第14話

「ふっふっふっふっふっ」


 自室の鏡の前でくるくると、前を見たり後ろを見たり。身につけているのは新しいネグリジェである。洗礼前の赤ちゃんみたいなやつではなくて、オトナな雰囲気のもの。


 エドガー様は私の事をねんねちゃんだと思っているが、私にだって情報源ぐらいある。


 聖女管理局の検閲は、まったくもって完璧ではない。大事なことなので何度でも言うが、エドガー様以外に真面目な人、私を含めあの職場にはあまりいないのだ! 形骸化、もしくは窓際族ってやつ? 私はこっそり本を手に入れてもらい、そこから世間の常識を仕入れていたのだ。まあ、過ぎたことはもうよろしい。


「うーん、ちょっとあからさますぎるかな?」


 白いワンピースタイプのネグリジェ。


 よーーく見ると、少し透けているのだ。よーーく見ないとわからないけどね。ともかく、これは「外に出られない」類のものだ。だって、下着が透けているものね。うむ。


 枕を抱きしめて、エドガー様の部屋に向かう。『あまり治安がよろしくないから用事がない限り近づかないように』と言われていた裏通りにある、何だか妖しい雰囲気の雑貨屋さん。


 そこで入手したこの枕には片面それぞれに「はい/いいえ」が書かれていて、つまりはそう言う事だ……そう言う事だ。大体いつもそうだ!


 しかし夫婦の寝室は別なのである。新婚でそんなのありえるか? いやない。今まで幾度となく夜這いに挑戦してみたのだが、エドガー様がいなかったり、先に寝ていたり、逆に私がものすごく眠くなってしまったりで、今日まで全敗に終わっている。


 しかし今夜こそは。と言うわけで私は念入りに身支度をして、足音を立てないよう隣の部屋へ向かった。


 そっとドアを開ける。暗い。ランプをかざす。


「え……エドガーさま?」


 ベッドに近寄ってみる。返事はない。これは間違いなく


「エドガーさま〜〜」


 揺すっても起きない。困ったな。これじゃあ私はただのお馬鹿ではないのか?


「エドガーさま〜〜」


 布団の上からボスボス叩いてみるが、起きる気配はない。


「うーん……フィオナ……」

「はい、なんでしょう!?」


 起きたのかと思ったら寝言だった。私の夢を見ているのかな。


「ジャガイモの皮が緑になっているところは毒だから……そこは切り取らないとダメだ……」


「……」


「魚は……そのまま煮るな……一度サッとお湯にくぐらせて臭みをとるんだ……」


「汚れた皿は、重ねるな……」


「それは起きてる時に言ってくれません?」


 私の苦情により、エドガー様は静かになった。多分夢の中の私もそう言ったのだろう。



「ちっ」


 私は舌打ちし、エドガー様の隣に寝転んだ。故・ダリル王子が(死んでないけど)よく舌打ちしていて、そんな事をして何の意味があるのだろう、と思っていたのだけれど。


「なるほどね」


 うまく噛み合わないと舌打ちしたくもなるか。


 私、一応年齢的には成人なのですけれど? 結婚式が終わるまでは別々に寝ると言うのだ。あの盛り上がりはいったい何だったのだろうと思う。普通あんなプロポーズを受けたら『この人は私を愛してくれているんだ!』と思って当たり前だ。


 どういうつもりなんですかと心の中で問いかけるが、エドガー様は安らかにお眠りなので答えはない。


 聖女の神秘のヴェールを脱いで町娘になった私には、男性はロマンを感じないということだろうか? 「何か思ってたのと違った」的な? 動きやすいように髪の毛を三つ編みにしているのがいけないのだろうか……。


「戻ろ……」


 もう、明日はこの枕の存在をつまびらかにするしかない。よく見えるようにテーブルの上に置いておこうかな。


 起き上がった時ふと机の上の書類の束が目に入る。何か引っかかるものがある。これは聖女の第六感というやつだ。


 そっと近づき、紙の束に触れる。書類の中に、封筒が何枚か差し込まれている。一通目は薔薇の花があしらわれたもの。


 差出人は「あなたの妹アリアーデより」と書いてあり、周りに手書きの花が散らされていた。


「アリアーデ姫……」


 思わず、再び舌打ちをしそうになる。アリアーデ姫は他の国に嫁いだので、もう久しくお見かけしていないし、もちろんエドガー様との間に面識があるとも思っていなかった。しかし、これを見る限り元々血縁だという意識はあったとみえる。


「知らないのは、私だけか」


 もちろん当事者だけが知っていればいいことであって、私は他人だったので知らなくても当たり前なのだけれど……。


 その封筒を元の位置に戻し、もう一通を引っ張り出す。


 白地に、水色で貝や魚の絵が縁取りのように飾られている。いかにも女性です、と言いたげな封筒だ。


 差出人は『ブリギッテ・オールドウィン』


 私の知らない女性の名前である。


 封筒には封蝋の代わりに魔力で封がしてある。相当な実力の持ち主だ。破ることはできるが、それだと私の犯罪行為がエドガー様にバレてしまう。


 もやもやと、澱のようなものが心に溜まっていくのを感じる。


「誰ですか?これ」


 エドガーさまに向き直る。すやすや眠っている。眠り姫か?


「誰ですか? 仕事じゃないですよね?」


 ベッドサイドににじり寄り、耳元で囁きかける。眠り姫ならぬ、眠り王子は答えない。


「ちょっと、いい加減にしてくださいよ。私だって文通したことないのに……」


 苛立ちとともにピシ、と結界が軋む感覚がして思わず飛び上がる。


「おおっと、危ない危ない」


 今、無意識のうちに魔力が少ししまったらしい。私の機嫌と連動している? 私、そんな力あったかな? と首をひねる。


「はあ……何もしてないのに疲れた。寝よ」


 私は尻尾を巻いて逃げ帰る事にした。ああ、今日もまた敗北してしまった……。

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