第89話 『縁』えにし



——カイルと公爵の間に流れる、この気まずい空気は何なのだろう?!



晩餐の席とは別部屋に案内されたカイルと、待機していたアラミスが顔を合わせれば、互いに押し黙り……両者で視線を戦わせているようにも見える。


「……先ずは」


先に口を開いたカイルが瞼を伏せて、アラミスに軽く頭を下げる。


「事情を知らされていなかったとは言え、宮廷でのわたしの失態について詫びようと思う。怪我をさせてしまった事、申し訳なかった」


——カイルの、失態?それに怪我って……。アラミス様がシャニュイ公爵様の代理で宮廷に来られていた時、二人の間に何かあったのかしら。


セリーナの事が原因でカイルがアラミスに激昂し、首に軽い火傷をさせた。セリーナはそれを知らない。


アラミスはカイルの様子を赤髪から覗くヘーゼルの瞳で一瞥すると、鼻をフンと鳴らし、


「なに、たいした怪我ではありませんよ。それより今日は何の用があって、こんなところまで?」


カイルのそばでキョトンとしているセリーナに目を遣る——アラミスも魅了された美貌に磨きがかかり、今夜は晩餐のために美しく着飾っている。目が合えば、驚いてうつむく様子が愛らしい。


「突然の訪問で申し訳ない。アラミス、折り入ってそなたに聞きたいことがあってな」


「使用人によればお二人は馬車も護衛も付けず、馬の背一つで門をくぐられたとか。あなた方のことだから駆け落ちでもしてきたかと、レイバルトと笑ったところです。ああいや、もちろん冗談だが」


「………」


カイルはアラミスの目を見据えたまま黙り、セリーナが僅かに慌てるのを見て——彼は真顔になった。


「まさか……本当に、駆け落ち?!」



⭐︎

⭐︎

⭐︎



食事の間はお互いに殆ど目を合わせる事もなく、配膳の合間もしんと静まりかえっている。給仕の際に時々食器同士が合わさるカチンという音だけが、静寂の中で妙に響いた。


和気藹々と会話しながら食事をするのかと思えば、上流階級の晩餐の席というのはこんな気苦しいものなのだと初めて知らされる。


(このお肉最高!とか、気軽に言えないのですね……?)


家族皆で食べる夕食は美味しいと、セリーナの家でカイルが言っていた事を思い出す。


(確かにこれでは……ちっとも楽しくないですね)


一通りの配膳が終わり、食後のティーセットが運ばれてきた事で、セリーナはようやく「ふうっ」と一息つく。きちんとした晩餐の席を経験したのは初めてで、何か粗相をしでかさないかと思えば、料理の味もろくにわからなかった。


「アラミス、素晴らしい食事だった。シェフは腕を振るったな!褒美の言葉を伝えたいくらいだ。お陰で酒が進んだ……」


見ればテーブルの上に置かれたワインのボトルが残り僅かになっている。しかもこれは二本目で、その前にも一本あけていたではないか!


(わ、我が家の粗末な食事ばかり食べさせていましたから……今日のお食事は、よぼど美味しく感じられたしょうっ)


「——それで、殿下の折り入った話とは。まさか皇帝陛下とお二人の仲裁のご相談ではあるまいな?!」


「ああ、誰かの仲裁で何とかなるものならば、既にそうしている。そなたは駆け落ちと言ったが、正しくはわたしが一人で行動した事だ。セリーナが責められるような事は何も無い。それよりも……」


目の前に置かれたティーカップに、琥珀色の液体が注がれる。


「アラミス。もしも何か知っていれば、どんな小さな事でもいい、教えてくれないか——ちょうど二十年前、皇后陛下が里帰りしたときの事を」


アラミスは長い指先で器用に小さなティーカップを持ち、中の液体をひと口啜る。


「……それは、そこに居るセリーナ・ダルキアにも関係がありますか?セリーナの“つがいの相手“があなただという事も、わたしは知っていますよ」


いきなり自分の名前がアラミスの口から飛び出して、セリーナはドキリと肩を震わせた。


「なぜそれを……」


「ロレーヌは永きにわたり我がグレンバーン家の管轄地です。管轄当主がロレーヌの伝承を知らない筈が無いでしょう。彼女の髪色と碧目ろくもく、そしてあなたとの関係性を見ていればわかります」


「ならば話が早い。単刀直入に聞く、皇后陛下が——母上が帰郷したあの後、一体何があった?母上が行方不明になっていた七日間、一体どこで何をしていたのか。アラミス、知らないか?」


「……」


「それはセリーナが生まれた頃と一致する。セリーナの両親と母上の関わりがあるとすればその時だ。母上を野獣から救い出し、七日間怪我の介抱と世話をしていたのは、ダルキア夫妻ではないのか?」


「殿下。残念ながら、それはわたしの知るところではありません。ただ、確かな事があるとすれば……既にお気付きの通り、セリーナが生まれた時に皇后陛下——叔母上が、その居た。だから当時七歳だったあなたと、その時生まれた女児セリーナは『つがい』として繋がれた」


「やはりそうか」


二人の男性の会話を、セリーナは呆気に取られながら聞いている。

事実めいた憶測の羅列には衝撃を受けた。どうやら彼らは皇后陛下と自分とのえにしについて、真剣に話しているようだけれど——。


(皇后陛下が行方不明に?!私の両親が、陛下を助けた??しかもお世話をしていた?!えっえっ、ちょっと待ってください、頭が混乱して……全然ついていけてませんっっ……!)


「ですが、単に近くに居ただけで繋がるとは思えません。ダルキア家の地元の縁者たちを凌ぐような、何かでもなければ」


——特別な、理由??





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る