第4章

「分かった。飲むわ」

 俺の液体の話ではない。一限の休み時間、食堂に準と寿に来てもらい、話しをした。羅も用心と言って傍にいてくれている。

 すると、あっけなく準は俺の案を受け入れた。

「私も異論はない。が、タカムラ……いや、なんでもない」

 寿はスクッと立ちあがって醤油だれの冷やし中華を乗せたトレーを持って食堂を出て行った。ギリギリまで試作品を仕込んでいたのか。

 講和条約締結。一応だが、これからはデタントが訪れるのだろう。それにしてもよく承認してくれたものだ。

「当たり前でしょ。あなたのだから飲んだのよ。これ以上の疲弊と篁の案、天秤に乗せなくても絶対的に後者を選ぶわ」

「やっぱり術使ってってのはしんどいんですね」

「もちろんでしょ。それよりも」

「ん?」

「ゴマダレに合う具材がなかなか決まらなくて。そもそもゴマダレも何パターンもいいものができてしまってどれを選んだら……」

 そっちで疲れてたのか。

「でも、まああの死神もほっとしているでしょうね」

「寿が?」

「あなたの精液の力、多分だけど彼女にとってもまだ測りがたいものなのよ。冷戦に勝って、幅を利かせられるようになったとしても使えなければ意味がない。使いこなすには、それこそあなたの案通りにした方が安全に研究できて、彼女が望むようにできるのでしょうね。まあ、私に冷戦で勝つなんて万に一つもないでしょうけれど」

「そんなにあいつのこと分かってんなら、いちいち小競り合いしないでください」

「ウェイトトレーニングしたら、どれくらい速く走れるようになったか、試してみたくならない? それも自分と拮抗する選手と走ってみて」

「そりゃ、そうですけど……。準さん、寿のこと……」

「誰が彼女を認めてないなんて言った? 初めから彼女の実力は分かっている」

「分かったら、それこそ走り方、レースの仕方工夫すればいいでしょ。そいで走り終わったら、仲良くしてさ」

「当たり障りなく調子を合わせているだけがコミュニケーションでもなければ、人間関係でもない。互いにやりあうことでコミュニケーションとなる関係だってある」

「分からんでもないが、どっちにも傷ついてもらいたくないから。てか人間じゃないし」

「あなたの案がいつまで継続するかにもよるわね、それは」

 やはり意味が分からない。が、まあ良しとしよう。

 ところで、準と寿が飲んだ俺の調停案。それは次の通りだ。

「冷戦の即時停止を求める。さもなければ、俺の体液一切の採取許認可権を翳保健教諭に委任する」

 羅に委任しなかったのは、羅を二人の戦闘に関わらせないためである。

 仮に俺がどちらかに採取を許可しても、翳先生はダメと言うに決まっている。

 俺が採取を拒否しても、翳先生が許可を出したりはしないだろう。

 なぜならば、もし先生が許可するようなら、あの争いを止めたりはしなかっただろう。あの時点の翳先生の一喝で止めたということは、暁も曙も敵わない、あるいは少なくとも無傷ですむとは思っていなかったのだろう。

 準と寿が組んで対抗という選択肢があるならとっくにしていたはずだ。それをしないということは翳先生との対立軸を生むこと自体を避けたのだろう。

 吸血鬼が気分を改めて、俺の寝首をかく可能性・危険性がゼロではない。しかし、そこが覚悟であり、賭けだ。羅はその保険になってくれそうだし、仮に翳先生が俺を狙うようなことがあったら、俺が断固拒否の姿勢を見せれば、少なくともあの二人は黙ってはいないだろう。そのための委任なのだ。俺の意思を無視できる譲渡ではなく、俺の意思を表明できる機会をもたせるためなのだ。

 なんて考えは、

「てとこだろ、御主人」

 すっかり羅には筒抜けになっていた。ならば、すでに食堂から出た準も寿も、そして翳先生も当然見抜いているだろう。

 冷戦が集束したということは、またしても俺は準さんと寿から狙われる日々になるわけだ。が、状況が変わった。パワーアップした二人プラス羅が強大な力になったのだ。ということは、それ自体が抑止力になるのかもしれない。いやはや、本来的な意味で冷戦状態は維持されたわけである。

それは単なる俺の憶測であり、楽観視であり、希望的観測の域を出ることはないだろう。なんといっても彼女らには俺を置いて余りあるほどの意思があるからだ。だから、俺に狙いを定めながら、恐らくこいつらはまた何かにつけおっぱじめるのだろう。俺が仲介するのを知った上で。しかも、その理由はきっと実にとるに足らない。それでも戦いは止めなくちゃならない。

 かといって犠牲になろうとは思わない。致死量な採血は勘弁だ。痛そうだし、もっと生きたい。恋をしたり、アレをしたり、大人買いもしたい。精液も奪われるというのは実に恥ずかしすぎる。

 となれば、できることはあいつらを事前に止めるか、被害のエスカレーションを食い止めるかだ。その覚悟がなければ、今回を収めることはしなかった。それに一人ではない。羅は相変わらず用心棒だし、あの二人が攻撃をためらう実力者と判明した翳先生もいる。   

 あいつらが争いなく過ごすこと、準に言われるまでもなく、それはそれで気色悪いことだ。競い合うことで人は磨かれていく。傷つけあうために争うのはだめだ。互いに高みを目指す競い合いならどんどんすべきだ、なんてとこなのか?

 つくづく思う。争いなんてものはくだらない。勃発の原因なんてもんは蓋を開けてみれば、実に些末なものってオチがほとんどだろう。

 とはいえ、あいつらみたいなやり方なら、まんざら嫌なわけではない。暇な時間を持て余す、なんてことは皆無だろうからな。

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冷やし中華戦争を始めましょう、略しちゃマズい 金子ふみよ @fmy-knk_03_21

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