第92話 慟哭(前)


《番外編 仮り初めの夜(後)》


第97話の後に、番外編として公開致します。


本編最後の甘い夜。

いよいよ「禁忌を捨てる」カイルとセリーナの、逢瀬の行方にご期待ください。


(*アダルト要素が強いです)


 

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「……良く眠れましたか?」


アラミスが、爽やかな朝日を纏って微笑んでいる。光をはらんだ彼の赤い髪は柔らかなオレンジ色に見えた。

その表情から何となく、言葉に含みを持たせているのがわかる。


「ああ、昨日は世話になった。早朝から見送りに立たせてすまない」

「いざとなれば、わたしもお二人をかくまうくらいの覚悟はあります。またいつでもお越しください」


殿下の愛らしいデルフィナのために……そう言いながら、カイルの後ろに佇む彼の“妻“を見遣る。宮廷に居た頃よりもずっと『大人びて』見える彼女は、その表情を艶かに緩ませた。


二人が騎乗し、いよいよ発つと言う時に。

アラミスがふと思い出したように言葉をかけた。


「セリーナ、わたしがあなたに分け与えた『加護』は健在の筈だが……あれから何か、変化した事はありませんか?」


セリーナは、えっ?と目を丸くする。

アラミスから確かに与えられた筈の『愛情の神の加護』。健在だと言われても、あまり実感が無い。


「アラミス様……あれは、お守りのようなものだと……」

「実感が無くても、加護は生き続けます。まあ、そのうちわかりますよ」


またいつかのように『心の声』でも聞こえてくるのだろうか。


(あれは、恥ずかしすぎるのでっっ)


おもむろにカイルの顔を見上げれば、過去の事を思い出して赤面してしまう。


「……ン?」


二人で何を話しているのだと、カイルは怪訝な顔で首を傾げて見せた。

遠ざかる馬の背を見送りながら、アラミスは変わらず穏やかな表情を向けている。


「またいつの日か、笑顔で会いましょう」






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第92話 慟哭




皇后陛下の訃報がロレーヌの村に伝えられたのは、それからすぐのことだ。

聞けば……もうひと月も前に、身罷みまかっていたのだという。


皇后陛下を直に知らないロレーヌの人々も、喪明けを知らされるまで喪に服すことになる。ダルキア家の皆も黒い服に身を包み、皇后の冥福を祈ってその日から燭台に火を灯し祈りを捧げる——失意を伺い知れない、カイルを除いて。


「病に伏してらっしゃったなんて……。とてもお優しい方だったのに」


祈りを捧げ終わった母が肩を落として呟いた。家族は誰もそばにいない、カイルも外に出ている。


——お母さんは、やはり皇后陛下を知っている。


「お母さん、聞きたいことがあるの……とても、大切な事なの」


空白の七日間について、当時皇帝が幾ら問うても調べても、皇后をはじめロレーヌの者たち皆が固く口を閉ざした。


皇后の命を救っていながら、彼らがそうせざるをえなかったのは。

普通に考えれば奇異であるが、現皇帝ならば皇后を七日間も村に隠蔽していたと捉え、村の者たちが皆殺しに遭う恐れもあった。ともすれば、村全体で口を閉ざすことを取り決めていた可能性もある。


あれから時が経ち、今なら母も、当時のことを打ち明けてくれるかも知れない—— その時に皇太子と繋がってしまった、娘のセリーナにならなおさら。


「あの……誰かに口止めされていたりとか、そういう事があるかも知れないのだけど」


慎重に言葉を選びながら、二十年前の『真実』について母に問うてみる。

セリーナの苦心をよそに、母はあっけらかんとして答えた。


「ええ、覚えていますよ。大変だったわねぇ、こんな小さな村に大勢の兵隊さん達が押しかけて」


「その時……、私が生まれた日にも皇后様は……この家に滞在されていたの?」


「皇后陛下がこの家に?いったい何の事かしら」


セリーナが帰郷した時、皇太子が娘のつがいの相手だと、母は察していたではないか。

それとも空白の七日間について、実の娘にすら打ち明けてくれないのだろうか……?


「ええ、確かに陛下はロレーヌで過ごされていたわ。でも、皇后陛下を助けてお世話をしていたのはアジス。マリアのお爺さんよ?あなたも知っているでしょうけれど、もう何年も前に亡くなっているわ」


(ああ、なんという事……っ)


——皇后陛下を救って世話をしたのは、両親じゃなかった。


カイルは皇位を放り出してまでロレーヌに出向き、真実という名の『最後の望み』を得ようとしてくれていたのに……全てはセリーナを、皇妃に迎えるために。


(カイルに、伝えなきゃ)


カイルが語っていた『最後の望み』すらも、これで絶たれてしまった。

消沈しきったセリーナは家を出る。

カイルが今居る場所は、きっとすぐ近くだ。


——お母様のご崩御を、聞かされたばかりなのに。


カイルの気持ちを思えば、胸の奥が軋むように痛んだ。




⭐︎

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カイルは喪服を着ようとしなかった。

それは母親の死に対する特別な想いからそうしているのか、それとも受け入れ難い現実への抗いなのかは……誰にもわからない。


広大な草原を見下ろす丘の上に佇み、平服の彼は帝都の方角に身体を向けている。既に覚悟を固めたその表情に憂いは感じられない。母の遺骸が埋葬されたであろう遥か遠い場所を、じっと見据えているだけだ。


ザザッ、ザッ……


は突如カイルの背後に近づき、彼の背中めがけて刃を振り下ろした。


「!?」


ビュッという鈍い音に、咄嗟に引き抜いた腰元の剣を回して斜めに斬り上げる。途端に図太い巨大な剣が日の光に輝きながら宙を飛んだ。無駄のない動きに斬りつけた相手がフン……と鼻を鳴らせば、空から堕ちてきた剣が鈍い音を立てて大地に突き刺さった。

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