倉沢トモエ

第1話 猫を呼ぶ

 なにかがひらひらとひらめいているので寄ってみると、夜の端っこが破れ風にはためいていたのだった。

「おーい」

 向こう側にだれも迷い込んでいないか、いくども呼びかけた。

「おーい」

 なにも戻ってはこなかったので、糸でかがってふさいでおいた。


 ここがその、ふさいだ部分、と、洋服店の針子が糸切鋏で玉止めを切った。

 糸をするすると引きぬき、呼んでごらんなさい、と、ふたたび夜風ではためく向こうを示す。

「おーい」

 もう十日戻らない猫の話を聞きつけた針子が、もしやとわたしに声をかけたので、こうして夜のはためく先を、いくども呼ぶことになった。

 はためくその向こうは、猫がくぐるのにつごうがよい先にある。


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