くくくっ。気の強い女は嫌いじゃないぜ

わだち

第1話

 僕は気の強い女性が好きだ。

 誰が相手だろうと物怖じしない。自分の信念を胸に突き進む。


 その姿は気高く、美しい。


 だが、気の強い女性の一番良いところはそこではない。

 最も良いところは、気が弱くなった時だ!


 もう一度言おう。気が弱くなった時だ!


 普段は気の強い女性が、気が弱い一面を見せる。そこがどうしようもなく可愛くて、愛おしくて……最高なのだ!!


 だから、僕は肉体を鍛えた。頭脳を鍛えた。ガラの悪い男を学んだ。制服を着崩し、女性の腕を掴んで、僕は今日もこう言うのだ。


「くくくっ。気の強い女は嫌いじゃないぜ」


***


「いい加減にしろ」


「今週でもう五件目。鈴木、自分がヤバイ人間だって自覚はあるのか?」


 風紀委員が利用している教室で、僕は今日も風紀委員長である一つ上の風間先輩に叱られていた。


「僕は正常です」


「正常な人は、五回も注意されれば学ぶ」


 ため息をつき、顔を顰めながら頭を抱える先輩。黒い長髪に、つり目。可愛い系というよりは、美人でかっこいい系だ。男子よりも女子にモテるタイプの女性。

 正しく、僕が望む気が強い女性。今日も美しい。今日、声を掛けた女性は残念ながら、気が強いレベルが及第点には届かなかった。だが、先輩と出会えたのであれば、そんなことは気にならなくなる。


「聞いているのか?」


「勿論です!」


 先輩の言葉に即答する。

 それにしても素晴らしい。今、僕に向けているジト目も実にポイントが高い。


「とにかく。相手の方も、お前が知り合いだから大事にしなくていいと言っているが、もう相手の腕を勝手に掴む行為はやめろ。いつかセクハラで訴えられるぞ」


「ですが僕には、気の強い女性を見つけるという使命が!」


「そんな使命はさっさと捨てろ。ほら、分かったらさっさと帰れ」


 シッシッと手を振る先輩。既にその目に僕は映っていない。これが僕は悔しい。

 先輩にとって、僕はあくまで手のかかる一生徒止まりだ。このままでは、何時までたっても僕は先輩の弱っている部分を見ることなどできない。

 かといって先輩の腕を取って、「くくくっ」をしようにもそれは出来ない。先輩は僕が「くくくっ」をしようとするたびに、驚異的な反応で僕の腕を躱し、そのまま僕の腕を掴んで一本背負いしてくるのだ。

 僕の予想では先輩の戦闘力は僕を遥かに超越している。悔しいが、今の僕では、先輩を力で超えることは不可能と言っていい。


 力で勝てない以上、する気はないが、先輩に乱暴して気が弱くなる部分を見ることは不可能と言っていい。

 ならばどうするか?


 精神的に攻める。これしかない。やはり一番効果的なのは弱みを握ることだろう。


「くくくっ。今日はこれくらいにしておきますよ。ですが、精々夜道には気を付けることですね!」


「やれるものならやってみるといい」


 こちらを見もせずに先輩はそう言った。


 ちくしょう……。僕のことはアウト・オブ・眼中ってことか……。

 覚えていやがれ!


 捨て台詞を口に出すと三下っぽくなるので、何も言わず不敵な笑みを浮かべながら僕は教室を後にした。


***


 早速、僕は先輩の帰り道の後を付けることにした。

 三十メートル程度距離を空けてついて行く。何故三十メートルかというと、十メートル程度ではバレそうな気がするからだ。

 今の時刻は十八時。人通りは多いが、僕と先輩は顔見知りだ。顔を見られればほぼ確実にバレてしまう。


 それにしても、先輩は駅へ向かっているように見える。先輩は電車通学だっただろうか?

 そんなことを考えていると、先輩が有名なファストフードチェーン店に入っていく姿が見えた。

 ま、まさか! あの風紀委員長である先輩が帰り道にファストフード店に!?

 いや、彼女も華のJKだ。ファストフード店くらいよるだろう。


 だが、風紀委員長が帰り道に買い食い。これを利用すれば……。


**<僕の妄想>**


「号外! 号外!! あの風紀委員長がファストフード店で買い食い! しかも夕食前に!」


 僕が校門でばら撒く風紀委員長がハンバーガーを頬張る写真の乗った記事が多くの学生の目に留まる。


「なっ!? あの委員長が!?」

「そんなことしたら夕食が食べれなくなってしまいますわ! そんな悪いことをするなんて……失望しました!」

「まあ! ナイフもフォークも使わずにこんなに大きな口を開けて食べるなんて……お行儀が悪いザマス!」


「うう……もうやめてくれぇ……」


 涙目で僕に縋りつく先輩。


「くくくっ。普段の気の強さはどうした?」


「うぅ……。頼むから許してくれぇ……」


「ははは! あーっはっはっはっは!!」


 涙目で僕に上目遣いをする先輩を見て、僕は高笑いするのであった。


**<おわり>**


 くくくっ。中々悪くないな。

 よし。この作戦を成功させるために、僕もファストフード店に入るとしよう。


 ファストフード店の店内はそれなりにお客さんがいた。一先ず列に並んで、イートインスペースを眺める。


 あれ? おかしいな。先輩の姿がない。


 目に見える範囲内ではあるが、イートインスペースにいる人は一人一人しっかりと確認した。だが、どこにも先輩の姿は見当たらない。


 もしかして、同じ高校の生徒に見つかることを恐れて奥の方で食べているのか? その可能性は高い。なら、注文を済ませた後に探すとするか。


「次の方、どうぞ」


 タイミングよく僕の番が回って来たらしい。早速、店員さんの前に立ち注文するとしよう。


「なっ! お前は!」


 店員さんの動揺する声が耳に入る。顔を上げた僕の目には、驚きの光景が映っていた。


「え……先輩!?」


 そこには店員の格好をした先輩の姿があった。


 コスプレ……? いや、それならレジ打ちをしていることがおかしい。ということは、アルバイトか?

 確かに、ウチの学校はアルバイトOKだ。

 くそ! これじゃ、僕の計画は破綻してしまう!


「まさか、お前に見つかるとはな……。はあ。一先ず注文をどうぞ」


 苦々しい表情を浮かべた後、ため息を一つ着くと先輩は営業スマイルを浮かべる。

 僕の後ろにお客さんもいるし、これ以上ここで時間を使うわけにはいかない。


「えっと……。じゃあ、このシェイクとポテトのMサイズで」


「シェイクとポテトMですね。以上でよろしいでしょうか?」


 頷こうとしたところで、僕はメニュー表に移るとある品を見つけた。この商品は……!


「いえ。もう一つ追加注文してもいいですか?」


「はい。何でしょう?」


「スマイルを一つ。上目遣いで気弱風にお願いします」


「……!」


 先輩の瞳が微かに揺れた。こういう形とはいえ、先輩の気弱な笑顔が見れるなら見ない選択はない。

 正直、やってくれるかは微妙だが、先輩は真面目な人だ。恐らく、やってくれる。


「かしこまりました。……ご注文ありがとうございます」


 上目遣いに若干潤んだ瞳。本当に気弱な人にしか出せないであろう程のリアリティを含んだありがとうは、僕の想像を遥かに超えていた。

 気付けば、僕はポテトとシェイクを持って、席に座っていた。相当な時間が経過していたのだろう。ポテトはもう冷めていた。


 びっっっくりした。

 先輩は僕好みの強気な女性だ。だからこそ、作った弱気な姿なんて大したことないと思っていた。

 だが、先輩の笑顔はまるで普段から弱気な人のように自然なものだった。だが、先輩は強気な女性だ!

 いや、もしかして僕が知らないだけで先輩は弱気な女性なのか? でも、普段の先輩の態度からはそんな姿は想像が出来ない。


 冷めたポテトを食べながら考えるが答えは一向に出る気配は無かった。やはり、僕は先輩のことをあまりにも知らなさすぎる。当初の予定通り先輩の情報を集めた方がいい。

 もし、その結果で先輩が弱気な女性だということが分かったとしたら……いや、今はそのことを考える必要はない。


 ポテトを食べ、シェイクをゆっくりと飲みながら僕は先輩のバイトが終わる時を待つことにした。


***


 レジから先輩の姿が消えてから数分後、先輩は店の裏口から出てきた。

 十分に距離を離してから先輩について行く。時刻は既に夜二十一時。人通りはかなり少ない。

 不意に、誰もいない道で先輩の足が止まる。いつの間にか、先輩の前には制服を着た男女がいた。


 先輩の友達だろうか? いや、それにしては先輩の様子が少しおかしい。

 ここだと遠すぎて話が聞えない。もう少し近づいてみるか。


 先輩たちにバレないように、ゆっくりと近づいて行く。すると、徐々に先輩たちの話し声が聞こえるようになってきた。


「えー! 風間、こっちの学校通ってたんだー」

「うわ! 本当だ! てか、髪伸ばしたんだな」


 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、男が先輩の髪に触れる。


「っ! 触るな!!」


 男の手が触れた瞬間に、先輩が男の手を強く払いのける。


「っ! ちっ。いってぇな……」


「あ、すまない……」


「ああ!! 聞こえないんだけど!!」


 先輩を怒鳴る男。その言葉で先輩が怯えた表情を浮かべる。


 なんだよ……その顔。いつもの先輩なら、もっと堂々としてるはずなのに……。


「まあまあ。落ち着きなって。風間もごめんね。こいつ、ちょっと頭に血昇っちゃっててさー」


 金髪の女がケラケラと笑いながらそう言った。


「い、いや……。私の方も、すまなかった。それじゃ、私はもう行くから」


 先輩は謝ると、話を切り上げ、立ち去ろうとする。


「ちょっと待ってよ」


 だが、金髪の女は先輩を逃がしはしなかった。


「私たちさー。今、ちょっとお金なくて困ってるんだよね。だから、前みたいに、五万円貸してくんない?」


「な……!」


「明日の夜九時に近くの公園で待ってるからー。来なかったら、またあの時みたいになるかもね」


 金髪の女性はそう言うと先輩の肩をポンと叩き、姿を消した。その間、先輩は何かに怯えているように見えた。

 その姿は、強気で自信のある普段の先輩からは想像できないほど小さく見える。


「先輩?」


 その姿を見ていられなくなり、つい声を掛けてしまった。


「っ! ああ……。お前か」


 一瞬、怯えた表情を見せたが、話しかけた相手が僕だと分かった瞬間に、先輩は安堵の表情を浮かべる。


「あの、さっきの人たちって誰ですか?」


「……気にするな。お前には関係ない」


 これ以上、何も聞くな。先輩はそう目で脅してきていた。だが、先ほどの小さな背中を見てしまったせいか、その目に怖さは感じなかった。


「それより、こんな時間にこんなところで何をしている? 早く帰れ」


 話をすり替える先輩。風紀委員長としてはそれが大事なのだろう。

 だが、僕にとってそんなことはどうでもいい。


「……お金、渡しませんよね?」


 先輩の顔が僅かに強張る。


「聞いていたのか……」


 あの二人と先輩の関係を僕は知らない。

 でも、僕の好きな強気な先輩ならきっとあの二人にお金を渡さない。あんな脅しに屈したりしない。

 そう、信じたかった。


「お前には関係ない」


 弱弱しい声で先輩はそう呟いた。


「渡すんですか!? 五万ですよ? そんな大金渡す必要なんて――」


「お前に何が分かる!!」


 先輩の叫びが僕の言葉を遮る。


「もう一度だけ言う。お前には関係ない。これは、私の問題だ。お前も、早く家に帰れ」


 先輩はそう言って、僕を睨みつけ、その場から立ち去った。


 違う……。僕に関係ないことだってことくらい、分かっている。僕はただ先輩の口から聞きたかっただけだ。

 渡すわけないだろ。そう言って笑い飛ばして欲しかっただけだ。

 どうして、そんな悲痛な表情を浮かべてたんだ。何で、そんなに苦しそうな顔で必死に強がるんだ……。


 僕は強気な先輩が好きだ。

 でも、僕の好きな強気な先輩は、自信に溢れてる先輩なんだ。


 僕は、あるのかも分からない先輩の弱気な一面を見たいと思っている。

 でも、これは違う。

 こんな形での、弱気な先輩は……何か違う。

 上手く言葉にできないけれど、これは僕が望んでいたものでは無いということだけは間違いなく言いきれた。


 だから、僕がするべきことは一つだけだった。

 

***


 翌日の夜。僕は静かに公園でその時が来るのを待っていた。

 日中、僕はひたすらに情報を集めた。

 そして、先輩に関するとある事実を知った。


 どうやら、先輩は中学の頃いじめられていたらしい。

 今でこそ先輩は強気な女性だが、中学生の頃はどちらかというと弱気な人だったらしい。

 そのため、クラスメイトのかなり気の強い女子たちからいじめを受けていたらしい。

 初めて聞いた時は嘘だと思った。だが、昨日の先輩の態度からして、恐らくその話は正しいのだろう。


 ここからは僕の推測でしかないが、先輩は弱い自分が嫌だったのではないだろうか? だからこそ、高校では思い切って強気な自分になれるように努力した。

 強気な先輩は先天性のものでは無く、先輩がそうなりたいと願い獲得した後天的なものだったのだろう。

 そう考えると、先輩の本当の姿は弱気な方なのかもしれない。だからこそ、僕がお願いした弱気な笑顔も自然なものに見えたのだろう。


 それでも、僕は――。


「いやー風間の奴来るか?」


「来るよ。あの子は絶対に来る。中学時代のトラウマは、そう簡単に克服できるわけない」


 どうやら公園にあの男女が来たらしい。それなら、僕も準備を整えていく必要がある。


 僕が準備を進めている間に、時計の短針が九を指した。そして、公園に先輩が姿を現した。


「ここに来たってことは、五万円持ってきてくれたってことだよね?」


「……これで、最後にすると約束して欲しい」


 先輩は弱弱しくも、はっきりとそう言った。


「えー? 何で? 私たち友達じゃん」


「それは、違う。お願いだ……。もう、これで勘弁してくれ……」


 先輩が封筒を差し出し、頭を下げる。その姿を金髪の女は気に入らなさそうに見下ろしながら封筒を受け取った。


「……あんたみたいな金づる。逃すわけないじゃん。剛士。何かこいつ分かってないみたいだから教えてあげてよ」


「おう。任せろ」


 男が前に出て先輩の腕を掴む。その腕を振り払おうとする先輩だったが、男の力が強いせいか、振り払うことが出来ていなかった。


「……っ! 放せっ!」


「おいおい。暴れんなよ。それにしても、成長したよなぁ。あんなちんちくりんだったお前がよお」


 もがく先輩。だが、両手を背後から抑えられ何も出来なくなってしまう。


 これは不味いな。どうやら僕の出番のようだ。


 隠れていた場所から飛び出す。


「ねえ。風間。私さ、中学の頃に言ったよね。絶対に逃がさないって。次、逃げようとしたらあの時の続きをさせるって。正直さ、私ね、勝手にあんたが私たちの学校から消えたことも怒ってるわけ。それを許してまた関係を再構築してあげようって時に、もう終わりにして欲しい? 調子に乗るのもいい加減にしろよ!!」


 金髪の女が手を振り上げる。先輩をビンタするつもりなのだろう。だが、そうはさせない。


「そこまで」


 金髪の女の腕を僕が掴む。


「なっ!! あんた誰よ! てか、何よその格好!!」


「くくくっ。気の強い女は嫌いじゃないわよ」


 金髪の女が僕の手を振り払い、僕に怒鳴りつけてくる。その声には困惑も含まれているように感じた。

 突然現れた僕に動揺しているのであろう。それでも強気な態度を崩さないところは好印象だ。


「は、はあ? あんた、もしかして男? いや、絶対に男でしょ! どんな格好してんの! きも!!」


 ギャーギャーと僕を罵倒してくる金髪女。


「初対面の相手にキモいなんて、常識がなってないわね。それと、私は女よ」


 そう。僕は、今は女の子なのだ。

 いや、正しくは女装しているだけなのだが……。


「はあ!? 女装している変態男だけには言われたくないんだけど!」


「私は女よ!!」


「う、嘘つくんじゃ――」


「女よ!!!」


 金髪女を睨みつける。圧では絶対に負けない。教えてやろう。本物の強気な女性というものを。


「さて、それじゃ今度はあなたね」


「なっ! 私を無視するんじゃ――」


「黙れい!!」


 きっちりと声の圧で金髪女を牽制し、先輩の腕を掴んだままの男に一歩近寄る。


「な、何だてめえは! き、気持ち悪い格好しやがって何が目的だ!」


「ふん! 一言言っていいかしら?」


「な、何だよ……」


「あんた。それでも男?」


 僕ははっきりとそう言ってやった。


「な、何だとお!! てめえにだけは言われたくねえよ!」


 男が顔を赤くして僕を睨みつける。その様子を見て、僕はため息を一つついた。

 この調子だと、この男は何も分かっていないようだ。


「その子の手を放しなさい」


「はあ? 誰がてめえの言うことなんか――」


「放せええええ!!」


「そ、そんな脅しに屈するかと――」


「放せと、言っているだろうがあああああ!!」


 男の顔に限りなく顔を近づけ、僕はそう叫んだ。男の顔に唾がかかってしまったかもしれない。申し訳ない。


「き、きったねえ! ちっ! 気持ち悪いな!」


 そう言うと、男は先輩の腕を放し、自分の顔を拭きだす。


「あ、あの……ありがとう。その、お前はもしかして――」


 解放された先輩の言葉を遮り、僕は先輩の片腕を掴んだ。


「え!? な、何だ急に! 放せ」


 見ておけ! 男なら、強気な女の腕を掴んだ時に、言うべきセリフは一つだ!!


「くくくっ。気の強い女は嫌いじゃないぜ」


「「「はあ?」」」


 僕以外の三人の声が重なる。三人とも困惑しているようだった。


「見たか?」


 男の方を向いて、僕は一言そう言った。


「は? え? 見てたけど……」


「なら、分かっただろう? ほら、そっちの金髪女にお前も僕がやったことをやってみろ」


「は、はあ? 何でだよ! わけわかんね――」


「や! れ!!」


 強気。どんな時でも強気が全てを解決する。


「こ、こいつ気持ち悪いよ! ちくしょう! 俺はもう帰るぞ!! 付き合ってられるか!」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」


「あ! お、おい!!」


 僕の呼びかけも虚しく、男も金髪女も何処かへ立ち去ってしまった。


 そ、そんな……。これじゃ、僕の『女装して強気な女を演じることで男女二人を弱らせつつ、先輩に強気な女性となることの素晴らしさを思いだしてもらい、最終的に先輩が強気な自分を取り戻し二人を乗り越えることで過去を克服する作戦』が……。


 ちらりと先輩の表情を伺う。先輩はポカンとした表情を浮かべ、呆然としているようだった。


 くっ……。こうなったらプラン変更だ。

 あの二人は勝手に何処かへ行ってしまったが、先輩は一応強気な女性に救ってもらったと考えているはずだ。

 後は、良い感じに強気な先輩を刺激するような感じでいこう。


「ふ、ふん! 口ほどにもない連中だったわね。あんな大したことない人たちに屈するなんて、あなたは弱虫ね!」


「……ああ。そうかもしれないな」


 おおおおい! 認めないで! 認めないでよ!


「認めるなんて、情けないわね!」


「ああ。そうだな」


 ……もう駄目だ。先輩の心はきっとポキッと折れてしまったんだ。

 うう……。僕はもう強気な先輩を見ることは出来ないのか……?


「そう……。それじゃ、私は行くわ……」


 先輩に背を向け、とぼとぼと歩く。心を覆いつくすのは絶望感だった。

 他にも強気な女性はたくさんいる。だが、もうこれまでの先輩が見れなくなることが無性に寂しかった。


「ちょっと待ってくれ!」


 一刻も早く帰って、布団に潜りたかったが、先輩に引き留められ足を止める。


「ありがとう。君のおかげで、私はもう少し強くなれそうだ」


 先輩は微笑みながらそう言った。その笑みが、弱気なものでは無いということだけは分かった。


 僕は何も言わずに、その場を後にした。


 少し強くなれたのなら、それは先輩自身の努力の結果だ。きっと先輩は中学時代の弱気な自分から本当の意味で少し強くなれたと言ったのだろう。

 先輩が何故強くなれたと言ったのか、その理由は不明だが、先輩が強くなれたのは喜ばしいことだ。

 でも、弱気な自分から少し強くなれたからこそ先輩がもう強気な自分を作ることはしないかもしれない。


 強気な先輩に会えないことだけが、唯一の心残りだった。だが、先輩の成長を祝福しようと思った。


***


 次の週の月曜日。

 この土日で散々涙を流した僕は、新たな強気な女性を探そうと学校中を歩き回っていた。

 だが、見つからない。いや、いるにはいるのだが全員過去に一度関わってきた人ばかりだ。

 新しい強気な女性は見つからなかった。それこそ、先輩という大切なものを失った僕の心を癒せるだけの人は、どこにも……。


 ふと、教室の窓から外を眺めてみた。すると、校門前であの悪名高い五里先輩に対して一歩も引かず服装の注意をしている女子の姿が目に入る。


 この学校で、五里先輩に注意できるのは先輩くらいだ。だが、あの女子は先輩とは似ても似つかぬ短髪。

 今までにあんな女子は見たことがない。僕の強気な女リストに入っていない中であれだけの猛者がいるなんて……!


 これは、行くしかない!!


 教室を飛び出し、向かうは校門。下駄箱で靴を履き替え、外に出る。

 短髪女子の後ろ姿が見える。背は若干高め。スタイルはいい。まるで先輩のようだ。

 だが、先輩のトレードマークと言ってもいい長髪とは全然違う短髪。

 たかが髪の長さ。されど、髪の長さだ。それだけで印象が大きく変わる。


 あの子は活発系の女子だろうか? それともクール系? なんにしてもあの五里先輩に注意するところを見るに相当気の強い女子であることには変わりない。


 生唾を飲み込み、ゆっくりと近づく。


 普段の僕なら、先ずは対話を試みる。いくら何でもいきなり相手の腕を掴んで、「くくくっ」なんて言ったら不審者として通報されても文句が言えないからだ。

 ある程度の友好関係を築いてからでないと、「くくくっ」をするべきではないのだ。


 だが、今日の僕は違った。

 強気な先輩を失い、直ぐにでも空いた心の穴を埋めたかったからだろうか?

 それとも、その女子がどことなく先輩に似ていたからだろうか?


 理由は分からないが、僕はその女子の腕を掴んだ。


「……っ! 誰だ?」


「くくくっ。気の強い女――え?」


 キッと僕を睨みつける女子にいつもの言葉を言おうとした。だが、その女子と目が合った瞬間に僕の頭は驚きで真っ白になった。

 何故なら、その短髪の女子は――。


「なんで?」


 ――先輩だったからだ。


「はあ……。またお前か。なんでって、今日は風紀委員の服装チェックの日だろう」


 ため息をつきながら、僕を見る先輩。だが、その表情は呆れ半分嬉しさ半分といった感じだった。


「か、髪が……」


「ああ。これか? ……髪の短い女は嫌いか?」


 少し不安げな表情を浮かべる先輩。普段の強気な態度とは別で、その態度は少し弱弱しい。そして、頬は若干赤くなっていた。


「ぐはあ!?」


 か、可愛すぎる! 何だこの可愛さは!?

 普段とのギャップ! 更に、照れ!? これは照れか!?


 その時、僕は気付いた。

 強気な女性が弱気になる瞬間は、とても可愛い。だが! 強気な女性がデレる瞬間もたまらなく可愛い!!


「だ、大丈夫か!?」


「大丈夫です……。先輩、やっぱり僕は強気な先輩が嫌いじゃない……いや、好きです」


 先輩に微笑みながらそう告げる。すると、先輩が口を開けて顔を赤くする。


 ん? あれ? 僕、今告白した?

 …………。

 ふおおおおお!! やっちゃったやっちゃったやっちゃったああああ!!


「せ、先輩! あ、あのこれは違うくてですね! いや、先輩が好きなのは違わないですけど、その恋人になりたいとかそういうのではなく……! と、とにかく! 僕は失礼します!!」


 恥ずかしい! 穴があったら入りたい!


 急いで、教室に戻ろうとする僕だったが、腕を先輩に捕まれた。


「……私も、女装してまで私のピンチに駆けつけてくれる男は嫌いじゃないよ」


 先輩は微笑んだ後、僕の耳元でそう囁いてから校舎に戻っていった。


 へ? バレてる?

 いや、そんなことより……可愛すぎるだろ……。


 始業のチャイムが鳴るまで、僕はその場で固まっていた。



 僕は、やっぱり強気な女性……。いや、先輩が好きだ。

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