002 執事ヴァルター
森の開けたところにぽつんと建つ二階建ての三角屋根。それが私の家だ。こじんまりとしているが少し古風な印象で、威厳のようなものすら漂っている。
その屋根にはいま、白い雪が少し積もっていて、……雪かきが大変そうだなあなんて思う。こういうのもヴァルターの仕事だと思うんだけど、まあ師匠の言い付けだから仕方ない。
「どうした? ため息なんかついて」
「あ、ううん。なんでもない。ええと——」
私は後ろを振り返って、彼の名前を呼ぼうとして、気付いた。あれ、そういえばこの人の名前、まだ聞いてない。
それを察したのだろう。彼は苦笑して、
「ああ、そうか。まだ名乗ってなかったね。……ええと、そうだな、うん。じゃあセナだ。私のことはセナとでも呼んでくれ」
「……?」
なんだろう「じゃあ」って。まるでいま、なんて名乗るのかを決めたかのような……いや、それはもういいや。魔術師なら本名を名乗らないことだってザラだって聞くし。彼が魔術師かどうかは分からないけれど、何か、本名を名乗れない理由があるんだろう。
……さっき、私に【聖域】のことを話させたアレといい、この人が何かを隠していることは間違いない。
ここで突っかかったところで、そう易々と話してはくれまい。
「あの、セナさん。一つだけ、伺いたいことがあるのですけれど」
「なにかな」
「あなたはどこから来たんですか?」
「……どこから、か」
セナさんは考え込むような格好になって、ふうんと息を漏らした。
「少し説明が難しいね。……まあ、君が知らないところから来た、とだけ言っておこう」
「はあ……」
今度は、本当のことを言っているのだと思う。結局、何も答えていないのと同じではあるけれど、誠実に答えようとしてくれたのだという気はする。
「おや。フェリシア様。そちらの方は——?」
声のした方へと目をやれば、この家の執事ヴァルターが扉を開けてこちらを見ていた。……いや、いつ見ても目を閉じてるとしか思えない糸目の彼が本当にこちらを見てるのかは分からないけれど、ともあれ、こちらに顔を向け、首を傾げていた。
「ああ、うん。こちらは……私のお客様よ。転んで川に落ちてしまって、彼を助けた私ともどもずぶ濡れになってしまって」
「なるほど。それは大変です。では、すぐにお風呂の支度をしましょう。身体を拭くタオルと着替えもご用意致します」
「ありがとう。では、家の中で待たせてもらうから」
「ええ。先ほどから風が騒がしくなりました。外はお辛いでしょう」
ヴァルターは私たちを家の中に入れると、すぐさま小走りで駆けていった。
「タオルです」
「着替えです」
「お風呂のご用意ができました」
ヴァルターは仕事が速い。
あれよあれよという間に用意してくれた。
「それじゃあ、セナさんがお先にどうぞ」
「では、ありがたく」
セナさんがお風呂へ行くのを見送って、私はヴァルターの肩をたたく。
「ヴァルター、あなたは私の師匠が造った、高性能ゴーレムなのよね?」
「ええ。……なにか、特別なご用件が?」
「彼に注意を払ってほしいの。悪い人ではないと思うし、私たちに何かしようとしてるわけでもないと思うけど……確実に、何かあるから」
「承知しました。このヴァルター、全力を尽くしてフェリシア様のご期待に沿うと約束しましょう」
「お願い。……あと、私はお風呂に入らないから。もう時間ないし、このままローデリヒとの待ち合わせ場所に行くつもり」
言って、私は濡れた服を脱ぐ。下着姿になるともらったタオルで身体を拭いて、魔術で温風を起こす。
「穏やかな風、起これ。微睡む熱を纏いてこの身より悪しき寒冷、取り払え」
……今日は魔術をたくさん使ってるなあ。詠唱を丁寧に、直截な表現でやれば魔力消費を抑えられるとはいえ、さすがに疲れる。
「フェリシア様。申し付けていただければ私が暖めましたのに」
「ヴァルターが暖めるって……その、手の平に穴が開いてそこから温風を出すアレでしょ? なんていうか……ちょっとそれは」
ヴァルターが人間じゃないことは分かってる。だが、それでもなんだかヴァルターの手から出る温風に、生々しさみたいなものを感じてしまって、あまり好きじゃない。
「左様で」
頭を下げるヴァルターはしゅんとした様子だ。こういうところがあるから、私はヴァルターを人間みたいに感じてしまうのだろうなと思う。
「ですがフェリシア様。私の熱感知機能から判断するに、フェリシア様の起こした風には十分な熱が籠ってないようですが」
「うっ」
「直截な詠唱は魔術の効力を落とすと、ヴェリーゼ様も常々仰られていたでしょう」
「い、いいの! 私はこれで十分あったかいから! それより、ヴァルターはあの人の様子を見に行ったら?」
「何を仰います。この家の中は
「えっ…………トイレとかも?」
「なぜそこでトイレの話になるのですか?」
「あ、いや……いい。やっぱ聞かなかったことにする……」
悶々とした思いを抱えながら、私は着替えを終えた。髪に湿り気は残るし身体もちょっと寒いけれど、まあ仕方ない。あまりローデリヒを待たせすぎても問題だ。
「じゃあ、行ってくるから。そっちはあの人——セナさんのことをお願い」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」
紅き瞳のフェリシア 砂塔ろうか @musmusbi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。紅き瞳のフェリシアの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます