第43話

飛びそうになった意識がギュンと引き戻されるほどの轟音。


「……なんだ? 火薬庫でも爆発したか?」

「それはそれで大問題なわけだが……あいにく、あちらの方向は軍ではない」

「パーティー会場のあたりから聞こえてきたように思いますが」


 天井から破片がパラパラと落ちてきた。エドガー様が上着を私の頭に被せてくれる。優しい。


 よろよろと宮殿から出ると、人々が散り散りになって逃げていくのが見えた。


「竜が出た!」と途切れ途切れに叫んでいる声が聞こえる。


『逃げるな逃げるな。俺はにぎやかなのが好きだ。何人たりとも、この宮殿から逃げること叶わぬ。ここから見ているぞ。一人逃げるごとに、村を一つ潰そうか』


 上空から声が降り注ぐ。やはり、この国に出入りしていたのは船に居た竜と同じのようだ。結界を強化する前に、すでに侵入していたのだ。


「……なんてこと」


 結界と結界の隙間を自由に行き来する古代からの支配者。『聖女』はそれに対抗するための仕組みだった。


 私は今まで聖女の存在意義を国境を定める人、程度にしか認識していなかったが、こうなってみると自分がどんなに責任の重いことをさせられていたのかよく理解できる。


 結界を破られてしまうと、こんな生き物があっという間に襲ってくるのだ。


「エドガー様、この前みたいに猫さんを呼べませんか?」


 力がなくても、ペンは剣より強しと同じく、言葉は暴力より強いかもしれない。とりあえずまた話をして追い払ってもらえれば……と思うのだが、エドガー様は力なく首を振った。とても魔力が足りないと言うのだ。


 この状況をなんとかしないと国が滅びかねない。船で教えてもらったことを試そうにも魔力は空っぽだ。


「ブリギッテさん、結界を強化して竜を弾き出すことは?」

「わたくしには、そこまでの調整能力はありません」


 再び轟音が鳴り響き、向こうの空が橙色になる。竜の炎が放たれ、城と市街地をつなぐ架け橋を壊したらしい、と説明を受ける。


『逃げるな、と言ったろう。次に変な動きをしてみろ。ぺしゃんこにしてしまうぞ』



「申し訳ないが俺は行く。どこかへ避難していてくれ。何、理由がわかれば対応のしようもある」


 何しろ俺はドラゴンスレイヤーの子孫だからな──と左手の指輪をひらめかせ、アーチボルド王とブリギッテさんは走って玉座の間へ向かってしまった。



「ひとまず、出るのは得策ではないが目立つのもよくない。どこか屋根のあるところへ行こう」


「……いいんですか?」


 エドガー様は私の目を見ず、肩を抱いた。


 王だから。守護を仰せ付かる聖女だから。日々のパンと寝床に困らない代わり、いざというときはその身を投げ出して矢面に立たなくてはいけない。


「……本当は、二人の事が心配なんじゃないですか。できることは何もなくても、力を合わせたら何かいいことを思いつくかもしれない、だから助けになってあげたい……そう感じているんじゃないですか」


「それは私の仕事ではない」


「今は業務時間外ですよ」

「そんなことはない……私の聖女はフィオナなのだから、君を危険に晒すことはできない」


「本心ですか?」

「もちろん」


「精霊に誓って?」

「……ああ」


 本当のことなのだろう。しかし、本音でもないだろう。


「エドガー様が大人しくしているつもりでも、私は行きますよ」


 そうすればエドガー様は自動的についてくるって寸法だ。


「だめだ。所長命令だ。ここから動くな」


「なーにが所長ですか。私は聖女ですよ? 冷静に考えたら、聖女が部下って、おかしくないですか? なんで私がエドガー様の言うことを毎回聞かなきゃいけないんですか? と言う訳で、私は行きます。嫌ならついてこなくても結構ですよ」


「なっ……バカ、お前……」


 今お前って言った? お前? いつもは君なのに? と言うことは……エドガー様は、私のことを心の中ではお前と呼んでいるのである!?


 両手でエドガー様の頬をびたんと挟み込み、自分の顔に近づける。


「エドガー・マクミラン。あなたはどうしたいんですか。正直に言いなさい」

「助けに行きたい。作戦は……うまくいくかはわからないが、ないことはない」


『命令』してみると、エドガー様は素直に答えた。


「それならいいじゃないですか」

「危険で……ただのお節介で、わがままだ」


「自己中で結構。危なくなったら、その時また考えましょう」



 パーティー会場のあたりには騎士が控えていた。竜から逃げるのはともかく、わざわざ近寄ってくるなんてさぞかし危機管理能力のない人たちだと思われているに違いない。


「ここは危険です。市街地まで行けずとも、城壁近くまで避難してください」


「通してくれ」


 当たり前ながらここは外国なので、顔だけで通行とはいかない。


「失礼ながらどちら様で? もしかして竜退治に自信が?」

「いや……ないです」


 このやりとり前にも聞いたな、とつっこみたいのをグッと堪える。


「では何者?」

「王の友人です」


 騎士たちは顔を見合わせた。


「友人かぁ……」

「それならいいような気も……うーん、でも友人だからこそ、危ない目には合わせたくないと我らの王はお考えだと思うのでやっぱりダメですね」


 ド正論すぎて何も言えない。ここは私が身分を明かすしかないか。


『その女を通せ』


 そう思った時、宮殿の奥からくぐもった声が聞こえてきた。

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