第二章

第20話 真実


【ロレーヌ地方史・第二十三章・地方にまつわる逸話と伝承】


『その昔、天上神ゼロに仕えた碧目ろくもく種族は地上界に名を馳せる美貌持ちであったが、種族の女長ヴァンデールが神の子息ラオスと恋に堕ちた事で天上神の逆鱗に触れ、一族はその容姿を奪われた。』



「……ふむ」


口元に隆々と白髭を蓄えた宮廷医ガンダルフ・デル・クリストフは、書斎の机の半分を満たすほどの、大きな本を開いている。

真鍮のマグカップに口髭を付け、一口飲むとコトンと机に戻す。


今日、珍しい症状を持つ侍女を診察した。


身体に異常が無いのに不調を訴える。

それだけならよくある症例だが、問題は彼女の容貌の変化だ。


『かけられていた呪詛が解かれた』という判断は、おおむねね正しい。

しかし不調は治らず、呪詛除けも効力を持たない。



——ふと目に留まった彼女の双眸そうぼうは、碧色だった。



碧色の目は怪異とされ、それほどに珍しく、ガンダルフの七十余年の人生でも実際にそれを見たのは初めてだ。


しかし、とても美しい——。

ガンダルフは惹き込まれたのだ……彼女の、碧色の目の深い輝きに。


勿論、医者として患者の不調を治す目的が第一。

同時に彼の興味もあって、こうして重い本を書庫室から取り寄せたのだ。


彼の頭中に収められた膨大な知識の中に、碧目ろくもく種族があった。

ロレーヌの地方のどこかに、彼らの末裔が存在する事も。



『ヴァンデールとその種族を哀れに思ったラオスは、種族を元の美貌に戻す事を条件に、彼らに新たなる贖罪を与え賜うた。それは代々続く種族にとって大変に重く、惨たるものであった————。』



碧目ろくもく種族……やはり、そうか」


席を立ち、書斎の壁一面に並んだ本の中から一冊を取り出し、机上に開く。

今度は医学書のたぐいである。

目次を確かめてページを開くと、丸い眼鏡型のルーペを使いながら、読み進めてゆく。


「わたしの見立てに間違いは無い。だがしかし……あの娘の症状を取り去る方法、これは、いやはや、厄介だぞ……?」

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