第42話
「フィオナはそこまで結界を破壊していないはずだ」
「いや、奥方の話ではない。近頃我が国に不法侵入を繰り返す輩がいるのだ」
エドガー様が私を庇ってくれてほっとする。いえ、若干暴走しかけたことは揺るぎのない事実ではあるのですが。
「例の竜か」
「ああ。何を目的としているのかは不明だが、結界付近をうろつき、たまに侵入し、また出ていく。何かを探しているのかもしれんな」
海中の聖石を覗き込む。精霊様もといお魚さんはいなくなっていた。責任感があるのかないのか、親切なのか不親切なのかわからないが、精霊とはそのような存在だ。
これまでの話をまとめると、魔力の消費が激しいためにブリギッテさんの魔力を使っても追いつかず、定められた時より早く聖女としての寿命がきてしまう。そして次の聖女も育たない。
「わたくし、本当にダメな聖女ですね。皆さんにご迷惑をおかけして」
「ブリギッテ……そんな事を言わないでくれ。俺は君がいないとダメなんだ。もし周りが認めないと言うのなら、王位なんて捨てても構わない……」
「アーチー……愛してるわ……」
考え事をしている間に、二人はすっかり出来上がってしまっていた。私もこのくらい人目を気にせずにアツアツになりたいものである。
エドガー様はこのような二人の状態を見飽きているらしく、メガネを拭き、もう一度泉の中を覗き込んだ。
その背中を見ていて、突然のひらめきが舞い降りる。
「エドガー様。私、わかりました」
「?」
肩をガッと掴むと、全く何もわかっていなさそうな顔のエドガー様が振り向いた。
「私がこれに力を溜めておけばいいんですよ。そしてその間に結婚しちゃえばいいんです」
冷静に考えて、この石自体は自国のものと同じつくりに見える。お魚さんがこっそり私の魔力を使って誤魔化したと言うのなら──
エドガー様は驚くべき素早さで立ち上がり、私を引っ張り、壁の端っこまで連れて行き、低い声で「それはいくら何でもまずい」とつぶやいた。あっ、これっていわゆる壁ドンだったりします!?
「いいじゃないですか、減るものでもないですし」
いや、その場その場では減りはするのだけれど。全力でやればしばらくは何とかなるのではないだろうか?
「君なら可能なのかもしれないが、それは聖女という仕組みの根幹を揺るがす……」
「だって、明確な解決方法がないなら私たちはただ観光に来て、苦しみの最中にいる人たちにただ仲良くしている所を見せつけただけで終わってしまいますよ?」
「成果がないならないでいいんだよ。最終的にアーチーが議会を黙らせればそれでいいんだから……見ればわかるだろ? 喋りたいだけで勝手になんとかするんだから……」
あ、また少し素が出てきたと思ってしげしげと眺めると、エドガー様は再び表情をと理つくろった。
「君の親切なところは美徳だ。私が祖国に反抗して、二人に肩入れしているのも事実だ。理論的には可能だろう。しかしやってはいけない」
「もうお魚さんが実行した後だと先程判明したばかりじゃないですか」
「……それをしたところで、君に何も利点はない」
「ありますよ。このままこの国の結界がなくなってしまえば、いくら何でも王家にバレますよね? そうしたら私たち、のほほんと暮らしていけないですよね。情報収集を超えて、侵略してこいって命令されたら、どうするんですか」
「……確かに一理はあるが」
「王家に報告します? 私が他の国に肩入れをする不良聖女だって」
「しない」
「じゃあ、エドガー様が報告書に書かなければいいんですよ」
別にしなくても構わない、面倒くさい、人に言えないようなちょっとワルい事をする。それってエドガー様が私にしてくれた事と一緒なのだ。
アツアツの二人を引き剥がし、事情を説明するとブリギッテさんは泡を吹いて倒れそうになってしまったが、アーチボルド王は是非とも試してみてくれ、と前向きだった。やっぱり愛のためなら悪事をはたらくことも厭わないエドガー様のお友達なのである。
聖石に全力で魔力を注ぎ込んでいく。やっぱり聖女ってどこの誰でもいいんだな多分……。
「よーし」
自分の中の魔力を全て使いきる。これでしばらくは持つだろう。一息つくと、とてつもない疲労感が襲ってくる。
「大丈夫か?」
エドガー様は私を心配してくれているが、正直言って山に死体を埋めたぐらいの悪事をこなしていつバレるかヒヤヒヤしている人のような顔をしているので、むしろ心配なのはこっちである。
「疲れました!」
これは本当だ。石の中の魔力はほぼ空っぽなので、ほとんど吸い取られてしまってへろへろだ。こんなに疲れたことは今までにないかもしれない。
賞与を希望──と言いたいところだが、これは業務に数えられないので無理でしょうねえ。
『ありがと。節約する。異国の聖女に祝福を』
お魚さんはちょっと潤いが増したような顔をしている。うーん、王宮に帰った時に私も精霊様に話しかけてみようかな。
「あれ?」
立ち上がろうとすると、ふっと目の前が暗くなった。エドガー様に抱きかかえられる。
「力を使いすぎたんだ。馬車を寄越してくれ」
「うーん、とりあえずさっきの休憩室に連れて行って欲しいです……」
ああ、私、なんだかか弱い貴婦人っぽい。意識が遠のく、ってこの状態を言うのか。
「今日は王宮に泊まっていきたまえ。部屋を用意させよう」
「それがいいかもな。明日は特に予定を入れていないし……」
「聖女宮でお世話いたします。あまり公にはできない身分の方ですが、他の者は来ませんから」
ああ、私、今、かつてないほどにちやほやされている……! やっぱり仕事にはやりがいが必要ってこういうことかな。
よその国のお城に泊まる。このぐらいの役得はあっても構わないだろう。ついでにブリギッテさんには寝物語にエドガー様の思い出話などをもっとしてほしいところ。
「では遠慮なくお邪魔しようかと……」
そう答えた瞬間、宮殿を揺るがすほどの衝撃が走った。
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