第67話 え……?
——コン、コン、
使用人達はほぼ全てが、舞踏会のお役目か使用人達のパーティーに出払ってしまっているはずだ。
( 誰………? )
無意識に身体が硬くなる。返事をするのを躊躇っていると、
「お嬢様………扉を開けてくださいませんか」
それほど若くなさそうだけれど?知らない女性の声がする。それに、
(お嬢様って……、聞こえましたけど?)
誰かの部屋と、間違えているのかも知れない。
「はいっ、待ってください、今開けますから」
扉の前に居たのは、やはり見知らぬ女性、それも三人。彼女達はそれぞれ、何やら大きな荷物を抱えている。
「あの……お部屋を、間違えていらっしゃるのでは?」
セリーナの一言に、三人の女性達は顔を見合わせた。
「こちらはセリーナ・ダルキア様のお部屋ではありませんか?」
「セリーナは私ですけれど……お嬢様なんて、呼ばれるような者ではっ」
「ああ、良かった!では、ちょっと失礼いたしますね」
三人の中で一番迫力のある壮年の女性を筆頭に——否応なしに部屋に押し入ってくる。
「ちょっと、待ってください!そんな、勝手に……っ」
「きちんと許可を得ておりますよ。お嬢様が
(構うなって!?誰がそんな事を??)
三人の女性達は持って来た荷物を次々と広げていく。
(これって………)
ブラシ数本にピン、清楚でセンスの良い生花の髪飾り、シルクリボンにアンダーウエア、コルセット——そして彼女達が最後に箱から取り出したものは……。
「さあ、お嬢様もそんな所に突っ立っていないで。こちらにおいでくださいませ!お召し物も脱いでっ」
あまりの強引さに気持ちが引いてしまうが、この女性の逆らい難い
「ふぅっ……あとはお化粧と、この綺麗な
*
三人の女性たちに介添えを受けながら、セリーナは何故だか?回廊を歩いている。
彼女たちに身体中をいじられながら考えを巡らせ、一つの結論に辿り着いた。こんな大それた事をするのは、もう
(殿下っっっ———)
これが、
(ダンスも踊れない私がっ。所在、ありませんから……)
カイルの
「お嬢様、会場はこちらです。わたくしたちは、ここで失礼いたしますから」
「ぁ……はい、準備にお介添えまでいただいて……ありがとうございます」
「とんでもございません!それにお介添えは当然です。お嬢様がお妃様になられた暁には——またわたくしどもを、どうぞご贔屓に!」
———お綺麗ですよ……本当に。
セリーナは首をかしげるが、三人の女性たちは満足げにうなづいて見せる。確かに、過去に見たこともないような綺麗なドレス……。化粧に至るまでもこんな素晴らしいものに仕上げるのだから、著名なデザイナーを抱えた老舗の店に違いない。
「さあさ、お早く……皇太子殿下がお待ちですよ」
見れば、目の前にそびえる両開きの扉はとても立派で——使用人たちのパーティー会場にしては、豪華すぎる。
扉の両側には侍従が控えていて……どう見ても、様子がおかしい。
(こ、ここは使用人のパーティー会場じゃなくて……)
——来賓の、舞踏会。
(で、殿下がっっ……待ってらっしゃるって……聞こえましたけど?!)
——この状況、どう受け入れれば良いのーっ。
それに、この侍従たち二人!!
セリーナも彼らの顔くらいは知っている。
扉の向こう側に皇太子が控えているならば、皇太子と侍女との関係性を疑うはずだ。そんな事になれば宮廷中にまた良からぬ噂が流れて……カイルの立場が、更に悪くなるのではないか!?
明らかに、侍従二人と目が合っている。
なのに彼らは訝る事もなく、穏やかで自然な表情のまま……深々と頭を下げたではないか。
(……私が顔見知りの侍女だって事、気付いていないの?)
セリーナは不思議がっているが、それには納得のいく理由がある。
淡いラベンダー色のシフォンのドレスは動くたびにふわりと空気を孕み、妖艶な夜会巻きにまとめた髪には香り立つ白百合の花が飾られ、か細い首筋の美しさを際立たせる。
大きく開いたデコルテが魅せる白い肌、コルセットで強調された胸の谷間には、華奢なネックレスが誘うように煌めいて……。
何より、プロのアーティストの手で化粧を施されたセリーナの顔立ちは可憐すぎた。
三名の介添人を引き連れたこの美貌の令嬢が、顔見知りの侍女だなんて……どうして彼らが疑うだろう?
目の前の扉が開かれる。その先にもう一枚、同じような扉があるが——奥の扉の前に佇み、純白の正装に身を包んだ立派な男性の後ろ姿が、ゆっくりと振り返った。
(あれが……正装の、カイル殿下?)
———ま……まぶしすぎます……っ
赤面が止まらず足がすくむのを、
「お嬢様、お早く!」
セリーナを見守る介添人たちに励まされ、一歩ずつ進んで行く。
こちらに強い視線を差し向ける、カイルのそばに。
「セリーナ、なのか……?」
「こ……皇太子様……?」
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