第67話 え……?



——コン、コン、


使用人達はほぼ全てが、舞踏会のお役目か使用人達のパーティーに出払ってしまっているはずだ。


( 誰………? )



無意識に身体が硬くなる。返事をするのを躊躇っていると、


「お嬢様………扉を開けてくださいませんか」


それほど若くなさそうだけれど?知らない女性の声がする。それに、


(お嬢様って……、聞こえましたけど?)


誰かの部屋と、間違えているのかも知れない。


「はいっ、待ってください、今開けますから」


扉の前に居たのは、やはり見知らぬ女性、それも三人。彼女達はそれぞれ、何やら大きな荷物を抱えている。


「あの……お部屋を、間違えていらっしゃるのでは?」


セリーナの一言に、三人の女性達は顔を見合わせた。


「こちらはセリーナ・ダルキア様のお部屋ではありませんか?」

「セリーナは私ですけれど……お嬢様なんて、呼ばれるような者ではっ」

「ああ、良かった!では、ちょっと失礼いたしますね」


三人の中で一番迫力のある壮年の女性を筆頭に——否応なしに部屋に押し入ってくる。


「ちょっと、待ってください!そんな、勝手に……っ」

「きちんと許可を得ておりますよ。お嬢様がされても『構うな』と。さあ、時間がありません!あなた達、早く準備をっ」


(構うなって!?誰がそんな事を??)


三人の女性達は持って来た荷物を次々と広げていく。


(これって………)


ブラシ数本にピン、清楚でセンスの良い生花の髪飾り、シルクリボンにアンダーウエア、コルセット——そして彼女達が最後に箱から取り出したものは……。


「さあ、お嬢様もそんな所に突っ立っていないで。こちらにおいでくださいませ!お召し物も脱いでっ」


あまりの強引さに気持ちが引いてしまうが、この女性の逆らい難いに押され——彼女たちに身体を預けるしか他はない。


「ふぅっ……あとはお化粧と、この綺麗な御髪おぐしですね!」







三人の女性たちに介添えを受けながら、セリーナは何故だか?回廊を歩いている。


彼女たちに身体中をいじられながら考えを巡らせ、一つの結論に辿り着いた。こんな大それた事をするのは、もうしか考えられない。


(殿下っっっ———)


これが、『サプライズ』というものだろうが……こんなに豪華なドレスを身に纏い、使用人のパーティーに出たところで——、


(ダンスも踊れない私がっ。所在、ありませんから……)


カイルのはとても嬉しかったが、セリーナは心から戸惑ってしまう。きっとセリーナの事情を察して、豪華な衣装を用意してくれたのだろう……セリーナも、皆と一緒にパーティーに出られるように。


「お嬢様、会場はこちらです。わたくしたちは、ここで失礼いたしますから」


「ぁ……はい、準備にお介添えまでいただいて……ありがとうございます」


「とんでもございません!それにお介添えは当然です。お嬢様がお妃様になられた暁には——またわたくしどもを、どうぞご贔屓に!」


———お綺麗ですよ……本当に。


セリーナは首をかしげるが、三人の女性たちは満足げにうなづいて見せる。確かに、過去に見たこともないような綺麗なドレス……。化粧に至るまでもこんな素晴らしいものに仕上げるのだから、著名なデザイナーを抱えた老舗の店に違いない。


「さあさ、お早く……皇太子殿下がお待ちですよ」


見れば、目の前にそびえる両開きの扉はとても立派で——使用人たちのパーティー会場にしては、豪華すぎる。

扉の両側には侍従が控えていて……どう見ても、様子がおかしい。


(こ、ここは使用人のパーティー会場じゃなくて……)


——来賓の、舞踏会。


(で、殿下がっっ……待ってらっしゃるって……聞こえましたけど?!)


——この状況、どう受け入れれば良いのーっ。


それに、この侍従たち二人!!

セリーナも彼らの顔くらいは知っている。


扉の向こう側に皇太子が控えているならば、皇太子と侍女との関係性を疑うはずだ。そんな事になれば宮廷中にまた良からぬ噂が流れて……カイルの立場が、更に悪くなるのではないか!?


明らかに、侍従二人と目が合っている。

なのに彼らは訝る事もなく、穏やかで自然な表情のまま……深々と頭を下げたではないか。


(……私が顔見知りの侍女だって事、気付いていないの?)


セリーナは不思議がっているが、それには納得のいく理由がある。

淡いラベンダー色のシフォンのドレスは動くたびにふわりと空気を孕み、妖艶な夜会巻きにまとめた髪には香り立つ白百合の花が飾られ、か細い首筋の美しさを際立たせる。

大きく開いたデコルテが魅せる白い肌、コルセットで強調された胸の谷間には、華奢なネックレスが誘うように煌めいて……。


何より、プロのアーティストの手で化粧を施されたセリーナの顔立ちは可憐すぎた。

三名の介添人を引き連れたこの美貌の令嬢が、顔見知りの侍女だなんて……どうして彼らが疑うだろう?


目の前の扉が開かれる。その先にもう一枚、同じような扉があるが——奥の扉の前に佇み、純白の正装に身を包んだ立派な男性の後ろ姿が、ゆっくりと振り返った。


(あれが……正装の、カイル殿下?)


———ま……まぶしすぎます……っ


赤面が止まらず足がすくむのを、

「お嬢様、お早く!」


セリーナを見守る介添人たちに励まされ、一歩ずつ進んで行く。

こちらに強い視線を差し向ける、カイルのそばに。


「セリーナ、なのか……?」

「こ……皇太子様……?」




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