魔領を統一するためのすっごくイイ方法

 手の中の矢が、サラサラと灰に還っていく。

 そこには、既に『神力』は感じられない。


「今度こそ終わったようだな」


「……なに、いまの」


 ぺたんと尻もちをついているフェルナ。

 まぁ、フェルナから見れば何が起こったのかわからないだろう。

 気分よくゴーレムを吹っ飛ばしていたら、目にもとまらぬ速度の矢が飛んできて、更にそれ以上の速度で追ってきた俺が矢を握りつぶした……。

 混乱しても仕方がない。

 しかしフェルナは、ふと呟く。


「そうだ今のって……あの時、パパを撃った矢だ」


「……」


 そういえばこいつも、翼人族族長ファルコが死ぬところを見ていたんだったか。

 純白の燐光を放つ矢など、魔族はおろか人族の魔法にもそうそう存在しない。

 フェルナが何かを察したように、ため息をつく。


「じゃあこのゴーレムって、ただの囮だったんだ」


「ほう?」


「歯ごたえないなって、思ってたの。パパを殺した人族がこんな弱いはずないって。……キュールグラードじゃなくて、ほんとは私が狙われてたんだね」


 自分が父の仇に、同じように殺されようとしていた……それだけでなく、大筋の流れまで理解したらしい。

 流石にシャルミアがこの件に深く絡んでいたということまでは説明してやらねばわからんだろうが、頭の回転が悪いわけではないようだ。


「正解だ。貴様はまだ未熟だが、頭が良いな」


「ディルグちゃんは気づいてたんだ」


「安心しろ、使徒『神弓』は既に俺が倒してきた。もう二度と奴に狙われる危険はない。……怪我はないか?」


 まだ、地面に座り込んでいるフェルナ。

 手を差し伸べながら、その姿を上から下まで軽く見る。

 外傷はなさそうだ。

 フェルナはおずおずと迷いながらも手をとって、立ち上がった。


「……うん」


 返事をするフェルナの顔が少し赤い。

 ぼーっとしているようにも見えるが、まぁおそらく、死に瀕したことに動揺しているのだろう。

 そんなことを考えていると、フェルナが窺うように聞いてくる。


「ねぇ……どうして守ってくれたの? ディルグちゃん、私を倒して魔王に戻りたかったんじゃなかったの?」


「目の前で魔族が殺されるのを、放っておくわけがないだろうが」


「……そんな理由? でも、私だって今の魔領のこと少しは知ってるんだよ? 私が……『新世代』がここで死んでた方が、きっとディルグちゃんの魔領統一って、しやすかったんじゃないの?」


 フェルナは納得していないような顔をして、さらに聞いてくる。

 ……頭が良いのも考えものだな。


 確かに魔領の統一は急務だ。

 俺の目的は、魔領に再び長い安寧の日々を取り戻すこと。

 その大義のためならば、シャルミアが考えたようにここで一人の魔族を犠牲にする……その選択も、一つの手段としては間違いだと断言できない。


 『散った兵士が守りたかったものを代わりに守るのが生き残った者の務め』『誇り高き牛鬼族戦士としてガキを犠牲にするなどありえない』……信念はあるが、それは言ってしまえば俺のわがままみたいなものだ。

 魔領を救うという大義の前に、本来置いていいものではない。

 だが……。


「まぁ……貴様を特別守る理由は、あるといえばある」


「あるのっ!? ねぇ、それってどんな理由!?」


 フェルナが、期待に満ちた瞳で見つめてくる。

 その目の意味はわからんが『期待している』……その意味では、俺も同じなのだろう。


「言ったはずだ。俺が作るのは、かつてない程に強力な魔王軍だと。貴様はファルコに代わってこの地を五年間守ってきた、強大な力を持つ『新世代』。……フェルナ、貴様が俺には必要なのだ」


「ふぅん、そうなんだ。……"私が"必要なんだ。欲しいんだ。……そうなんだぁ♡」


 フェルナは俺を見ながら、なぜか頬を緩ませた。

 まぁもちろん『期待』であって、まだガキであるフェルナなど、配下にしたとしても戦場に出すことはないわけだが。

 そして……無駄話はこれぐらいでいいだろう。

 俺は、フェルナに向かって宣言する。


「だからこそ、貴様とは決着をつけねばならん!」


「決着……?」


「魔王の座も、キュールグラードも、この俺に返してもらう! 貴様を力で屈服させることでな! さぁ、かかってくるがいい。今度こそ、貴様にこの魔王ディルグこそが真の魔王なのだと認めさせてやろう!!」


 強大な重力魔法を使うフェルナとは、戦う場所も選ばなければならない。

 しかしここならば、フェルナと俺が本気で暴れても被害はでないだろう。

 来る前に使っていた広域の『感知』で、既にこの周囲に危険がないこともわかっている。


 エーテルは既に五秒きっかり――上限まで使い果たしたが、踏ん張り時だ。

 今は、多少の無理をしてでもここでフェルナを打ち倒し、キュールグラードの実権をこの手に握るべき。

 そんなことを考えていたのだが、フェルナからは予想外の言葉が返ってきた。


「いいよ、かえしてあげる♡」


「……な、なんだと?」


「ディルグちゃんが魔王で良いって言ったの♡」


 一瞬騙し討ちの類かと警戒するが、そういう様子でもない。


「だってディルグちゃん、思ってたより強かったから。……それに、私だってニニルに死刑になってほしいわけじゃないもん。もやもやしてたんだよ? ディルグちゃんが弱かったらパパが守ってきたキュールグラードがめちゃくちゃになっちゃうし、でもディルグちゃんを魔王にしなかったらニニルが大変なことになっちゃうし」


「ほ、本気で言っているのか?」


「うん。今日で魔王、やめまーす♡」


 望んだ展開ではあるのだが、こうも素直にいかれると肩をすかされた気分だ。

 いや、確かにフェルナはニニルと仲が良かったが。

 だが、いくらなんでも聞き分けが良すぎるように感じる。

 ……気のせいなのだろうか?


「だから、幹部待遇でよろしくね♡ 今更グレゴールとかと一緒は嫌だし」


「き、貴様のようなガキが幹部だと!? 貴様の力が必要だとは言ったが、ガキなど戦場に出す気もない! 百年は早いわ!」


 グレゴールは軍団長……いや、黒鴉氏族だけならば一つ下の部隊長クラスか。

 軍の中ではそこそこ偉い方だが、それでも幹部からは遠い。

 魔王軍幹部というのは、それこそ種族一つを治める族長クラスでなければなることのできない位階だ。

 アルメディアのように種族の族長でもないのに幹部になるなど、そうそうできることはでないのである。


「え~、じゃあ、ニニルみたいな直属の従者でもいいよ? ……ツノ磨き、してあげるって約束したもんね♡」


「……まぁ、そのあたりが落としどころだろうな」


 『新世代』は、利用すれば強力な戦力となる。

 誰かの下に預けるということは、それだけでパワーバランスを崩す行為だ。

 ならば、魔王である俺の直下以外に置き場はない。


 ……ふと、遠くの監視塔の方から炎弾が二発、二発、一発の回数放たれるのが見えた。

 おそらくシャルミアだ。

 このサインは、『こちらは異常無し』の意味である。


「シャルミアは……まぁ、放っておいても後始末は勝手にするか。まずは貴様をキュールグラードまで送ってやる」


 せっかく助けたガキが、道中魔獣に襲われて帰れませんでした、では何の意味もない。

 流石に転移魔法を使う余裕はないため、徒歩にはなるが。


「フェルナ、帰るぞ。ついてくるがいい」


「うん!」


 良い返事とともに、背中にポン、と軽い衝撃があった。

 同時に、首に手が回される。

 ……まるで、子供をおんぶしているような体勢だ。

 そして、フェルナは懐いた犬かなにかのように、頭を首筋に擦り付けてくる。


「貴様……何をしている。ちゃんと自分の足で歩け」


「やだぁ♡」


 忠告するが、フェルナは聞く耳を持たない。

 むしろ面白がるように、僅かな身体を押し付け、強く抱き着いて来た。

 そして、クスクスと笑いながら囁いてくる。


「実はね、キュールグラードを返してあげるの……ディルグちゃんの強さとか、ニニルのことだけが理由じゃないんだ。私、さっきディルグちゃんに助けてもらった時にね、魔領を統一するためのすっっっごくイイ方法考えちゃった♡ ビビーンッてきたの」


「良い方法、だと……?」


 こいつはガキにしては頭が良い方だ。

 『新世代』の台頭によって分裂した魔領だが、やはり俺は『旧世代』。

 『旧世代』側からしか、おそらくモノを見ていない。

 ……もしかすると、『新世代』側から見れば、本当に画期的な解決策のようなものがあるのかもしれない。


「知ってる? 『新世代』って、性別的に魔力適正が高い女の子しかいないの。みーんなすっごくかわいいんだよ?」


「それで?」


「ディルグちゃんは『新世代』と比べたらやっぱりよわよわだけどぉ……力で勝てなくっても、みーんなまとめてディルグちゃんがお嫁さんにしちゃえば、誰も血を流さず魔領を全部手に入れられると思わない? 私、そうなるように手伝ってあげる♡」


 頭の回転が早い奴だと思ったが、撤回だ。

 こいつは馬鹿だ。

 底抜けのアホである。

 ガキと結婚するなど、普通に考えてあり得ない。


「く、くだらんことを……! それに誰がよわよわだ誰が!」


「良いアイディアなのにぃ……。いいもん、勝手にしちゃうから」


「あと、呼び方も魔王様に戻せ。ガキといえど不敬は許さんぞ!」


「え~~~、それはヤダ♡」


 プツンと、頭の血管が切れる音がする。

 ……これだからガキの相手は嫌いなのだ。


 そうしてフェルナをキュールグラードに送り届け終えたのは、朝日が昇りかけた頃だった。

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