第2話 町灯り

 橋のなかほどに差し掛かった時、連れが川の向こう岸に狐火が見えるといったのだが、わたしには見慣れた町の灯りがまたたいているようにしか見えなかった。製菓会社の名入のネオン。夜勤が多いとおぼしいビルヂングの窓。信号機の点滅に、流れてゆく夜汽車のランプ。

「なにを言っているんだ。あれがさっきまで僕らがビールを飲んでいた側の町だと思うかい。白熱灯やら蛍光灯とは違うんだぜ」

 そうは言うのだが、考えてみれば今宵店のカウンターでたまたま隣り合った我々の向かっている向こう岸は、森や雑草だらけの土地のはず。そこは弊社社宅くらいしか並ぶものがない、野趣あふれるさみしい界隈であったはず。

「流行しているんだ」

 続けて言われた。

「狐火で、町の夜景を模倣する趣味がね」

 それでは、あれはひとつひとつが狐火なのか。

「そうとも。何十匹もの協力が必要でね。

 ひとつ振り返って、実際の町灯りと比べてみ給え」

 言われるまま酔った頭で振り返ると、なるほど、川を挟んでふたつの町灯りが、合わせ鏡のように瞬いている。

 これは大したものだと感心して、物知りの連れのほうへ向き直ると、足元でひらりと毛皮のしっぽがひらめいて、橋を渡り切る後ろ姿もじきに見えなくなってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る