ブツッ。プープー。


 こーちゃんが何か言いかけた時、電話が切れてしまった。

 私はもう一度、かけ直そうともするも……。


「え!? バッテリー切れ!? 何で!?」


 充電が切れていた。

 ど、どうしよう……。あ、でも若水神社って言ってたよね!!

 久しぶりなので自信はないが、多分大丈夫なはず。昔もこーちゃんとお祭りの帰りにそこに行っていた。それに分からなければ誰かに聞けばたどり着けるだろう。

 そこに向かえばきっとこーちゃんも待っててくれる。


 思い立った私は、すぐにそこから若水神社の方へと記憶を頼りにしながら歩き始めた。



「あった!」


 そうしてしばらく。どうにか自力で若水神社へと辿り着いた。

 周りをキョロキョロと見渡す。すると意外な人物がそこにいた。


「あれは、桜庭くん……? とあかりちゃん? あ、違う……」


 あかりちゃんだと思ったその人はあかりちゃんよりも大人っぽい雰囲気を持ち合わせており、落ち着いた印象を見せた。


 あかりちゃんのお姉さんとか? 何してるのだろう? 二人の間に広がる空気はどこかどんよりしているように感じた。


 私はこーちゃんを見ていないか聞くために、桜庭くんに話しかけた。


「桜庭くん」

「っ! 涼宮さん?」

「えっと、ごめんね。こーちゃん見なかった?」

「……ああ、あっち行ったよ」


 桜庭くんは私が入ってきた方とは反対方向を指差した。え? なんであっちに? あ、それより!


「ありがと! ごめんね、後、今何時?」

「え? あ、19時52分」


 桜庭くんはスマホを取り出して答えた。


「うそ!? やばっ! 急がなくちゃ!! 桜庭くん、ありがと!!」

「涼宮さんっ!?」


 私は桜庭くんとあかりちゃんのお姉さんらしく人に頭を下げ、その場を後にする。


 もうすぐ、花火が始まっちゃう!! こーちゃんと一緒に見ようと思ってたのに!!

 後ろから桜庭くんの慌てる声が聞こえた気がしたが、私は夢中でこーちゃんの元へと駆け出した。


 懐かしい。花火。

 昔の記憶が蘇る。自然と笑みが溢れていた。


「それにしてもなんで河川敷方面……? でも急がなくちゃ!」


 本当にこっちにいるのかな? 人気がなくなってきたけど……。

 慣れない下駄で走るのと足が痛い。歩き回ったせいで余計に。


「──あっ」


 その時。私の体は前のめりになり、どうにか転けそうになったところ踏ん張った。


「切れちゃった……」


 私が履いてきていた下駄の鼻緒が切れていた。


「もう、こーちゃんのバカ……」


 私は身動きが取れなくなり、今ここにいないこーちゃんに文句を言った。

 それでも私が動かない限りは、見つけてもらえないかもしれない。

 そう思い、あと少しだけ歩いてみることにした。


 もちろん、右の下駄の鼻緒は切れているので、そちら側は裸足だ。片方の下駄を持ち、歩く。


「最悪だ……こーちゃんと合流したら絶対おんぶさせてやるもん」


 とぼとぼと暗い河川敷を歩く。右足を庇いながらゆっくりと。


 そして数分歩いた時、人影が見えた。

 あ、きっとこーちゃんだ。


 まだ距離があるが、ここからだったら叫んだら聞こえるはず。こっちまで迎えにきてもらおう。


「おーい、こーちゃ────」


 ヒュルルルルル──ドンッ、ドンッ――


 私の背後から空に飛び上がる口笛じみた音と炸裂する短い音。それからあられが散らばるような音が続けて鳴った。

 すべての音を消し去り、そして空に打ち上がったそれは暗いこの空の下すべてを照らし出す。


 ドンッ、ドンッ――


 ドンッ、ドンッ――


 ドンッ、ドンッ――


 空に大輪の花が咲く。

 色とりどりの火の花が。

 音の爆発が心臓に伝わる。


 そして何よりも鮮明に二人のそれは私の瞳に映った。





 頬に、冷たい何かが伝った。


 そこでようやく。


 ああ──そうか。

 私はこーちゃんのこと────。

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