青春のリアル

@waispi-520010

翼があるならば飛びたい

ある人にこの本を捧げます。


第一話 出会い

プロローグ

風がまだ冷たく、寒さが残る二月下旬のこと。なんとなく過ぎ去っていた中学校生活も残り約一年になった。

しかし、始業式が迎える二ヶ月前、

中華人民共和国湖北省武漢市(中国武漢)で

コウモリの個体からウイルスが発見された。

そのウイルスは人に感染し、未知のウイルスはどんどん人々に感染した。

発生したウイルスは、中国だけでは止まらず、世界へと蔓延し始めてしまった。

後に「新型コロナウイルス」と呼ばれ、日本もその影響を受けた。日本は感染者数を抑えるため、三月十三日「緊急事態宣言」を出した。学校の一斉休校はもちろん、人々は突然外出を制限された。

そんな中、私は学校に行けないことを残念がることはなかった。別に学校が嫌いなわけではないが、面倒だった。

最初の方は、自分なりに楽しんでいたが、日を追うごとにその楽しみは薄れ、暇な日が多くなってしまった。外にも行かず、会話もできない日が続いた。

はぁ、学校早く始まらないかな。


 五月初め、待ちわびた登校日が来た。

正門近くで先生たちが立っていた。

「おはよう。はい、クラス替えの紙。自分の名前を探して体育館にクラスごとに出席番号順で座ってて。進級おめでとう。」

私は自分の名前を見つけた後、友達の美月と真奈の名前を探した。

あ、二人とも同じクラスだ。

それに気づいたと同時に肩を叩かれた。

「ん?」

振り向いたと同時に頰を指された。

「あ、引っかかったー!」

明るいトーンで真奈が言った。

「そんなに楽しいー?」

「まぁねー。あ、そうだ。クラス一緒だった

 よね!一組!」

「あ、そうだね!良かったー。2年別れたか

 らさー。」

「何話してんの?」

「あ、美月!紙見た?」

「あー、クラス替えの紙?」

「そうそう!」

「なんの紙か言ってよー。いつも主語ないっ

 て言ってるじゃん。」

「そう言ったら真奈だってそうじゃん」

「いやー、冬香だってそうだよ。黙ってれば

 可愛いのにー。」

「それはどうもすいやせん。」

三人で笑いながら、体育館に向かった。

「あ、ねぇねぇ、副担の新人先生のこの先生

 ってなんて言うんだろう?」

私は美月に聞いた。

「あまみや?あめみや?どっちだろうね?

 まぁ、自己紹介の時に言うよ。」

「そうだね。その時に聞こー。」

先生たちが体育館に入ってきた。

それを見て立っていた生徒たちも足早に自分の場所へ移動した。

先生たちはマイクや地声で新型コロナウイルスの感染予防で、前の人と間を空けるよう指摘した。

「えー。気をつけ。これから令和三年度始業

 式を開会します。一同礼。

 …校長先生からのお話です。」

顔馴染みの校長先生が壇上に上がった。

演台の前で一礼をし、懐から紙を出した。

「まず、進級おめでとう。新型コロナウイルス

 の影響で休校期間があり、皆さんにも不安

 を抱かせたと思います。先生方も異例の事態

 であるため、対応に困ることもありますが、

 先生方も頑張るので、よろしくお願いしま

 す。」

校長先生の話が手短に終わり、司会の齊藤先生がマイクで再び話した。

「えー。次に新しく入ってきた先生を紹介し

 ます。名前を呼ばれた先生は壇上に上がって

 ください。

 …田宮先生。

「はい。」

「原先生。」

「はい。」

「雨宮先生。」

「はい。」

三人が呼ばれ、壇上でそれぞれ返事をした。

「初めまして。田宮総一です。担当は数学で、

 応用問題を中心に教えます。よろしくお願い

 します。」

「ありがとうございます。では、原先生お願い

 します。」

「同じく、初めまして。原雄大です。担当は英

 語です。よろしくお願いします。」

「ありがとうございます。では、雨宮先生お願

 いします。」

「皆さん、初めまして。雨宮悠二です。島根大

 学卒で担当は理科です。よろしくお願いしま

 す。」

「はい、三人方ありがとうございました。」

それから始業式は淡々と終わり、三組から教室へと向かった。

「あめみやだったねー。」

美月が駆け寄って言った。

「そうだね。…あ、そうだ。携帯買ってもら

 ったんだー。」

「あ、そうなの!でも、交換どうする?」

「何?どうしたの?」

真奈も私たちを見つけて、階段を一緒に上りながら言った。

「ん?冬香が携帯買ってもらったって言う

 話!」

「あ!買ってもらったんだー。じゃあさ、今

 日塾行く?塾行くならそこでアドレス交換

 しようよー。」

「うん!」

「そうだね。真奈は私のアドレス知ってるか

 ら、そこで登録してくれる?」

「分かった。そうする!」

「お願いねー。」

「ほらー、席つけー。これから朝の会始める

 ぞー。」

担任の松嶋先生が入ってきたのと同時にガタガタと音を立てながらクラスメイトが席についた。

松嶋先生の後に雨宮先生が入ってきた。

「えー。みんなも知っている通り、雨宮先生

 は、一組の副担任です。雨宮先生、一言お願

 いします。」

「はい、ご紹介にもあった通り、副担任の雨

 宮です。教師一年目として、頑張っていくの

 でよろしくお願いします。」

ささやかな拍手で、朝の会は終わった。

「今年も松嶋かー。」

「呼び捨てー。」

私の話に反応したのは真奈だった。

「だって二年連続だよ。どう言うことだ

 よ。」

「まぁまぁ、今年で終わるしー。」

そう返答したのは美月だった。

「思わん?なんで二年連続なん?絶対数学嫌

 いになったの松島のせいだよ。」

「呼び捨てはだめだなー。一応担任だろ?」

そう言ったのは、意外にも雨宮先生だった。

「そうですねー。松嶋先生。ほら、先生つけ

 ましたよ。」

「嫌いなの?松嶋先生。僕は意外と好きだ

 よ。」

「え…。」

私が引いたような顔をすると

「先生的にだよー。」

と笑いながら、教室を出た。

「ねぇ、雨宮先生って何?なんで話しかけて

 くるの?意味分からないんだけど」

「冬香、急に愚痴るのやめてくれないー。だ

 って、今さっきめちゃ楽しいそうに話して

 たじゃーん。」

と真奈が言った。

「社交辞令だよ、社交辞令!」

「辛辣ー。もう嫌われてるじゃん。」

と三人で笑いながら話した。

すると、何人かが教室から移動するのに気づいた。後ろの時間割が書いてある黒板を見ると、一時間目がちょうどさっき話した雨宮先生の理科だった。

まじかよ…。

「ねぇ、次雨宮の理科だよ。移動だって。」

「雨宮先生も呼び捨てじゃん。」

と美月が言った。

それに真奈が

「また言われるよー。」

と返答した。

「もう良いよ。別にー。ほら準備、準備。」

「はいはい。」

二人はそそくさと私の周りから離れ、準備をし始めた。

「あ!」

真奈が言った。

「どしたん?」

「ノート忘れたー!」

「やばいじゃん。雨宮言わなきゃねー」

「うー。始業式初っ端から忘れ物とか…。

 つらー。」

「ファイトー。」

「あ、冬香それ棒読みー!」

「だって、あんま思ってないもん。」

「まぁ良いや、なんか許してくれそー。」

「それな。」

「二人とも行くよ。真奈は雨宮先生にノート

 忘れたって言うんでしょ。」

「準備してって言ったの私なのに、なんか先

 越されてる感出さないでよー。」

「ごめん、ごめん。」

真奈が少しシュンとしてるのを少し慰めながら、理科室へと渡し廊下を足早に歩いた。


第2話 変な人

ガラガラと理科室の引き戸を開けると、

「教室の机と同じ順番で座ってくださー 

 い。」

雨宮がみんなに声をかけていた。

『ほら真奈。』

小声で真奈に言った。

「うん。…雨宮先生。」

「うん?どした?」

「今日ノート忘れちゃったんですけど」

「あぁ、大丈夫。今日は動画を見るだけだか

 ら。でも、次回からは使うからちゃんと持

 ってきてくれないと、授業困るよ。」

「はい。次回は持ってきます。」

「じゃあ、みんな席ついてー。授業始めるよ

 ー。じゃあ、号令係。」

「気をつけ。礼。

 …お願いします。」

「じゃあ、これから僕の授業の仕方を話すの

 で、プリントを配ります。」

前から回された紙を見たとき、私は不思議に思った。

「見ての通り、最近ノーベル賞を取った人が

 載っていますが、

 僕が注目してほしいことはその写真の隣に

 文なんだよ。

 <隠れた理科が見えるようになる>こと。

 だから僕はこのノーベル受賞者を載せまし

 た。

 バナナの皮はなぜ滑るのか。逆にこれを疑

 問に思ったことがある?

 このことから身の回りは理科で溢れてい 

 て、知っているようで知らないことがたく

 さんあるから、少しでも理科を楽しいと思

 ってほしいです!

 あと、僕の授業は基本的にノートを取りま

 せん。まぁ、ノートというよりプリントで

 進めるので、そのプリントを挟むファイル

 は授業時は忘れないように。提出があるの

 で、プリントは失くさずにその都度挟んで

 おいてください。

 評価はプリントにある通り、定期試験、

 授業態度、実験・発表プレゼン・レポート

 課題、そして提出物状況の四点で見ます。」

え…。レポートって何?っていうか理科でプレゼンすることなんてある?

みんなも私と同じような疑問を持ったようで、ざわざわし始めた。

「質問ある人!」

岸田颯が手を挙げた。

「えーっと、ごめんね。まだ名前みんなの覚

 えてないんだ。えっと、颯!」

え?まさかの名前呼び?

雨宮の名前呼びに岸田もいささか疑問を抱いた様子のまま質問した。

「このプリントには、レポートって書いてあるんですけど、どういうのやるんですか?」

クラスの大多数が岸田の質問に同感と言わんばかりに頷いた。

その質問に顔色一つ変えずに雨宮は答えた。

「今までの理科の先生がどうやってきたかは

 知らないけど、僕は僕なりの方法で授業を進

 めようと思います。レポートもその類に入っ

 ています。内容はやるときに後々説明するの

 で、まぁ、ちゃんとやっていれば大丈夫!

 あと、レポートに関しては添削もする予定

 だし、レポート以外にも質問を受け付ける

 ので分からないことがあったら、気軽に来

 てください。そのプリントにも書いてある

 通り、分からない問題がでてきたとき、

 すぐに答えを見る人もいれば、もう少し粘

 る!っていう人もいる。僕的にはどちらで

 もいいと思ってるけど、どちらとも大切なこ

 とは、なぜその答えになるかという理由が

 ちゃんとわかっていることです。分からない

 問題をそのままにしておくのは、一番ダメ

 なことなので分からない問題は絶対にその

 ままにしないでください!

 あと、僕はみんなをできるだけ名前呼びで

 呼びたいので生理的に無理!とか、嫌な人

 は言ってください。

 ほかに質問ない?大丈夫?

 あ、ぴったりの時間。では授業を終わりま

 す。号令係。」

「気を付け。礼。…ありがとうございました。」

進め方は少し、いやだいぶズレてるのに、分からない問題とかのやつは意外と普通の先生

と同じこと言うんだなぁ。

雨宮は初回で『変な人』という印象付けで授業は終了した。

真奈は美月と喋っていて、準備していたので一人で教室に戻った。

仲が悪いわけでもないが、人を待つのはあまり好まない。多分父の短気でせっかちな血を受け継いでいるんだなぁ。と毎回思う。

あと、私は人という存在にあまり興味を持たない。私の中の大体の物事の決め事としては、面倒か否かの二択しかない。

いつしか調べたA型の血液型の性格で、≪白黒つけたい≫と書いてあった気がする。こう見えて、意外と血液型などのあるあるは見て、確かになぁと思ってしまうことが多い。

そうこうしているうちに、教室に着いた。

次体育じゃん。嫌いなんだけどなぁ。今やってるダンスの挿入曲のアーティスト嫌いだし。


第3話 心の病み

嫌いな体育がやっと終わり、ドっと疲れが出た気がする。

なんで、始業式当日で四時間なのに、2、3時間目主要教科と嫌いな体育なんだよ。

コロナがなければ、総合と学活で終わってたよ。

そう、緊急事態宣言が解除されたこの時、学校の先生はこの時期一番大変だったと思う。

ましてや受験生に不可欠な授業数も休校期間で取られ、土曜日授業など挟み、挟み授業数を賄っていた。

しかし、この頃の私は目の前のことで頭がいっぱいで、そんなこと考えてもいなかった。

4時間目は学活でこれからの学校生活について先生から説明を受けた。

正直、眠いしお腹減ったしで早く授業終われーと念じていた。

4時間目の終わりに帰り学活をしたので、授業はいつものように他クラスよりも早く終わった。

「聞いてよー。」

と真奈がニコニコしながら言い出した。

「どうしたん?」

「どうしたの?」

私と美月がハモりながら聞き返した。

「昨日、お母さんがね、ずっと欲しかった雑貨買ってきてくれたの!」

「よかったじゃん。」

「ほんと真奈ってお母さんと仲いいよねー!

 だって前に遊園地とか旅行とかもお母さん

 と行ったんでしょ。」

「まぁまぁ、そういう美月だって仲良くな

 い?ねぇ、冬香もそう思うでしょ?」

「そうだねー。あ、じゃあね。」

「バイバイー。」

「またねー。」

お母さんか…。

今でも忘れることができない。

一度私は暴力を受けたことがある。

こちらにも非はあるが、まさか蹴られるとは思っていなかった。

事の発端はほんの些細なことだった。

悪気はなかった。

しかし日が悪かった。

あれがしつけというのかって、今もまだ考え、恨んでいる。

子供は親に逆らうことができない。支配下にある。

抗うことができない。

親の優しさを受け入れることができない。

小学生の頃、私は親友と呼べる人がいた。

ずっと親友だよ!と言い合っていた私たちは、四六時中ずっと一緒にいた。

しかし、彼女には欠点があった。

それは「嘘をつくこと」。

私自身気づいていた。

私を笑わせようとする嘘。

自分を上げる嘘。

私よりも大人っぽいと見せる嘘。

私は親友という関係を絶ちたくなかったため、気づいてないふりをしていた。

しかしとうとうある日、その我慢の糸がプツリと切れてしまった。

それからはその子とは中学校も離れ、話していない。

あの頃の私は嘘を何度も言う彼女に対して、嫌気がさしていた。

しかし、今思えば、嘘をつかれた私にも非があるのかもしれないと思う。

嘘をつかれるということは、その人個人の意思か、信用されていなかったかも、と。

彼女には信用できる人が欲しかったのかもしれない。

しかし、私にはその役はできなかった。

それなのに私も、今信用できる人を探している。

友達も親も信用できなくなった今、私はどうすればいいんだろう。

「信用」ということが分からなくなってしまった以上、路頭に迷うしかできなかった。

「ただいまー。」

「おかえり。」

姉がスマホをいじりながら、言った。

感染予防のため、念入りに手を洗った後、昼ご飯を食べる準備をした。

冷蔵庫にはタッパーに入った母が作ってくれた弁当があった。

それを電子レンジで温める。

心のどこかで憎む相手の作ったご飯を食べることは、皮肉だ。

ご飯を食べる度に、前に父に言われた言葉を思い出す。

「誰のおかげで飯食えてると思ってるんだ!学校なんか行かずに働け!」と。

本心から言ったわけではないだろう。

でも、私はその瞬間、子供という立場の皮肉さを知った。

子供は親には逆らえないこと。

子供は親に感謝しないといけないこと。

子供は親に気を使わないといけないこと。

電子レンジの終了音で我に返り、弁当を取り出す。

白米に、焼売、レンコンのきんぴら、ほうれん草。

それをかきこみ、流しに置き、二階の自分の部屋に向かう。

ここが一番、呼吸できるところだ。

扉を挟んで、隣が姉の部屋だが、そうそう入ってこない。

扉を開け、外の空気を入れる。

ヒノキとブタクサの花粉症なので、

少々花粉は気になったが、外の空気を吸いたかった。

辛いときや、苦しくなったら、窓の縁(へり)に座って外を眺める。

目の前は空き地で、二個目の十字路の先は大きい公園だ。

その公園の駐車場や敷地内の木々が見える。

昼間ということもあったので、通行人はほぼいなかった。

ふぅ。とため息をつく。

また、憂鬱な学校が始まる。

願い続けていていたはずの学校もなぜだか嫌気がさす。

私は友達に第一印象で見られた自分を演じている。

『明るくて、少し天然で、泣く顔が想像できない』という像を。

傷づかないように、自分を守るために。

だけど、耐え切れず毎日家に帰ると気持ちが沈む。

しかし、時間が経つにつれ、それが演じているのか、素の自分なのかが分からなくなってしまった。

私はまたこの像を演じなければならない。

私は何者なんだろう。

周りに何と思われているのか、そんなこと最初は何も考えなかった。

心の中でそう考えながら、私はうずくまった。

それは風が心地よい五月のことだった。


第四話 気になるあいつ

始業式が終わった頃合いで受験に向けての歯車が動き始めた。

私は遠い高校は望んでいなかったため、なるべき近く、偏差値も平均よりも上の学校を選んだ。

また元々、数学に険悪感を持っていなかったので、親が進めた私立に進学することを決めた。

高校は別に第一候補はなかったし、近くて校内がきれいだったらなんでも良かった。

一般入試するほどの頭がなかったため、

英検の加点で成績を補い、推薦を受けることにした。

三年からは頑張ると決め、自主学習ノートもきちんと出すと自分の中で決めていた。

しかし、一般入試の数日後に学年末があるといわれ、

推薦の作文練習、面接練習も兼ね備えつつ、テスト対策も同時進行で行った。

作文は将来の夢、学校生活で得たこと、学校生活で一番印象に残っていること、SDGsに関する質問など…。

そして面接は大体、志望理由・自己PR・長所短所・得意教科、不得意教科・高校卒業後の進路など…。

塾に行きながら、対策を行った。

今日の作文の議題は、『将来の夢』か…。

私の将来の夢は、教師だ。

なるきっかけを作ってくれたのは私の英語の担当教師、江藤先生のおかげだ。

授業時、気持ちが落ち込んでた時に気にかけて「大丈夫?」と声をかけてくれた。

自分の存在価値を見失っていた時、自分を見て心配してくれる人がいる。

それがとても嬉しかった。

だから、それからは江藤先生みたいに誰かの未来を明るくできるような人になりたいと思った。

しかし、他にも理由はある。

一つ目は、誰かの心に残る存在になりたいと思ったから。

生徒たちは先生を必要とし、先生という存在が心に残る。

私は誰かの心に残る存在になったら、自分の存在価値が証明されると思った。

これから、生きる理由を失ってしまったとき、

自分を必要としてくれる人がいれば、生きようと思うかもしれない。

そんな淡い願望だ。

二つ目は、私のような助けを求めている人を助けたいと思ったから。

学生が助けを求められるのは親か先生。

だけど、親は信用できないし、教師は綺麗ごとしか言わない。

また、そもそも信用していないから、相談なんてするはずがない。

教師は子供の模範にならなければならない。という暗黙のルールがあると思う。

教師を長く勤めている人はより、正義を貫きすぎる。

人間は政府の下にある。

だから、政府が求めることは社会が求めること。

社会が求めることを子供に教えれば、子供は模範的な人間になると思い、

自分が元々思っていた考えをが社会の求める考えと入れ替わる。

そして、社会の求める考えに洗脳され、自分の考えを押し殺し、なかったことにする。

自分の意思で選んだ価値観ならいい。

だが、「自然に」はいけない。

それはただ自分が不本意になることにも関わらず、周りが変えているだけ。

押し流されていることとと同じなんだ。

そこから、子供は何を学ぶのか。

私は他の価値観の人に聞き、ある物事について

何を思い、何を考えるのかを聞くことが「相談」ということだろう。

私はできるだけ自分の意見を主張できるような教師になろうと思っている。

そして、気軽に相談されるような教師兼大人になりたい。

自分が求めている大人の像を自分自身が作り上げるんだ。

そう書きたかったが、さすがに受験の作文で教師を侮辱することはいけないと思い、

江藤先生に助けてもらったエピソードを派生したながら、作文を書いた。

一通り終わり、学校の提出用の自主学習ノートを開いた。

自主学習チェックはあの雨宮がほとんど行っている。

そして、ふと思ったことがあった。

あ、雨宮は何で教師になったんだろう。

自主学習の上のほうに質問を書いた。

『質問です!

 先生は、

   どんな先生に

     なりたいのですか?

      何を目指しているのですか?』

多分気付いてくれるだろう。

今日はここまでにしておこう。

教科書などを片付け始める。

時刻は十九時半を回った。

「あれ?帰るの?」

と後ろの席から、遥華(はるか)が言った。

遥華とはなんだかんだ付き合いが長く、幼稚園からの幼なじみだ。

塾にいる期間は遥華の方が長く、小学校中学年ごろからいるらしい。

「うん。帰るよー。課題も終わったし。」

「まだいれば?」

とからかいながら言われたので

「もう帰らせていただきます。今日の労働時間は終了いたしました。」

と笑いながら、そう返した。

「迎えもう来たー?」

受験期だし、夜も遅くなるので、迎えを呼んでといわれていた。

「ううん、まだ来て…、あ、今来た。じゃあね。」

「待って、待って。玄関まで送ってく!」

「うん、大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。」

と言ったと同時に副塾長の河野先生に止められた。

「ちょっと―、遥華ー?

 私が渡したプリントやった?ほっつき歩いてる時間ないんだけど、特にあなたには!」

「冬香を玄関まで送りに行くの。そっから再

 開するからさー。」

「もう!ちゃんとやってねー、只得さえ、受

 験生なんだからー。」

「はいはいー。」

そのやり取りを靴を履き替えながら、見ていた。

「じゃあ、帰るねー!」

「うん!バイバイ!」

「じゃあねー!」

そのあと、車に乗り家に帰った。

「今日はどうでしたか?」

そう祖母に聞かれた。

「うん。まぁまぁ。」

「それは良かった。まぁね、受験まであと少

 しなんでね、日々の積み重ねを大事に

 ね。」

「はいはい。」

祖母の話を右耳から左耳に流していながら、窓からの街並みを眺めていた。

教師の道…。

実はもう一つ理由があった。

それは『誰かに必要とされたい』と思ったから。

私は誰かの光を見つけ、その自分が認めた光の矛先が自分に向く。

そうすれば、私は誰かにとっての光になる。

そう考えているうちに、家に着いた。

「はい、お待たせ。」

無言で車のドアを閉め、家の引き戸を開けた。

パタパタとスリッパの音が聞こえ、

「おかえり。」と母が言った。

「今日の夜ご飯何ー?」

「今日は、麻婆茄子と、もやしのナムルと、サラダと、みそ汁。」

「えー、麻婆茄子ー。茄子嫌いって言ってる

 じゃーん!」

「茄子美味しいじゃん。何が嫌いなの?」

「全部だよ!なんかネチョネチョしてんのが

 嫌い。」

「まぁ、頑張れ。その前にお父さんがお風呂

 上がったら、すぐお風呂入っちゃいなさ

 い。」

「えー。めんどー。」

「またお風呂掃除になるよ。」

お風呂の扉がガラガラと開く音がした。

「ほら、上がったよ!入るなら、入る。」

とお父さんが言った。

「ほら上がったよ。早く入りな。」

「分かったよー。入る入る。」

パジャマを手に取りお風呂に入る。

十五分程度でお風呂を上がり、ご飯を食べる。

勿論、麻婆茄子の茄子抜きで。

ご飯を食べ終わり、テレビをつける。

しかし、ご飯を食べ終わってお風呂にも入ったせいか、眠くなってしまった。

気づけば、時計の針が十時を指していた。

歯を磨き、自分の部屋に入る。

明日、雨宮なんて返すかな?

綺麗事言ったら、二度と書かないわ。

そう考えながら、電気を消し、布団に入る。

夜は暗闇の中色々考えてしまう。

私はいつしか、強さを求めていた。

しかし強さは、他人から得る力ではなく、自分が努力しなければならない。

それでも、強くなれたら、人を信じられるかもしれない。

強くなれたら、生きる理由が見つけられるかもしれない。

強くなれたら、楽に生きられるかもしれない。

そんな【かもしれない】に私は懸けていた。

これは世間的には病んでいるといわれること?

では逆に、病んでいて何が悪い?病んでいる人に指をさして何が楽しい?

何も考えず、何も見ようとしない人よりかはましだろう?

矛盾が私を苦しめている。

はっきり白黒つけたいんだ。

自分の考えに、自分の行動に。

それがどんなに難しいことか分かっているつもりだ。

生きることと同じくらい難しいと。

大人のほとんどはこういうだろう。

「そんなこと考えてないで、勉強しろ」

「中学生のガキが何抜かしたこと言ってるん

 だ」って。

私も馬鹿だと思ってる。

私だって、こんなこと問いたくはなかった。

それでも、問いてしまうような環境にいることは確かだ。

勉強ができてそんなに偉いか?

不必要まではいわないが、

良い学校行って、良い就職先を見つけて…、

そんな人生何が楽しい?

前までは私はそれが正しい道だと思っていた。

模範的な道。

でも、それは自分が見えていなかったからだ。

しかしまだ、私は自分で何がしたいかは分からない。

「教師」という職を選んだのも自分の弱さからだった。

そう考えていたら、涙を流していた。

早く朝にならないかな。

そう思いながら目を覚ますと、窓から光が差し込んでいた。

近くの時計を見ると、六時三十二分だった。

急いで起き、制服に着替えた。

顔を洗い、朝ご飯を食べる。

一通りの準備が終わると、七時四十分。

良い時間だ。

鞄を持つと、お母さんが声をかけた。

「まだ早くないー?」

うちからは学校は五分で着く距離だが、八時までには絶対につきたいので、早めに行く。

いつも通り早めに学校につき、健康チェックカードを出す。

手を洗い、クラスに入る。

自主学習ノートを出し、席につく。

しばらくするとクラスメイトが教室に入ってきて、真奈も美月も入ってきた。

「今日も早いねー。」

「八時過ぎたら遅刻だと思っているから

 ね。」

「じゃあ、私たちもう遅刻じゃん。」

「そだねー。」

その日は副教科ばかりで、授業はあっという間に終わった。

光のように過ぎた一日はもう帰りの会の時間だった。

自主学習ノートが配布係によって配られる。

昨日書いた質問のところを読んだ。

私の質問の下に青いボールペン書かれた返事とハンコが押されていた。

『質問です!

 先生は、

   どんな先生に

     なりたいのですか?

      何を目指しているのですか?』

『今、それを

  自分なりに見つけよう

  と、努力しています。

  なので、分かりません。

  というのが回答になります。』

分からないんかい。と思った。

しかし思い描いていた返答とは違っていたので、このような質問は続行することにした。

「起立!」

号令係の声で席を立った。

「気を付け。…さようなら。」

「さようなら。」

数人の男子たちがクラスから飛び出す。

他のクラス待ちだ。

美月と真奈が私の方に駆け寄ってきた。

「帰ろー!」

と真奈が言った。

「あ、ごめん。私今日一緒に帰れない。」

「なんか今日あったっけ?」

「整美委員があって…。」

「あー、じゃあ先帰るね!」

「お疲れ、頑張ってね。バイバイ」

「冬香ファイトー!」

「サンキュー。」

真奈たちと帰りのあいさつを交わし、新聞入れに手を取る。

「なぁ、俺もやる?」

通称相方の森が言った。

私の掃除精神に付き合ってくれる優しい相方だ。

が、恋愛対象には見られない。

俗にいう【いい友達】としていたい。

「ううん、ありがと。でもこれだけだから、帰っても良きよー。」

「じゃあ、お疲れ様ー。」

「はーい。」

新聞入れをもって、職員室に向かう。

慣れた手つきでスズランテープで結ぶ。

よし、終わった。

五分程で業務が終了。

クラスに向かおうとすると会談の中腹で、雨宮に会った。

「あ、」

「あってなんだよー。そうだ、自主学習ノー

 トに書いてあったの読んだ?」

「あー、はい、読みました。」

「分からないって書いたのやっぱダメだっ

 た?」

「ダメっていう以前に、先生として不思議で

 した。」

「ん?」

「教師はほとんど綺麗事しか言わないと思っ

 ていたから…。」

「んー。なるほどねー。」

「言い方があれなんですけど、教師は社会が求

 めることを鵜呑みする人はいると思います

 か?」

「うーん、そういう教師がいてもいいと思う

 よ。同時に批判的にとらえる教師もいるけ

 どね。それが認められないのなら、学校と

 いう空間は社会から隔離されていることを

 認めていることになってしまうと思う

 よ。」

「…。」

「あ、ごめん。難しい話だったかな?」

「あ、いえ。少し考えてみます。さようなら。

「はい、さようなら。」


第五話 学習発表展

それから数日後の朝、いつものように学校に来て、教室にいたら、その二、三分後に雨宮先生が入ってきた。

「おはよう。」

「おはようございます。」

少し沈黙流れる。

私はある質問というか、自分の中での決心を言った。

「あの、私生きている中でだれにも迷惑かけ

 ずに生きていきたいんですよ。」

すると、雨宮先生は冷静に言った。

「いや、人に迷惑をかけないで生きていくのは

 不可能だと思うよ。」と。

「っ…、なんでですか?」

少し、驚きムカつきながら言った。

「だって、生きているだけで迷惑かけてるか

 ら。」

「まぁ、それはそうですけど…。」

そう答えた時には、クラスメイトが教室に入ってきたので、その会話は終わった。

私はこの時、雨宮先生という人間に興味を持った。

そこから、ちょくちょく話したり、自主学習ノートでの質問もした。

そしてある時、私はずっと心の中で考えていた質問を自主学習ノートに書いた。

『先生に質問です!

 人を信用することができますか?』

その質問に雨宮はこう返した。

『できます!

 これからは信用が価値を生む

 時代だと思います。なので人を信頼し

 信頼しあえる関係をどう使っていくかを

 真剣に考え、デザインしていく必要があり

 ます。』

信頼できないから、聞いているのに…。

信じることができないから、聞いているのに…。

また別の日

『先生に質問です!

 なぜ人を信じられるのですか?

 裏切られるかもしれないのに…。』

『信用は0か1の世界ではないと思っていま

 す。自分は損得考えず、自分が思うように人

 間関係を作ることで、自動的に信用は生ま

 れているように感じています。』

0か1ではない…。

それは難しいことだな…。

またある時には、前に話した社会の言うことを鵜呑みにする教師について、質問しに言った。しかし私は、自身に向けられた笑顔にその質問を問うことはできなかった。

私はこの時の判断は間違っていなかったと思う。


それからは受験も無事合格し、

数日後には私たち中学校生活最後の学習発表展を控えていた。

美術の作品のほかに、美術部はそれぞれの個人作成が含まれていた。

しかし、三年の部員のほとんどがコロナの影響で受験対策に追われていた。

そのため、個人作成は作ってはいなかったものの、私は受験が終わった身だったし、前から展示しようとしていたのもあったので、

その続きから始めた。

私の個人作成は、「主に鷹の切り絵」だった。

そんなに凄いものではないが、それでも私はこれらの作品を作っているときが一番好きだ。

三匹は首から上だけにして、一匹だけは全体像を切り絵にした。

とうとう、作品発表展の日がやってきた。

美術係は作品の展示の手伝いを。

美術部は理科室が展示だったため、理科室に展示される展示物の手伝いをしていた。

「せんせー。私、この作品どうやって飾れば

 いいのー?」と、美術部の顧問に聞いた。

すると、

「理科室に飾ってー。…あ、題名書いた?」

「あ、忘れてた。」

「じゃあ、書いてね。」

「え、三つとも全部?」

「うーん、そうだね。」

私は鷹の全体像が一つ。首から上の鷹が三つ。そして狼が二つ。

三つの鷹の題名は『鷹シリーズ』に、

二つの狼の題名は『狼シリーズ』と、無難な題名にした。

全体像の鷹の題名は…、

私が鷹の切り絵を作り始めたきっかけは、ただ純粋に鷹が好きだったから。

しかし、鷹っていうだけだと面白くないし…。

考えていると、前に雨宮先生が「自分を評価するのは他者評価」と言っていたことを思い出した。

私はそれを聞いた時、大きな箱をイメージした。自分はその箱の中にいて、足掻いても、逃げだしても、その箱の中という事実に変わりはない。他者という自分以外の存在もその箱の中にいる。でも、もしその箱の中に他者という存在がいなければ、どんなに自分が凄いことをしても、それを評価してくれる存在がいない以上、自分のやったことはすべて無駄に終わってしまう。

しかし、人間以外の生き物は評価なんて気にしないし、どこへでも好きなところに行ける。まぁ、あえて言うならば逃げられる。私はそれに憧れを持った。

そして私はある題名を付けた。

鷹の全体像は、ステンドフォトフレームに入らなかったので、100均で、木のフレームのA4サイズに入れた。他の五つは、フォトフレームに種類ごとに挟み、理科室へ移動した。

理科室に入ると、美術部の子たちが教卓の付近に集まって、展示の仕方を試行錯誤していた。私もその波に乗り、展示場所を探した。

切り絵なので、背景の色と紙の色が区別できないし、細かいところは太陽なのでかざした方が穴が見えやすくなる。

そのことから、窓の近くに置くことにした。

次の日の朝、雨宮先生が教室に入ってきた。

八時十分で、美月たちがそろそろ来てしまう時間だった。正直、生徒たちの中で雨宮先生は好き嫌いが分かれていた。美月たちはどっちかっていうと、嫌いそうなタイプだったから、雨宮先生と私が話しているところはあまり見られたくはなかった。

「あのさ、なんであの鷹の題名、【翼があるならば飛びたい】にしたの?」

その質問と共に美月たちが来てしまった。

やばい!

どっちにしろ、答えなけらばならない。

だが、美月たちが知っている私のイメージをどうしても崩したくはなかった。

だから、

「直感です。」と答えた。

「直感か―、いやー、理科室であの展示見い

 ちゃってさー、なんでかなぁって思ったか

 ら。」

ごめんなさい。先生。それ嘘なの…。


第六話 手紙

学習発表展が終わった頃から、私の中での雨宮先生の見方が変わっていた。

「相談できる人」かな?

いつしか、先生と私は同じようなことを説いていると思っていた。

同類だと思っていた。

しかし、先生は人を信じられる…。

私は高校から支給されたパソコンを使って、手紙を書いた。

それを自主学習ノートに挟んで…。

その手紙(コピー用紙)にはまた青いボールペンで返答してあった。

『私の哲学みたいな話に付き合わせてしま

 い、すみませんでした。私は前回の答えど

 うしても知りたかったんです。

 その質問こそが私が問いても、問いても答

 えが見つからなかったから。

 一つの考え方として、一つの回答例として、

 知りたかったんです。

 私が先生とこの話をしようと思ったきっか

 けは、少し考え方が似ていると感じたから

 です。ですが、先生が人を信じられる

[→言い方が不適切かもしれませんが、信じ

  ないとやっていけない時があります]

 と知った時、先生と私の考え方のズレは、

 人を信じられるか否か。という決定的違い

 だったということに気づかされました。

 哲学なんて、どうせ答えは無いんですよ。

 人それぞれ違う、その解答こそが全部答 

 え。[→僕もそう思う]

 しかし、他の答えがどうしても知りたかっ

 た。納得できなくてもいいから。

 ですが、そんな質問真面目に取り合ってく

 れる人もいないし、第一そんなこと聞ける

 人がいませんでした。

 そんな時、先生に会ったんです。ですが、行

 き着く答えはやはり同じでした。

 【この世界に生きている以上、強く生きな

  ければいけない。社会の波にのまれて、

  抗いたくても抗えない。それでも自分を

  守るため、自分の正義を貫くため、抗っ

  ていく。そして生きている理由は自分で

  見つけろ。と】

  [→私はこういうことを学校で学びたかっ

た。そして、教えたかった。弱い自分

でも受け入れて、戦って向き合ってい

く集団を作ってみたかった。

   でも、それは、理想損だったのかもし

れないと、この一年で少し気づきまし

た。

  →そして、十五歳の今、それに気付けてい

るあなたは、本当に素敵だと思う。

ある意味、うらやましい。

  また話しましょう。一緒に考えましょ

う。正解だらけの問いの最適解を。]』

こんなに返してくれるとは思っていなかった。

そして、この文。

「私はこういうことを学校で学びたかった。

そして、教えたかった。

 弱い自分でも受け入れて、戦って向き合っ

ていく集団を作ってみたかった。

 でも、それは、理想損だったのかもしれな

いとこの一年で少し気づきました。」

変なところがポジティブで、つかみどころのない人だけど、悩むところは悩むんだなぁ。

ふと、あの先生のことを思い出した。

私が小五の時、担任だった先生がいた。

彼はずっと笑顔で、優しい人だった。

男女の接し方が違かったため、多少好き嫌いはあったが、それでも私は、好きな先生だっ

た。

しかし、中学三年の始業式が始まって、数週間後、彼が捕まったというニュースを友達から聞いた。そのニュースを聞いた時、ショッ

クと共に、後悔があった。あの頃、一度だけ彼に一言心配する言葉をかければ良かった。

もしかしたら、そうしても未来は変わらないかもしれない。それでも後悔してしまう。変

わるはずのない過去を。

彼の自供は「ほかの職員が働かなかったから」だった。

私は、彼自身がそのことについて耐え切れず、犯行に至ったのだろう、と思った。

私は今、同じ教師という職の人に相談している。もしかしたら、雨宮先生も何か苦しんでいるかもしれない。

それなら…。

『私は人に必要とされたいと思い、光になり

 たいと思った。

 しかし、光にはなれなかった。光から目を

 背け、逃げ続けている。

 怖いんです、自信に満ち溢れ、絶望すること

 が。私の生きる理由は、【誰かから自分が

 生きることの許しが欲しい】のかもしれな

 い。ずっと、望んできた。

 でも、これ以上人に迷惑をかけないよう

 に、生きる理由ぐらい自分で解決できる理

 由がいいと錯覚し続けていた。

 自分が自分自身を偽っていた。自分自身が

 首を絞めていた。

 これが私の答えです。

 無論、自分を見失っていることに変わりは

 ありません。ですが、これが今の自分の答

 えです。

 

 先生。先生は答えが出ましたか?悩んでい

 ても、形になっていなくてもいい。

 良ければ教えてもらいませんか?

 私の今まで相談できた開いては、先生が初

 めてだったので、

 同じ境遇の人に会えたという安心感がある

 のです。

 私が先生に意見を求めているのは、

 私ばかり相談していて申し訳ない、という

 気持ちもありますし、

 元担任に抱いた後悔をしたくないという気

 持ちもあります。

 体が心を置いて行ってしまって、

 自分の感情や直感でしか動くことができな

 くなってしまった。

 そのことを承知で聞いてほしいです。』

この手紙の返事で衝撃的な事実を知るとはこの時、私は知る由もしなかった。

その日は卒業式の一週間ほど前の三月のことだった。


第六話 それぞれの道

手紙の返事をここ最近楽しみにしていた。

先生は何を考えるのか…。

いつものように、配布係が自主学習ノートを配る。手紙が挟んであるページを開き、返事を見た。

それは目を疑う内容だった。

 [→私は、今年度をもって、教師を辞めるこ

とにしました。(これは他言しないで。)

   一回すべてをリセットし、もう一度人間

としてやり直してみようと思って。

   この決断をするときはとても怖かったで

す。経済的な面など、現実的に色々問題

が待っていることはわかっていて、自ら

   自分を苦しめる方向へ動こうとしている

と思うと不安だらけ。

   それでも、変えたい。自分を。今の自分

を動かす原動力はそこしかないんです。

   実は私も正直、自分を正面から見つめ直

すことは恐怖でしかありません。

   それは、自分が偽り続けてしまった結果

なのだろうと。

   この歳に、この決断をした最大の理由

は、【偽りに価値を見い出すため】で

す。もう偽りだらけの過去は変わらな

い。だから、今から偽りを再生産するの

はやめよう。偽りに価値を付けていく新

しいステップに進もう。

   そう決めました。

   私はあなたから勇気を持つことの意味を

考えるきっかけをもらった。

   一年間、本当にありがとう。あなたとの

出会いは一生ものです。]

その文章を読み切った後は、自分がどうやって帰ったかあまり覚えていない。

気づいたら、自分の部屋にいて涙を流していた。たくさん泣いた。

なんで、なんであなたも私の前からいなくなってしまうの。

別れが私にとっては辛いの。

人とのかかわりは永遠ではない。

いつかは別れを告げなければいけない。

知っていた。知っていたよ。

でも、それでも、私は半人前の自分を支えていて欲しかった。

まだ一人で生きてける勇気がない。

ねぇ、お願い。お願いだから、もうこれ以上私の周りから人がいなくならないでよ。

お願い…。

まだ、あの答えだしてないじゃん。

「また話しましょう。一緒に考えましょう。正解だらけの問いの最適解を。」

まだまだ話したかったのに…。

時は戻らない。待ってもくれない。

こんなことになるなら、もう少しあなたと話せばよかった。私は結局、悔いしか残らなか

った。その日は泣き疲れて、そのまま寝てい

たという。

お母さんが起こしても起きなかったらしい。

その翌日に聞いた。

先生が教師を辞める…。

そう思っただけでも、涙が出そうだ。

それでも、彼の背中を少しでも押すために手紙を書くと決心した。

しかし直接渡すのはあれなので、最後の自主学習ノートの日に挟むことにした。

何度も、何度も、下書きを書いて、とうとう仕上がった。

『拝啓 雨宮先生

 毎度毎度、

 手紙の返事ありがとうございました。

 本当は卒業する直前に渡したかったのです

が、機会がないですし、手紙の方が正直に

なれるのでお許しください。

 私は親の影響で心の扉を閉ざしてしまいま

した。親しくなった友人の前にもその扉を

開くことはできませんでした。友人関係で

同世代で同じ境遇の人がいなかったので、

 先生がいてくれてよかったです。

 正直の所、先生には教師という職を辞めて

欲しくはなかったです。

 しかし、先生はまだ自分を見失っていない

ですし、自分から相談することができる。

 それは本当に凄いことですし、尊敬します。

 私自身、この一年間色々考えさせられまし

た。お礼を言うのは私の方です。 

 先生は【勇気】よりも【強さ】をもらいま

した。

 半端者の私が少しでも人の役に立てたこと

が私の中での大きな一歩です。

 先生に会えて良かったです。

 そのポジティブな思考と笑顔で、自分が思

う道を堂々と歩んでください。

 一年間本当にありがとうございました。』

できるだけネガティブなことは書かないように。

そして、便箋には『雨宮先生、受け取ってもらえると嬉しいです。』と書いて。

その手紙を挟んだ自主学習ノートを出したその日の朝学活に雨宮先生が来て、私にこう言

った。

「受け取った。それだけは伝えておきます。」

「は、はい。」

なぜ、【受け取った】というニュアンスなんだろう。便箋には確かに【受け取ってもらえると嬉しいです】って書いたけど…。

謎が残りながらも、私は彼には問わなかった。


コロナの影響で今年の卒業式の一、二年の直接参加は数名しかおらず、

ほとんどオンラインになってしまった。

その中でも卒業式の練習がいよいよ大詰めを迎えていた。歌もマスクをしながら歌い、卒業式の時間も卒業証書以外を二十五分以内に終わらせる異例の措置が取られた。

毎日のようにある卒業式練習だったが、

その日は、先生たちからの言葉を聞く日だった。順々に話し始め、四、五番目に雨宮先生が話し始めた。

「まず、一年間本当にお世話になりました。

 そして、当たり前なことを自信をもって言います…。」

雨宮先生はマイクを下ろし、大きく息を吸っているのが分かった。

そして、

「がんばれーーーーーー!」

と叫んだ。

多くの生徒が驚き、雨宮先生はその後、一言、二言言い、その場を後にした。

まだ、あの言葉が残りながら、二時間あった卒業式練習を終わらせた。

椅子を片付けた後、整美委員会で用があったので、担当の先生を探した。

すると、一人であったため、雨宮先生に声をかけられた。

「人間関係のことなんだけど、」

「はい。」

「giveし続けることだよ。」

「っ…、giveし続けることは大変ですよ…。」

「まぁね。」

これが彼との最後の会話だった。

クラスに戻り、最後の帰り学活をした後、雨宮先生は「お疲れ…。」

と何度も私たちに言いながら、列の真ん中を通って行った。今でも鮮明に覚えている。

彼のあの後ろ姿を…。

それからは先生に会えていない。

教師を辞め、どこに就職するかは断固として私たちには言わなかった。

それからは、先生に会いたくて仕方がなかった。いろいろ質問しておけばよかったと。

彼は結局、どんな先生になりたかったのか、何を目指していたのか聞けずじまいだった。

しかし、卒業して高校の入学式が残り約一週間に差し迫ったとき、

私の心の中で大きな心境の変化が起きた。

先生、これがあなたに読まれているか分かりませんが、あなたに送ります。

『本当にありがとう。本当にあなたに会えて

 良かった。ごめんなさい。私は抗うことは

 できない。思ったの。

 私は正直、家族を恨んでいた。

 あれが「しつけ」というのかって。

 だけど、私よりも苦しい思いをしている人が

 いるかもしれない。私が受けたものを日常

 化して、麻痺し、それが当たり前だという

 人もいるかもしれない。正直、許せはしな

 い。だけど、その償いは十分にしてもらっ 

 た。親は子供を守らなければならない。

 子供は親に守られている恩をいつしか忘

 れ、自由になろうとする。

 私がそうだった。とんだ恩知らずだ。

 私は守られている立場から、「支配下」と

 いう言葉を使った。私の周りは私よりも少

 し幸せそうだった。だから、余計に私が可

 哀想に見えたの。こんなのは当たり前じゃ

 ない?って。私はこんなことを受けたんだ

 よ。可哀想じゃない?と。私は「可哀想な

 人」というレッテルが欲しかった。

 なぜだかは分からない。私は心配されたい

 のか否か、正直自分でも分からない。

 だけど、周りの話を聞こうとはしなかった。

 私が想像していなかったことが誰かの身に

 は起きている。

 私は知っているようで何も知らなかった。

 周りに目を向けず、「一人になってしまっ

 た」ではなく独りということを自らでそう

 させてしまった。

 私はもう少し人を信じようと思う。人間関

 係は「Giveし続ける」

 これが最もだなぁ。自分が相手に尽くせ

 ば、相手も自分に尽くしてくれる。

 それは「信じる」という曖昧で脆い願いに

 近いようなものだ。

 信じなかった私は過去の私に問いたい。

 自由という中で人が生きていけると思う?

 独りで生きていけると思う?

 答えは“No”だ。

 前者は微妙なラインだ。しかしは私は無理

 だ。私が親に守られているという恩を忘

 れ、束縛とまで思っていた。

 しかし私は気づいたんだ。【一般的な正し

 い道】と【抗う道】があることを。

 私は抗う道を望んだ。だが、今は【一般的

 な正しい道】を選択している。

 【抗う道】はやりがいはあるが、先が真っ

 暗だ。どんなに進んでも、それが進んでい

 るのかどうかも分からない。

 いつしか報われるかもしれないし、報われ

 ないかもしれない。

 一方、【一般的な正しい道】は敷かれたレ

 ールを歩くため、時にはつまらないと脱線

 してしまうかもしれない。しかし、安全で

 はある。

 だから、私は俗にいう【束縛の中の少しの

 自由】の中で生きていく。もう何のために

 抗っていたのか、抗いたかったのか、分か

 らなくなってしまった。

 もう無駄だと思ってしまったんです。人一人

 で世界は変わらない。

 だから、あなたが凄いと思う。抗う道を選

 び、あなたは光になれた。

 私は中学校の先生になりたいと思っていま

 す。

 たった一年しかいなかった、最初で最後の

 あなたという先生は、私にとっての唯一無

 二の憧れでしょう。


 友達に言われたんです。

 模範的な大人を創ろうと学校がある。

 ならば、効率的に模範的な物を作るなら

 ば、ロボットでいい。それならば、人間に

 いる必要はあるかってね。

 そしたら友達は何て言ったと思います?

 「生まれってきてしまったのだからしょう

  がない。」と。

 反論したかったですが、あぁ、確かにそう

 だな。と納得してしまいました。

 人間の存在価値など考えても無駄というこ

 とに気づかされたんです。どうせ答えは出な

 いし、出たとしても、絶対の批評的な意見

 があることは否めない。

 ましてや、人間の存在価値がなかったとして

 私という人ひとりの力で何ができるとい

 う?ずっと続いてきた我々人類がそう簡単

 にくたばるはずがないんだよ。

 ならば、一人でも多くの人に自分という存

 在を残すと決めました。

 まぁ、先生ほど変な人にはなりたくないで

 すが、周りと少しずれているくらいが印象

 に残りやすいですし、ある意味、あなたが

 やっていることを私は今目指してるのかも

 しれません。先生、【あなたとの出会いは

 一生ものです】って書いてくれて、ありが

 とうございました。』


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