第23話 キス



「嘘、でしょう……?!そんな事って……っ」


全力で否定してみたものの。

ほんとうはわかっている、この気持ちは、恋だって——。


ただ認めたくなくて、恋だと囁く声に耳をふさいだ。

皇太子への想いなど叶うはずがなく、密やかに慕うことさえも、自己肯定感が皆無のセリーナには烏滸おこがましく、罪深くさえも感じた。


だから気付かないふりをして、このまま封印してしまいたかった。



「……セリーナ、戻ったか?」


ガンダルフの言葉に、はっと我にかえる。

しばらく呆けていたようだ。


「す……すみませんでした。続けて、ください」


あれほど紅潮させていた頬は色を失い、次第に青ざめて、やり場を失った視線をうつろに泳がせる。

ガンダルフはそんなセリーナを、片目に掲げたルーペ越しにじっと見遣り、それからゆっくりと諭すように続けた。


「そなたにとってのつがいは決定づけられた。だがそれはあくまでも、の都合。つがいの相手が誰を選ぶのかは、相手の都合次第と言うわけだ。贖罪なだけに、そこはシビアじゃな……」



——運命のつがいと、必ずしも結ばれる訳ではない。



「『つがいらたしめる』という文言も、よくわからなくて」

「うむ。ラオスから恩赦として与えられた『能力』が、つがいと結ばれる手助けをする、と言ったらわかりやすいかな?具体的な効力までは、記されておらんがの」


はあっ……。


堪えていても、ため息が漏れてしまう。

こんなに頭を使ったのは、どれほどぶりだろう。


「では、もしも……その相手と結ばれなければ、どうなるのですか?」


そうなる可能性が高い、と言うか、そうなるに決まっている。



(ガンダルフ様の答えが怖い。結ばれなければ『死』あるのみ!なんて言われたら……っ?!)



ガンダルフは、静かに言葉を放つ。


「生涯、誰とも結ばれる事なく、その生を終えるだけだ」



 ……。



ああ、良かった。

そもそも、私は誰とも結ばれずに生きる事を覚悟していた。


別に、構わない。


これまでと、何も変わらない……。




「ちょと頭を冷やそうか。ほれ、こっちの本は医学書じゃが……」


おっと失礼!

皺はあるが、がっしりとした男性らしい手で、これもまた大きくて重そうな本をセリーナの目の前にばたんと広げる。


「そなたの身体の不調を治すことが、そもそも医師としてのわたしの仕事だ。呼吸困難の治療法じゃが、そなたの場合——その唯一の薬となるものは、つがいの相手との。皇太子殿下とキスをすれば治る!」


ガンダルフは大きくうなづきながら、にこやかな笑顔を投げかける。




「………へ?………」


(頭、冷えるわけが、ないでしょう)

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