【雑学】四月二日の別名は?

RAY

【雑学】四月二日の別名は?


 四月一日はエイプリルフール。日本語で言えば、四月馬鹿。いわゆる嘘をついてもいい日。そのことは小さな子供でも知っている。もちろん他人に迷惑を掛ける嘘や悪意のある嘘はNGだが、大概のことは許される。いつからかネットでは嘘の情報フェイクニュースが流れるのが慣例となり、エイプリルフールはクリスマスやハロウィン同様、一つのエンタメ行事と化している。


 ただ、四月一日の知名度がこれほど高いのに対し、四月二日のことは意外と知られていない。実際、その呼称を知っている人はほとんどいない。俺的にはそっちの方が大きなインパクトがあると思うのだが。


 いい機会なので、俺・五實ごじつ だんが四月二日について話をする。ここでの話を口外するのはOKだが、くれぐれも俺の名前は出さないで欲しい。ある意味、恥ずかしい話でもあるので。


 あれは、俺が中三のときの四月一日だった。


 俺はいつものように幼馴染の神崎かんざき 乙葉おとはといつもの帰り道を歩いていた。

 乙葉とは幼稚園から家族ぐるみの付き合いをしており、部活も同じ陸上部。家が近いことから、部活の後、いっしょに帰るのが日課だった。


 川沿いの小道に植えられた、たくさんの桜は満開の状態で、陽の光に照らされた、ピンク色の花びらが舞い落ちる中、俺たちは並んで歩いていた。


「キレイ」


 乙葉の口からポツリと言葉が漏れた。

 まつ毛の長い、猫のような丸い目を潤ませながら視線は桜の花に向いている。

 耳が見えるくらいのショートカットに荒っぽい言葉遣い。普段は女らしさの欠片も感じられない乙葉だが、そのときの彼女は別人に見えた。俺の心臓の鼓動は早鐘を打つように鳴り響いていた。


 はっきり言うが、俺は乙葉のことがずっと好きだった。「どこが?」と聞かれると即答はできないが、たぶん俺の好き嫌いはあいつを基準に決まっている。例えば、髪の長い女はNG、目が小さい女はNG、足が遅い女はNG、声が小さい女はNGといった感じだ。


 ただ、俺の気持ちを乙葉に伝えたことはない。ビビリと言われるとそれまでだが、乙葉との良好な関係を壊したくないというのが正直なところだ。普段は思い付きで行動するイケイケの俺だが、こと乙葉のこととなると石橋を叩き過ぎて壊してしまうぐらい慎重になってしまう。


 そんな俺をとんでもない行動に駆り立てたのは、桜の花を眺める乙葉が可愛らしいを通り越して神々しく見えたことがきっかけだが、その日が四月一日だったことが大きく関わっている。突然あんな行動に出るなんて、自分で自分が信じられなかった。


「乙葉、今日はエイプリルフールだから、家に帰るまで本当のことは言わないようにしようぜ」


「えっ?」


 俺の言葉が唐突だったのか、乙葉は小首を傾げて口をポカンと開ける。


「悪い。ちょっと言葉足らずだった。相手の質問には嘘で返すんだ。例えば、『お前は女か?』と聞かれたら『男だ』と答えるイメージだ」


 間髪を容れず俺がフォローすると、乙葉は口元を緩ませてふふんと笑う。


「そういうことか。要は『四月馬鹿ごっこ』をしたいわけだな。暖は相変わらず子供だな。まっ、そんなところ、嫌いじゃないけどな」


 嫌いじゃない――その言葉を耳にした瞬間、鳴り響いていた心臓がもう一段ギアを上げた。

 乙葉の中で既に四月馬鹿ごっこが始まっていたのかどうかはわからない。もし始まっていたとしたらその言葉は俺にとって大きな意味を持つ。


 それから十五分、俺と乙葉は言葉を選びながら、四月馬鹿ごっこなるものに没頭した。

 最初はあまり乗り気ではなかった乙葉も、いつしか無邪気な子供のように俺に質問をしてはその答えに声を上げて笑った。互いの距離がグッと縮まった気がした。


 そんな中、百メートル先に乙葉の家が見えた。それは、四月馬鹿ごっこの終わりが近づいていることを意味する。俺は一つ深呼吸をすると乙葉に切り出した。


「俺はお前のこと大嫌いだ。お前はどうだ?」


 俺にとって一世一代の大勝負だった。

 乙葉の表情から笑みが消える。視線を逸らして何かを考えているように見えた。当然と言えば当然。俺も乙葉ももう子供ではない。それがどういう意味なのかがわからない年ではない。


「言わなくてもわかると思うけど、だから言わないといけないよね」


 乙葉が俺の方を向いて小さく笑う。前置きのような言葉がどこか俺を不安にさせる。


「たぶん同じ。私も暖のこと、大嫌いだよ」


 どこか照れたような乙葉の言葉に、俺は安堵と感動を覚えた。


「わかった。じゃあ、俺帰るわ」


 そう言うが早いか、俺は家に向かって走り出した。胸のあたりに言いようのない恥ずかしさが湧きあがってきたから。


「暖! また明日ね!」


 背中から聞こえた、乙葉の声に、俺は軽く手を振りながら満面の笑みを浮かべた。もちろんその顔は乙葉には見られていない。


 次の日、学校で会った乙葉はいつもと変わらなかった。俺はと言えば、気恥ずかしさから、しばらく乙葉と目を合わせられなかった。昔からあいつは肝が据わっていると思っていたが、俺の認識は間違っていなかった。


「今日はやらないの? 四月馬鹿ごっこ」


 帰り道で、不意に乙葉が話し掛けてきた。


「エイプリールフールは終わったからな。嘘を言ったら、嘘つきになっちまう」


「そっか。じゃあ、止める。嘘つきにはなりたくないから」


 俺の突き放すような言葉に、乙葉は半分納得していないような顔つきでうんうんと首を縦に振る。

 そのとき、俺の顔はだらしなくニヤニヤしていた。昨日乙葉が言った「大嫌い」の一言を思い出したから。


「暖、何笑ってるの? 私おかしなこと言った?」


「いや、そんなんじゃない。ちょっと思い出したことがあって」


「それって、もしかしたら、昨日別れ際に私が言ったこと?」


 心を見透かされたような一言に思わず息を呑んだ。

 普段はがさつで大雑把に見える乙葉だが、あれは仮の姿なのではないかと思った。


「あれから考えたの。暖はどうして四月馬鹿ごっこなんてやったんだろうって。もしかしたら、私に何かを伝えたいことがあったんじゃないかって。そうしたら、思い当たるところがあったの。だから、話題をごっこに振ったんだよ」


 乙葉の大きな瞳がじっと見つめている。瞬時に俺の心臓の鼓動が前日並みに跳ね上がる。ただ、前日と違っていたのは、その前提に安堵感があること。乙葉の気持ちが確認できた後だけに不安めいたものはない。


「たぶん暖は私のことを気遣ってあんなことを言ってくれたんだよね? 幼馴染だからっていつも言いたい放題で何かと言えば頼ってばかり。普通に考えれば『もう面倒見切れない!』って言いたくなるレベルだよね? 実際、私不安だったの。暖は優しいから顔には出さないけれど、心の中ではウザイと思ってるんじゃないかって。だから、私を安心させるために『大嫌い』って言ってくれたんだよね?」


 乙葉は一気に言葉を吐き出すと、川の方へ視線を目を向ける。桜のピンク色と夕日のオレンジ色に彩られた川面がキラキラと輝きを放っている。


 厳密に言えば、俺の気持ちは少しばかり違っていたが、遠からず近からずだったこともあって笑顔でうんうんと首を縦に振った。


「暖、ありがとね。私のこと『嫌いじゃない』って言ってくれてすごくうれしかった。幼馴染って友達でも恋人でもない特別な存在ですごく貴重だと思うの。だから、そんな関係をずっと大切にしたいと思うの。改めて言わせてもらうね。私も暖のこと『嫌いじゃないよ』」


 その瞬間、俺は思った――日本語というのは難しいと。特に対義語は要注意だと。


「お、俺も同じだ。乙葉のこと『嫌いじゃない』。一生こんな風に付き合っていきたいと思ってる。だから、今まで通りよろしくな」


 確かこんなリアクションを返したような気がする。その後、乙葉は笑顔で俺の背中をバンバンと叩きながら何か言っていた。ただ、よく憶えていない。


 こうして、四月二日は俺の中でトラウマとなった。

 だから、これほど的確なネーミングはないと思った。誰が命名したのかは知らないが的を射たものだと思った。


 ――四月大馬鹿しがつおおばか――


 今年もまた四月大馬鹿がやってくる。

 そのネーミングが広まっていない理由はよくわからない。ただ、一つ言えることがある。それは「男女の友情は成り立つ」ということ。


 俺と乙葉は相変わらず仲良くやっている。



 おしまい



 ※本日はエイプリルフールです・゜゚(>ω<。人)ゴメンチャィ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【雑学】四月二日の別名は? RAY @MIDNIGHT_RAY

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ