第61話 いつか……
「俺は今日より生涯、君だけのものになる。だから君も——」
カイルは瞳を伏せて、青白い光を放つ指輪にくちづけた。
「俺だけのものになって欲しい」
———生涯、って。
皇太子妃候補がいるというのに、カイルは一体、どういう心づもりだろう?!
「わ………私、」
握られた手に輝くリングには、カイルが積み重ねてきた十七年という月日の重みもある。
(無理です、こんな
セリーナの瞳を見上げるカイルと、その傍らに佇むエヴァが返答を待っている。
いつもは確たる自信と覇気に満ちたカイルの青い瞳は心許なく揺れていて、彼が不安を抱えているのがわかる。
(でも……)
この状況で指輪を突き返し、申し出を断ってしまったら——神官の前で、皇太子に恥をかかせる事にならないか。
それだけではない。
カイルの『誓い』は幼少の頃から積み重ねてきたかけがえの無いものだ。
将来
その期待を
——いづれにせよセリーナは、贖罪の枷によってカイル以外の男性と結ばれる事など、有りはしないのだ。
背筋に走る僅かな悪寒を押し殺し、呼吸を整える。
自身がこれから発する言葉は、きっとカイルにとって重みのあるもののはずだ。
「はい……。私はあなた以外の、誰のものでもありません。この命が続く限りずっと……私の全ては、あなただけのものです」
——たとえこの先、離ればなれになっても。
眉間の緊張を緩ませたカイルの表情に、心からの安堵の色が見える。
ああ———。
なんと儚く、倖せな夢だろう。
そして夢はいつかきっと、醒める時が来る……。
*
*
*
「永遠の神に仕えるエヴァはああ見えて、数百年は生きている」
「ぇ……!どうりで落ち着いておられると思いました……」
「彼の精製力は既に、神の領域だ」
両手のひらを、澄み渡る青空にかざしてみる。
セリーナの両手には、二つのリングが神々しく輝きを放っていた。
右手の薬指にあるものを、セリーナは愛おしげに触れてみせる。カイルの部屋でメモの上に置かれていたのは、一粒のダイヤがセッティングされた繊細な造りの指輪だった。
「……これだけでも、十分幸せなのに」
「それは……大したものじゃない、ただの帝都みやげだから」
セリーナの穏やかな横顔を見て、カイルは頬を緩ませる。自分が選んだものを、相手が気に入って身につけてくれている。
それは勿論、とても嬉しいのだけれど——…
(——かなり照れるッ)
「左手に与えてくださった
(殿下は私が憧れ続けていたものを、二つも与えてくださったのですから……)
神殿からほど近い湖畔のほとりで、緊張から解かれた二人は草の上に座っていた。カイルの後ろで、彼の愛馬がのんびりと草を食んでいる。
「オルデンシア家の一族は一夫多妻と妾の存在を認めていない。強靭な
——愛する人は、生涯ただひとりだけ。
「先祖の遺志が純粋に引き継がれ、男児は十歳を迎えたら『誓い』を立て始める……指輪に刻まれた光は、その誓いの証だ」
それはとても重い誓いだ。一人の人間の意思を、がんじがらめに縛る恐ろしさを含むものだ。
(そんな大切な誓いの証を、私のような者がいただいてしまって……。本当に良かったのかしら……)
セリーナに「誓いの象徴」を渡したということは——選ばれた妃との愛のない結婚を、生涯貫くという事だ。
カイルが妃と幸せになる権利を、自分が指輪を受け取ったことで奪ってしまったのではないか……。
手元に輝くものの
見上げた青空はどこまでも蒼く澄んでいて、爽やかに吹く風がふたりの髪を揺らしている。
「皇太子が、『禁忌』を犯さないための誓いでもあるが」
「あのっ……。もしも『誓い』を破ってしまったら……皇太子様はどうなるのですか?神様からの罰を、受けてしまうのでしょうか……」
「えっ?」
神の罰——もしも誓いを破り、禁忌を犯してしまったら。そんな事を真剣に考えたことなど無かった。
綺麗な丸い目をセリーナが向けてくる。
その瞳は純粋な光を潤ませて、不安げに揺れていて。デルフィナがいながら、皇太子が自分に
カイルは思わず、その愛おしいものを抱き寄せた。
目に映るこの大切な存在に溺れ、もしもそうなってしまったならば——…
「どんな神の罰も甘んじて受ける。そしてデルフィナを排し、お前を妻に迎えるまでだ」
(いや……違う、そうじゃない。誓いを破ったからだとか、禁忌を犯したからではなくて……)
セリーナを抱く腕に、自然と力がこもってしまう。
(先ずは、皇帝とデルフィナとの事に決着を付ける必要がある。これが俺の
——ままならない人生だけれど。
いつか、誰の目も気にすることなく、日の光の下を堂々と、ふたりで一緒に歩けたら——。
「そろそろ戻ろうか」
あたたかな胸の中で小さくうなづき、セリーナは目を閉じる。
幸せの余韻を残しながら、
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