第41話
「フィオナ、流石に……」
エドガー様が私の発言を遮ろうとしたが、引くつもりはない。
「現場を見ないとわかるものもわからないじゃないですか。聖女が正しい行いをしているというのなら、事態の深刻さに気がついて返答してくださるかもしれません」
アーチボルド様は立ち上がった。
「よし、そうしよう。なに、責任は俺が取る。ここ一番のひらめき、期待しているぞ」
「バカじゃないのかお前!?」
エドガー様とブリギッテさんは咎めるような視線を王に向けた。普通の人だと思ったけれど、この思い切りの良さ。やはりエドガー様のご友人なだけある。
そろりそろりと、四人連れ立って祈りの間へ向かう。いくら王が許可したとは言え、祈りの間は各国共通で最重要機密事項である。
「アーチーは当事者感が薄いからそんなことを簡単にしてしまうんだわ」
ブリギッテ様は元は自分の問題とはいえ、悪事を働くことに落ち着かないらしい。
確かに逆の立場で考えてみると、いきなり自宅のベッドに土足で乱入されたような気持ちになるかもしれない。
「エドガー、記録には残すなよ!」
アーチボルド王の念押しに、エドガー様は「あーはいはい」とでも言いたげに肩を上げた。えっ、何ですかそれ、とても仲良しアピールですか?
「おじゃまします……」
祈りの間は、青を基調とした全面タイル貼りの部屋だった。壁には細かいモザイクタイルの装飾が施されており、天井は高く、アーチ状になっている。
中心部に泉があった。タイルで縁取られてはいるが、中は岩場になっており、明かりを受けてゆらめく水面の奥は闇で何も見えない。
「外海につながっているのか?」
エドガー様は泉を覗き込んだ。彼は私よりずっと注意深いし、思慮深いが、この『人ならざるものがいる感覚』はわからないのだろう。それかとてつもなく神経が図太いか。
そもそも聖石はどこにあるのだろう、と思ったが、洞窟の内側に細かくついている結晶がその役割を果たしている様だった。他の国はこうなっているのか……。
「あ、いらっしゃいます」
ブリギッテさんの声に引き寄せられるように、魚影が上ってくる。
精霊はそのまま、水面に顔を出した。目が合う。
気まずい邂逅に、私は絶句した。
精霊様は、件の自宅から逃走した魚にそっくりなのだ。いや、本人に違いない。
「え……」
「フィオナ嬢、我が国の精霊様とお知りあいか?」
庭で捌こうとした時の事がありありと脳裏に蘇り、私は目線でエドガー様に説明を求めた。
「……まさかとは思うが。いや、どうか違うと言ってくれ」
「……」
お魚さんは口をパクパクさせたのち、ゆっくり、ゆっくりと事のあらましを語り始めた。
「本当に申し訳ない!!」
アーチボルド王は頭を深々と下げて謝罪した。ブリギッテさんは今にも失神しそうにふらふらしている。
「精霊様がどこからか魔力を調達して助けになってくれたはいいものの、それがまさかよそ様の聖女から吸い取ったものだったとは……」
この国の精霊様は、自分で魔力を調達しようと海をうろうろしている間、力が足りなくなり、あやまって網に引っかかってしまい、軒先に並べられ、そこを私に購入されたのだと言う。
自分の土地を離れたが故に、魔力が枯渇していて喋ることも出来ず、私が他国の聖女だと気がついた精霊さんは、これ幸いと力を吸い取り、命からがらなんとか転移魔法を使って逃げ出したとさ。そして残った魔力を使って結界を補強したのであった。めでたしめでたし。
「食べなくてよかった……」
もし魚屋さんであのまま捌かれていたら、今頃は外交問題になっていたかもしれない。クロウさんがご自慢の「代々伝わるなんかわかんねーけどすっげーよく切れる包丁」でバラバラにしてしまわなくて、本当によかったと思う。
『ごめんねぇ。ごめんねぇ。ちょっと、海底の結界を張るのに力を使いすぎちゃってて』
瞳がうるうるしている。憎めないお魚さんだ。どうやら、この国は空と海両方から侵略されているらしい。後学のために海底に何がいるのか聞いた方がいいような、聞きたくないような……。
「えー。それでだ。しばらくは保ったものの、やはり魔力が足りず、ここ数日は外部からの干渉が激しく。3、4回ほど結界を破られてしまった。幸い、聖女のお付きはブリギッテに好意的なのでまだ公にはなっていないが……」
「ん?」
私はそんなに干渉していない。せいぜい、2回だと思ったけれど……あれ、もしかして寝ている間に何かやらかしていたり?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます