エピローグ

 今回の人族の襲撃は、使徒『神弓』による『新世代』の暗殺を狙ったものであり、蘇った魔王ディルグがそれを阻止した。

 これが、キュールグラード軍の一般兵士たちへの公式の発表だ。


 シャルミアの関与をどこまで明らかにするかは迷うところだったが、結局、フェルナにだけ伝えることにした。

 当事者であり、頭の回転が良いフェルナであれば、いずれ辿り着く結論だからだ。

 俺からのシャルミアの処罰はかつて何人もの魔王軍幹部を暗殺した『神弓』を釣り上げたことで相殺し、犠牲にされかけた被害者であるフェルナからの希望を聞いて、この件は終わりとなった。


 そして――キュールグラード本城、謁見の間。

 既にそこには、多くの武官や兵士たちが集められていた。

 新たな魔王の就任式である。


「……今をもって、ディルグ様こそがこのキュールグラードを支配する魔王です。フェルナ様、よろしいですね?」


「はーい、認めまーす♡」


 シャルミアの宣告を、元キュールグラード魔王であるフェルナが追認する。

 前支配体制のナンバーツー、ナンバーワン両名による承認だ。

 それを聞いて、集まっていた魔族たちがどよめいた。


「おぉ……旧世代のディルグ様が、新世代に認められた」


「あれだけの力を持ったフェルナ様が、たった一日でこうも簡単に……旧世代最強の名は伊達ではなかったか」


「……我ら氏族は、フェルナ様の御判断に従うのみ」


 ざわめきを耳に入れながら、玉座の前に立つ。

 そして――瞼を閉じて思い返した。

 魔領に生きるあらゆる種族の代表たちが玉座に向かって膝をつき、この魔王ディルグの命令を待っていた日のことを。


 ……目を開く。


 玉座から見えるのは、かつての魔王軍と比べれば微々たる戦力。

 あらゆる種族とは言えず、全ての魔族を従えたとは、とうてい言える規模ではない。

 だが……ニニルたった一人しか配下がいなかった時とは、明確に違うものがある。


「聞け、兵士たちよ! 今日から貴様らはキュールグラード軍ではなく、この魔王ディルグに従う『新制魔王軍』である!!」


 これは間違いなく軍団だ。

 今この時をもって、本当の意味で『新制魔王軍』は成ったのである。


「……ディルグ様はすごいです。本当にまた、魔王様になっちゃいました」


 謁見の間の端の方から聞こえる声。

 視線を向けると……ニニルが身体を僅かに震わせながら、『新制魔王軍』を見ていた。


 目に映るのは、ちっぽけで、貧弱な元キュールグラード軍のはずだ。

 だがニニルの瞳にはそれを感じさせない、期待や憧憬のような色が混じっている。

 まるで、失ってしまったかつての光景をそこに幻視するかのように、じっと『新制魔王軍』を見つめていた。

 その頬には、既に涙の流れた跡がある。


 ニニルから視線を外す。

 ……これは、まだ初めの一歩をようやく踏み出したに過ぎない。


「今回の件で、貴様らもよく理解したはずだ。五年が経とうと、人族は決して魔領のことを諦めてはいないのだと!」


 改めて配下となった魔族たちを見る。

 ……やはり不安そうな顔が多い。

 この五年は『人族が攻めてこなかったから』、魔領は平穏だった。

 そこに突然あった、今回の襲撃。

 再び人族が大攻勢をかけてきたとしても、今この地にはかつての数分の一にも満たないような兵力しか存在しない。

 ……最悪の想像は、誰にでも思い浮かぶはずである。


 だからこそ、魔王として言う。


「『新制魔王軍』が目指すところは、魔領の再統一だ! エルフ、鬼族、獣族、竜族、翼人族……あらゆる魔族をこの手に従え、魔領全土の力を束ね、人族に対抗する! 貴様らには、栄えある我が最初の配下として働いてもらうこととなるだろう! 家族を、自らの故郷を、大切なものを守りたいという意志があるならば、この俺に力を貸すが良い!」


「我らが魔王、ディルグ様!」


 真っ先に、少女の合いの手が聞こえた。


「わ、我らが魔王!」


「最強の魔王、ディルグ様!」


 その声に呼応するように、兵士たちが俺を魔王と認める声をあげていく。

 多くの声が、謁見の間に響いている。

 ……キュールグラードを、本当に支配した。

 遅れて、その実感がようやく湧いてきた。


 ――朝日が差し込み、俺の先を照らした。

 高揚感からか、ふと、都合の良い予感がしてくる。

 きっとかつての光景を取り戻すのは……そう遠くない未来だ。


 拳を握り、そして掲げる。


「そうだ、我こそは魔王ディルグ! 貴様らの王であり――魔領全土を支配する、最強の魔王である!」







 式が終わって、兵士たちを持ち場に戻らせた。

 "俺の"玉座に座りながら、ほとんど人がいなくなった謁見の間を眺める。

 すると、特に何を言われるでもなく、ニニルがコップに水をトクトクと注ぎ始めた。


「いっぱい喋ったので、喉が渇いてるかと思いまして」


「あぁ、助かるニニル」


 差し出された水を飲み干すと、玉座のひじ置きにフェルナが座る。

 そして、背中から倒れ込むようにして、俺の膝の上に転がった。


「ディルグちゃん、魔王就任おめでと♡」


「ディルグ様が帰ってきたら、フェルナちゃんとすっごく仲良くなってるし、キュールグラードの魔王様になって就任式も始まるし、びっくりしちゃいました」


「仲良しだもん、ねー♡」


 フェルナは、俺の下腹に頬を押し付けるような形で、べったりとくっついている。

 膝の上でじゃれるペットの小動物のような体勢だ。

 ……だが、決して仲良しなどではない。

 むしろ、こうベタベタと触れられれば、魔王としての威厳が落ちるとすら思っている。


「フェルナ……まだこの魔王ディルグへ不敬を働くことの恐ろしさがわかっていないようだな。それに貴様、いつまでディルグちゃんなどと呼んでいるつもりだ。魔王様と呼べ」


「え~♡ じゃあ、ディルグちゃんが私のいっちばん自信あるコトで、勝負してくれたらイイよ?」


「ほぉ? いいだろう。結局、貴様とは直接決着をつけていないからな。鼻っ柱をへし折ってやらねばならんと思っていたところだ」


 売り言葉には買い言葉。

 魔王たるもの配下からの挑戦は受け、完膚なきまでに叩き潰さねばならない。

 フェルナの重力魔法程度、エーテルを使った身体強化なら簡単に無効化できる。

 五秒までという縛りはあるが、それは今のフェルナの実力では決して超えることのできない五秒でもあるのだ。


「ディルグちゃんって頭の中、そういうことしかないんだぁ。……じゃ~あ、そのうち"夜"に行くから待っててね♡」


「ククク、これまでの無礼を清算してやろう。貴様の重力魔法を正面から打ち破り、『ごめんなさい』と謝らせることでな!」


「ディ、ディルグ様だめですっ! フェルナちゃんが言ったのはそういうことじゃなくって……!」


 フェルナのニマーッとした表情を見て、ニニルが何かに気づいたように慌てる。

 しかし、その言葉を遮るように謁見の間に一人の女が入ってきた。


「やっほー、ディルグ。ボクが会いに来たよ」


 俺のことを様付けで呼ばない女は、フェルナを除けばこいつ一人だ。


「……アルメディア」


「いやぁ、キミなら刻紋さえあればすぐにでもこの地を支配できるとは思ってたけど、一晩で、っていうのは流石に早すぎるよ。就任式、遅刻しちゃったじゃないか」


「普段から式典になんぞ出てこないだろうが」


 遅刻したとは言うが、おそらくこいつは面倒な式典に出たくなかっただけだ。

 俺と別れた時点で、監視ゴーレムの一体でも飛ばしていたのでなければ、この耳の速さはありえない。

 一部始終をシレッと出歯亀していた、などということも十分あり得るだろう。


「用件があったら来るさ。早速刻紋を使ったみたいだからね。……そっちの元副官様のせいで、ちょーっと無理したんじゃないかな? 五秒、多分ギリギリだったでしょ」


 アルメディアが、俺の斜め後ろに立つシャルミアに視線を向けながら言う。

 やはり、一部始終を見ていたらしい。


「……その件については、反省しております。今後、魔王様に相談の無い独断行為は、二度といたしません」


 淡々と、反省の言葉を述べるシャルミア。

 そこに感情は全くこもっていないが、こいつはそういう魔族だ。

 そしてふと、フェルナがシャルミアに向かって言う。


「シャルミアちゃん、ジュース」


「どうぞ、フェルナ様」


 どこに持っていたのか、ジュースをコップに入れてフェルナに差し出すシャルミア。

 突然小間使いの真似事を始めたシャルミアに、アルメディアの目が点になる。

 ……フェルナに事実を伝え、シャルミアの処罰に関して言われた事がこれだ。

 シャルミアを自分の配下にする――シャルミアが副官に戻れば、この五年自分の配下として顎で使っていたシャルミアに対して、態度を改めなければならなくなる。

 どうやら、それをしたくなかったらしい。

 もちろん軍事や諜報に関してだけはシャルミアに命令を出すことを禁じたが、それ以外はフェルナの顎で使われる下僕である。


 アルメディアが、どこか憐れむような顔でシャルミアを見た。


「……ま、シャルミアのことはどうでもいいんだ。ボクの目的は刻紋だからね。ほらディルグ、脱いで脱いで」


「いいだろう」


「さぁさぁ、刻紋に負荷がかかり過ぎた箇所はないかなぁ~っと」


 どうやら頭の中は、既に俺の刻紋が使用した結果どうなったかで一杯らしい。

 上半身の服を脱ぎ、アルメディアの前に背中を晒す。


「うんうん、良好だね。魔力が通りすぎて断線した箇所もないし、劣化もほぼない。一回や二回使ったぐらいじゃ全然問題なさそうだよ」


「ならばいい」


 さっさと服を着ようと、シャツに手を伸ばす。

 すると……フェルナが、俺の横腹を見て言った。


「あれ? ディルグちゃん傷があるね。もしかして、人族と戦った時に怪我しちゃったの?」


「……怪我だと?」


 見てみれば、そこには刃で斬られたような傷があった。

 だが、すぐに察する。

 これはただの古傷だ。


「五年前、勇者にやられた傷だな。昨日の件とは関係ない」


 再生の秘跡には、傷が完治するまで、対象者を眠らせ続けるという機能がある。

 傷が完治すれば自然と起きるが、治療中の眠りは自力による解除ができるものではなく、中途覚醒は他者によって起こされることが必要となる。

 つまり、俺に傷が残っているということは、ニニルがちょうどいい頃合いを見計らって俺を起こしたということだ。

 改めて自分の肉体をよく見れば、目立たないものの、古傷をいくつか発見することができた。


「身体は問題なく動くが、表面的な傷はところどころ残っている、か。……ニニルは本当に良いタイミングで俺を起こしたな。偶然とはいえ人族の襲撃がある日に起こすとは」


 とりあえずニニルを褒めておく。

 俺の肉体を守っただけでも功績と言えるが……フェルナの命を救ったのは、俺を起こしたこのタイミングの方だろう。

 しかし、ニニルはキョトンと首を傾げた。

 どうにも、俺の言うことが理解できない、という雰囲気だ。


「……起こしてません」


「なんだと?」


「わたし、ディルグ様のことは起こしてません。わたしは、ディルグ様が起きるのを、ずっと"待っていた"んですから」


 ……ニニルでは、ない?


「なら、アルメディアか?」


「え? 違うよ、ボクじゃない。ボクもキミには全快してほしかったし、起こしてない」


 アルメディアも否定する。

 こういう場面で嘘をつく奴ではない、おそらく信じても良いだろう。


「どういうこと?」


 フェルナ……はあり得ない。


「……私はディルグ様が生存していたことすら、知りませんでしたので」


 シャルミアも違う。


 ――目が覚めた時、その瞬間の記憶を思い出す。

 そうだ。

 確かにニニルはその時眠っていて、俺が起きたことに反応して、ニニルが起きたのだ。

 俺を起こしたのは、ニニルではなかった。

 

 だが目覚めた時、確かに感じた。

 ……そう、誰かが呼んでいた気がしたのだ。

 その声に惹かれるようにして、俺は目を覚ました。


 五年ぶりに人族の使徒が襲撃してきたという、契機の日。

 誰も入ることができないはずの、崩壊した地下遺跡。


 俺を起こしたのは……誰だ?

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屈強魔王はまた"マケ"る ~弱者認定された元最強魔王様による力で"わからせ"る魔領統一~ 幼馴じみ @osanana_jimi

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