第22話 つがい
「具合はどうじゃ?」
宮廷医ガンダルフは、彼の執務室の肘掛け椅子にゆったりと座り、お気に入りのマグカップで美味しそうにお茶をすする。
医衣ではなく普段着なので、茶の間でくつろぐただの老人さながらだ。
(この方が、
ちょっと拍子抜けしてしまいそうだが、間違いないらしい。
これで急患となれば移動能力を使ってひらりとやって来るのだから、
宮廷に身を置く数十名の医師の中でも、この皇宮——皇族の家族達が住まう——に居住する彼の経験と医術は群を抜いている。
「あの……有難うございます。私のような者のために、特別な呪詛除けまで作っていただいて」
「効いておるか?」
「はい!お陰様で、呼吸がずいぶん楽です」
ガンダルフに呼ばれ、セリーナは彼の執務室を訪れている。
心の底に澱のように積もった、陰鬱な想いを抱えながら。
昨日は必要以上に取り乱し、カイルに酷い事を言ってしまった。
畏れ多くも帝国の皇太子に向かって「会いたくない」などと言い放ったばかりか、暴言とも取れる発言をした挙句、ろくに挨拶もせずに逃げ帰ってしまったのだから……。
(もしも傷付けてしまっていたらどうしようっ。それとも、また怒らせてしまったかしら……)
「どうした?顔色がすぐれんが」
「ぁ……いえ、平気、です」
宮廷医の部屋だというので、もっと白っぽくてすっきりしているのかと思っていたのだが、逆に所狭しと並ぶ使いこなれた家具が、どこかホッとするような、和やかな雰囲気を醸し出している。
「まあ、そこに座りなさい。長い話になる……紅茶でいいかな?」
セリーナを自分の向かい側に座らせ、湯気を立てるマグカップを彼女の前にコトンと置くと。
よいこらしょ!と自分も席に着いた。
「さて、と。何から話そうか……」
卓上には大きくて重そうな本が三冊、置いてある。
その中の一番上のものをゴトッと開くと、眼鏡型のルーペを覗きながら、紙面に指を滑らせる——。
「そなたは、セリーナと言ったね。わたしはガンダルフ。知っての通り、老いた皇宮の医師じゃ」
「はい、存じております」
「では、なぜそなたの身体が変異したのかは、もう知っているのかな?」
いきなり本質に迫る質問をされ、驚いて顔を上げた。
「そなたについて、わたしも知りたくなってな。ちょっと調べてみたのだ……まあ、単なる老人の興味本位だ」
「はい……有難うございます、私も知りたいです……一体いつから呪詛がかけられていたのか、とても気になっていて」
「では、そなたは自分が
「碧目種族?」
「ここを読んでみなさい」
ガンダルフは先ほど開いたページの一部分を指し示した。
言われたままに読み進めるセリーナの表情が、みるみる青ざめてゆく……。
「これ、っ……」
「ご両親から何も聞かされていなかったのなら、ショックを受けるかもしれんな。だが、そなた自身の事だ。全てを知っておく必要があろう」
【ロレーヌ地方史・第二十三章・地方にまつわる逸話と伝承】
そこに記された文言を読み進めながら、セリーナは両手で口元を抑え——大きく息を吸い込んだ。
「要するに、だ。そなたはその碧目一族であって、女児。ここに記されている『新たな贖罪』というものについて、わたしなりの解釈をまとめてみたのだが……」
ガサゴソと机の引き出しを開け、彼は手書きのメモを取り出した。
(其の一)
一族の女児は、産まれ
(其の二)
一族の女児は本来の姿を取り戻し、ラオスより与えられた『能力』によりその相手をつがいたらしめる事ができる。
(……つがい、たらしめる、事ができる?)
文言の意味が汲み取れず、首を傾げてしまう。
(つがい……って、鳥とかで言う、あの「つがい」の事?)
頭の中に、睦まじく寄り添う二羽の鳥類の姿が浮かんだ。
「言わば、そなたの一族が背負った『贖罪』という呪詛が、そなたにもかかっていたという事じゃよ。地方史に書かれているのはここまでじゃ。次はっと!」
地方史を閉じ、ガンダルフがその下の書物を取り出そうとした時。
「ちょっと待ってくださいっ!さっきの、『
「うむ?」
ガンダルフがおもむろにルーペを外し、セリーナを見遣る。
「『スキ』なのじゃろう?皇太子殿下のことを」
「……へ?」
ガンダルフは、やれやれ、といった風に首を左右に振ってみせる。
「そ、そんな事……っ」
「自分の恋心にも気付いておらぬのか?呪詛が解けて身体が戻ったと言うのは、そなたの場合、そういう事だ」
一気に身体中の血液が沸騰する。
「しては、皇太子殿下がそなたの
「………………ぇ、」
えええ————っ
(そっ、そんな大変な事を、さらっと言わないでください……)
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