第60話 Eternity / 誓い
先導するエヴァに続き、神殿の奥へと進んでゆく。
建造物の廊下らしきところは天井が吹き抜けていてとても明るく、荘厳な柱という柱の間から光が斜めに差し込んでいる。
まさに絵に描いたような「神殿」そのものの姿だ。
カツカツカツ……
皆の足音だけが響く静寂の中を進み、螺旋状の階段を上ってゆく。
「足は辛くないか?」
セリーナの手を引いたカイルが時々振り返り、声をかけてくれる。
たとえキツくとも、その
そのうちに視界が開け、広く明るい一室へと導かれた。
「ではこれが、
「ああ、今年で最後になるな。長年世話になった」
——二人は、何を話しているのだろう?
(これが?今年が?最後……って、聞こえましたけど……)
「光に触れると危険ですから、妃殿下は後ろに下がっておいでください。後ほどお声をかけますから」
(ひ……妃殿下だなんてっ。なりすましなのに……)
遠慮と気恥ずかしさで、セリーナは何度も火照ってしまう。
広間の奥の祭壇にエヴァが手をかざせば、壇上にまばゆい光に包まれた
エヴァと並んで、カイルも同じようにその
(何をしてるのかしら……っ、これから、何が始まるの??)
二人の背中が邪魔をして、祭壇の上に何があるのかも、二人が何をしているのかもよく見えない。
「皇太子殿下。準備はよろしいでしょうか」
———ドッ!!!
突然、空気を轟かせる音が鼓膜を震わせた。
カイルの手のひらから放たれた稲妻のバチバチという音の余韻、そして青白い光が祭壇から放たれ続けているのがわかる。
「初めてここに来られた時には、ほんの小さな光だったものが。皇太子殿下の御力もご立派になられたものです」
(殿下が作り出す青い光……とてもきれい……)
セリーナがボーッと佇んでいると、
「では妃殿下、あなたが最後の
いつの間にか二人が振り返り、こちらを見つめている。
カイルに至っては——気恥ずかしそうに頬を染めているように見えるのは、セリーナの気のせいだろうか?
「あのう……仕上げって、私は、何を……?と言うか、お二人はさっきから何をしているのですか??」
セリーナの言葉を聞き、エヴァが訝しみながらカイルを見上げた。
「皇太子殿下。妃殿下に、何も伝えてらっしゃらないのですか?」
「あ、……ああ、まぁ、そうだ」
エヴァがカイルにこそっと耳打ちをする。
「
「……伝えていない」
しばしの沈黙。
エヴァはキョトンとしているセリーナと、気まずそうなカイルを交互に見やり、
「なるほど。さては、サプライズですね!」
セリーナは首を傾げる……
「さぷらいず?って、何ですか……えっ?」
⭐︎
エヴァに促され、おそるおそる祭壇の前に立つ。
檀上にあるものは、眩い光に包まれていてよく見えない——。
「妃殿下には、後ほど私から簡単にご説明いたします。皇太子殿下、よろしいでしょうか?」
カイルは頷くが、相変わらず気恥ずかしそうにしている。
「あの……。いったい、何を……!?」
「先ずは妃殿下のお手を拝借いたします。ご説明はそのあとです」
エヴァは少年の見た目らしからぬ、妙に大人びた話し方をする。
「で、でも……っ、」
カイルを見遣ると、大丈夫だ、と、うなづいて見せる。
「捕って食われるわけじゃない、心配するな……」
差し出されたエヴァの白い手のひらに、自分の手を重ねる。
エヴァの口元が動き、声には出さないが何らかの詠唱を唱えているのがわかる。
そのうちセリーナの手から、キラキラと輝く透明な光の球が現れて……エヴァはそれをそっと自分の手のひらの上に乗せ、再び詠唱を唱えながら祭壇の上の光にそれを
「妃殿下の『球』は……美しかった。皇太子殿下、良い妃殿下をお迎えですね。これで、私の役目は終了です」
「エヴァとの付き合いも、既に十七年か」
「お父上の時は実に三十一年、リングは
(あのーっ?!もしもし、お二人さん……。私、この状況が何なのか、さっぱりわからないのですがっ……)
二人の会話が続くなか、セリーナは所在がない。
「サプライズですから、この際、皇太子殿下に全てをお任せ致しましょう。事情の説明も貴方様から妃殿下に……」
神殿の最上階にあるこの空間は祭壇を有し、何らかの特別な儀式が行われるためにあるものだ。
文字通り『神殿』であり、神が棲む場所——目に見えない神との面会や、誓いを立てる場所でもある。精製師でもあるが……エヴァという神官も目の前にいる。
カイルは祭壇の光の中に手を伸ばす。
取り出されたのは、一列に配された十七粒のダイアがそれぞれに青白い煌めきを放つ、恐ろしいまでに美しい指輪——その輝きを見つめていると、煌めきの中に吸い込まれてしまいそうなほどに。
「セリーナ」
不意に名を呼ばれ、ドキリとする……
胸を叩く鼓動がどんどん早まってゆく。
「このダイヤの一粒一粒が、俺の『誓い』で精製されている」
祭壇の中央に立ち、カイルはセリーナの左手を取った。
微かに震える薬指に、光をまとう丸いリングをはめる。カイルも表現をこわばらせて、緊張しているのがわかる。
不思議なことに、
「帝国の皇太子が往年の伝統として妻に贈る、『誓い』のリングだ」
( ぇ、——………)
神官エヴァの見守りのなか、カイルはセリーナの手を取ったまま、滑らかな所作で
「ここに新たな誓いを立てる。俺がひざまずくのは、皇帝と君にだけだ」
「皇太子様……?!私のような者に、そんなっ……。お顔を上げてください……!」
「俺は今日より生涯、君だけのものになる。だから君も——」
カイルは瞳を伏せて、青白い光を放つ指輪にくちづけた。
「俺だけのものになって欲しい」
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