ゴールの由来
ささたけ はじめ
決まらないゴール
僕の家は自慢じゃないが貧乏だ。
だから、体育の時間が凄く嫌いだ。
僕はみんなみたいな、かっこいいジャージやおしゃれな運動靴などを持ち合わせていなかいからだ。
でも、だからこそみんなに負けたくない気持ちも強かった。
だって、運動で一番大事なのは身体を動かす自分自身なんだから。たとえ服や靴がボロボロでも、自分自身が負けていなけりゃ勝負にはなると思うんだ。
そんな思いで小学校生活をやり過ごしていたある日、事件が起きた。
その日の授業はサッカーだった。
ピカピカのジャージやキャラクターの入った運動靴で走るみんなに混じって、僕も一生懸命にボールを追っていた。こちらのボールになれば敵のゴール前まで必死に走り、相手のボールになれば急いで自分のゴール前まで戻る。そうやって、ひとつしかない外履きで必死で走り回っていた。
すると同点で迎えた後半の終了間際、僕はゴール前でフリーになったのだ。もちろんオフサイドはない。そして仲間から僕へ絶好のパスが通り、キーパーと一対一になった――その瞬間。
僕は走りこんだ勢いを殺しきれず、派手に転んでしまった。
スパイクなどとは言わないけれど、もしかしたらちゃんとした運動靴を履いてさえいれば、転ばずに済んだのかもしれない。でもそのとき僕の足を覆うものは、とても運動には向かなさそうな履きすぎて靴底がツルツルになってしまったスニーカーだったのだ。
最高の見せ場で絶好のチャンスを棒に振った僕を見て、相手は腹を抱えて笑い、味方は呆れてため息をついた。僕はというと、恥ずかしさと悔しさで泣いてしまいそうになり、グラウンドに寝ころんだまま思わず顔を両手で隠した。
すると――。
「ねえみんな――」
と、ひとりの女の子がクラス全員に向かって声をかけた。
その子はクラスで学級委員をしていて、真面目で正義感が強く、そして男子から一番人気のあるみんなの
「サッカーではなんで得点をゴールっていうか知ってる――?」
彼女は決して怒鳴らず、でも良く通る声でみんなに質問した。周りのみんなはだれもその質問に答えられなかったようで、彼女の次の言葉を待った。先生も何かを感じたようで、口を出そうとはしなかった。そして僕も顔を隠したまま、上から降ってくる彼女の言葉を聞いていた。
「サッカーって、元々はボールをネットに入れる競技じゃなくて、ラグビーみたいに線を超える競技だったんだよ」
「知ってた?」「ううん、知らなかった」「さすがだね」などと、みんなが口々に言う。
「つまり――目標に向かって一番頑張って駆け抜けた人に与えられる称号――それがゴールだったんだよ。だから――」
彼女は寝ころんだままの僕の手を取り、引き起こすと続けて言った。
「今日のゴールは君のものだよ」
そして笑いかけて拍手をした。周りのみんなも続いて、最初はパラパラと――だけどだんだん大きな音で拍手をしてくれた。僕はさっきまでとは違う恥ずかしさを感じながら、みんなにお辞儀をしながら思った。
やっぱり靴の善し悪しなんかじゃなかった。一生懸命やることが大事だったんだ。
だって、こうしてちゃんと見てくれているひとがいるんだもの――。
*
あの事件から十数年の時は流れ。
今日はサッカー日本代表のW杯予選の日だ。
会場の盛り上がりをサッカー好きの恋人と眺めながら、ふと気になって聞いてみた。
「そういえばさ」
「なあに?」
「ゴールって言葉の起源って覚えてる?」
「え? なにそれ?」
「おいおい――小学校のころに、君が教えてくれたんじゃないか。みんなの前で」
「ああ、あれ――」
彼女は少しばつが悪そうに言った。
「あれは嘘だよ。ただのでまかせ」
「へ? じゃあなんであんなことを?」
僕の間抜けな質問に、可愛い彼女はうつむきながら答えた。
「だって――好きなひとが笑われてて、悔しかったんだもん」
テレビの画面からキックオフのホイッスルが鳴る。
「あ、ほらほら! 始まったよ!」
恥ずかしさをごまかすように、彼女ははしゃいだ。
そんな彼女をみて、僕はひとつの決心をした。
――いい加減、僕もゴールを決めなきゃな。
そう思い、懐に忍ばせておいた小さな箱を取り出して、僕は声をかけた。
「ねえ」
「なあに?」
試合に夢中でテレビの画面を食い入るように見つめる彼女。その横顔に向け語りかける。
「あのさ、受け取って欲しいものがあるんだ」
本当は、日本が勝利したら渡そうと思っていたのだけれど――。
「え、なになに?」
彼女が興味津々にこちらを向いた瞬間――。
「ゴールゴールゴオォォォォォォォォル!!」
実況のアナウンサーが興奮して同じ言葉を何度も叫んだ。
その言葉につられて、視線を画面に戻す彼女。
「ああ、もう! いいとこ見逃しちゃったじゃない!」
やれやれ。どうにも僕は、ゴールをうまく決められない。
ゴールの由来 ささたけ はじめ @sasatake-hajime
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