第37話

市街地まで戻り、時間まで蚤の市を散策する。エドガー様は私が細々したものを飾るのが好きなことを覚えていてくれたようだ。


「人が多いですね」


 大通りとはまた違ったゴチャゴチャさがあり、露天商がひしめいている。大半の商品に値札はついておらず、応相談らしい。


 きょろきょろとしていると、視界の端に深紅の髪がうつりこむ。先ほども似たような背格好の人を見たような……?


「どうかしたか?」

「いえ、何でもありません。エドガー様は何を買われるんですか?」

「今は特に……昔は何か珍しい本などないかと思ってうろついていたが」


 そのまま、人混みの中に紛れ込む…お祭りに一般人として参加するなんて、少し前の自分からは全く想像できなかったことだ。


「こ、混んでますね。うふふ」


 これはいわゆる芋洗いと言われる状況だろう。いくら密着してもしすぎるとは言うことはない。


「スリには気をつけなさい」

「はい」


 ほら、エドガー様もこう言っていることだしね。


 ざっとあたりを見渡すと、一つの露天が目にとまる。ごく普通の女性が座っていて品物に統一感がない。


 エドガー様曰く似たような物ばかりを売っているのは業者で、そうではないのは一般人が不用品整理のために出店しているらしい。


 近寄ってみると確かに雑多な家庭品と言ったところだ。なんとなく気になり、いろいろと眺めてみる。


「このスプーンどうでしょうか」


 一本のスプーンを手に取る。かさばらないし、調味料を混ぜるのに良さそうだ。随分くすんでいるけれど、磨けばきれいになりそうな気がする。


「彫刻が施されているものはあまり実用向きではないと思うが」


 私が手に取ったものは実用品ではなく雑貨としてのスプーンではないかとエドガー様は考えたようだった。


「それに……何か……それから禍々しい気配を感じないか?」


 エドガー様が私の耳元で聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でささやく。やだ、ときめいてしまう。


 私が感動に浸っていると聞こえていないと思ったのか、エドガー様はさらに近づき、もう一度忠告してきた。


「フィオナ、このスプーンはやめておいた方が……」

「そうですかね。あまり感じませんけれど」

「君の魔力が強すぎるからかもしれないな」


 一般の人にはほとんど魔力がないので、ここで「このスプーンは呪われていますよ」なんて言い出したらこちらが危険な人物。なので、そっと見ないふりをして立ち去るのが良いとエドガー様は言う。


 店主の女性に影響が出ている風でもないので、これはそのままにしておくべきだと。しかし私は今、スプーンどころではない。


 エドガー様は諦めさせようと、スプーンを握っている私の手に触れているのである。


 このスプーンは言われてみると確かに少しばかりよろしくない雰囲気があるし、軸の部分に細かい彫刻が施されているので洗うのも大変だろう。


 しかし。しかしながらですよ。これは私にとって非常に実益があるのではないか? と思う。


「エドガー様!」

「ん?」


「買います」


 エドガー様は一瞬眉間に皺を寄せたが、すぐに普通の顔に戻る。スプーンは為替換算で、大体20ゴールド。さすが不用品、破格のお値段である。


「浄化して使います」

「それがいい」


 今の持ち主に影響がないとはいえ、そのうち繊細な人に渡ってしまいかねないからね。私にとっては恋愛成就の魔法のアイテムかもしれないので大事にしてあげよう。


 善は急げと言うことで、スプーンにほんの少しの魔力をふりかけ、手のひらに包み込む。


 その時、またしても視線を感じ、思わず魔力をほどく。振り向いても人が多すぎて一体誰が私を見ていたのかはわからない。


「うーん、なんだろ」


 こんなにも気になるのはどうしてだろうと思いつつ、夫に「街で見かけた男性の事が気になるんです」とわざわざ言うようなことでもない。


 その後も蚤の市をぐるぐると周り、昼食をとるために屋台が集まっている方向へ向かう。


 エドガー様は戻ったら買い込んだ小物たちを飾りやすいように壁に棚を作ろうか、と提案してくれた。


 そうすれば、日常の中でもふとした瞬間に旅行の思い出に浸れるだろう。今は玄関に小物を飾っているが、いずれは結婚式の時の絵を飾るつもりなのだ。そのために、飾り棚を今から作っておくのは悪くない……。


「ふふふ。ふふふふふ」


 野望に胸が膨らみ、笑いが止まらなくなってきた。


 屋台で飲み物を買って戻ってきたエドガー様は一瞬『なんだこいつは』とでも言いたげな目をして、私を上から下まで眺めた。


「……どうかしたのか?」

「いえ、人生楽しいなあって思っただけです」


 エドガー様は一晩明けて私の機嫌が完全に戻ったことにほっとした様だった。


「楽しいならそれでいいが……もう食べてしまったのか? 夜にそなえて軽めにした方が……」

「え?」


 ふと気がつくと、テーブルの上に乗せていたはずの薄いパンに大量の具材を挟んだものがなくなっていた。エドガー様が飲み物を買いに行き、私は妄想の世界にいて……食べていない。この短時間に、二つも食べるわけがない。


「あれ?」


 ぼーっとしている間に、カラスがやってきたのだろうか? それとも猫だろうか? エドガー様が『今時はパンまでスられる様になったのか? ずいぶん治安が悪くなったな……』とこぼすのを聞き、今度から家の外で妄想するのはやめよう……と思った。

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