第11話
「はい、聖女です」
ぞんざいに対応すると、通信機の向こうで息をのむ音がした。気配でわかる。これはダリル王子だ。もう二度と会うことはないと思っていたのに。いや、会ってはいないか。
『おい、フィオナ!』
「はい、なんでしょうか!!!!」
向こうが鼓膜に響くほどの大声を出してきたので、それに応戦する。
『このクソ女、絶対に許さんぞ!!!! お前のせいで俺がド田舎にっ』
ダリル王子が左遷ないしは臣籍降下する事になったのは、私には全く関係のないことだ。
「住めば都と申しますし、愛が必要だとおっしゃったのはダリル殿下ではありませんか」
『大体なんだお前はいきなりメガネと結婚しやがって!! これだと俺が捨てられたみたいだろうが!!』
「真実の愛を見つけたとおっしゃったのは王子ではありませんか」
面倒臭いのでオウムのように同じことを繰り返す。
『はいはいはい、うちの地元の悪口はそこまでだよ!』
『まだそこまで言っていない!』
背後から聞こえてくるこの声はエスメラルダ様だ。王宮で見かけた時とまるで口調が違うのは何故だろうか……?
『なんで俺が辺境通り越して北限のクソ僻地に行かなければいけないんだよ!!』
『あんたがホイホイ色仕掛けに引っかかって聖女様を蔑ろにしたからだろう? あのムッツリが気がつかないわけないのに、まんまと自滅して頭悪いったらありゃしない』
『な、なんだと! エスメラルダ、お前まで俺を馬鹿にするのか!?』
『でもそんな素直なところも好きだよ』
『そ……そうかぁ?』
あ、デレた。どうやら、なんだかんだでエスメラルダ様のことはまんざらでもないみたい。
『聖女様、エスメラルダでございます。この度は大変失礼をいたしました……私のしたことは到底許されることではありませんが、どうか罪のない領民には加護の御慈悲をくださいますよう、あさましくもお願い申し上げたく……』
「い、いいえ……むしろ大活躍と思っています」
口調がコロコロ変わるので混乱するが、彼女の謝罪の気持ちはダリル王子とは違って本物のようだった。そもそもわかっていて彼女をダリル王子のそばにつけた偉い人たちに問題があるのだし。
『ダリル王子は、本当にわたくしが頂いてよろしいのでしょうか?』
「あっ、はい。それはもちろん」
後ろで「ダメに決まってんだろ!」と聞こえたが、もう彼の意見は必要ない。
どうぞどうぞどうぞ。プレゼントのカードとリボンがつけられないのが残念だ。全ては精霊のお導きのままに。
『貴方様はいらっしゃったことがないと思いますが、わたくしは北部のリリフィッツのものでございます』
エスメラルダ様の言う事には、北部は彼女のご実家らしい。
なんでも雪ぶかく、結界の中でありながら危険な魔獣が大量に出るところで、厳しい生活を強いられる。その代わり、雪解けによって豊かで美しい水が流れ、自然があふれる土地なのだとか。
『特産品が出来上がりましたら、お詫びの品としてお送りします』
「あ、それは楽しみです。ものすごく」
エスメラルダ様は、田舎が嫌で都会に出てきたのではなく、どうやら大自然の中でも戦い抜ける図太さを持った婿を探しにやってきたらしい。……そうなると、私たちは婚族、つまりは義理の姉妹になるのだろうか……いや、ならないか?
彼女の事情を考えると、ダリル王子はピッタリなのだ。本人は雅な王族のつもりだったのだろうけれど、なんたって彼は腕っぷしだけは強いのだ、ものすごく。
どのくらいかと言うと、何をやらかしても仕事で元が取れるぐらいには。一応、王家も余っている人と私をくっつけよう、とは思ってはいなかったらしい。
『毎年秋になると山から魔獣ガブガブが降りてきて、里を食い荒らすのです。ダリル王子ならば、見事に調伏せしめてくださるでしょう』
『いいやあーーーーだぁーーーーーー!! 俺は第三王子……正妃の子だぞ! 伯爵とかありえんだろ!!』
『あたしね、あんたが俺がお前の父と兄の仇をチャッチャと取ってやる! って言ってくれた時、本当に嬉しかったんだよ。男に二言はない。そうだね』
『んぐっ、まあ……それぐらいは情を交わした仲だ、やってやるのは構わない……何しろ俺はこの国最強だからな……』
『ささ、第二王子サマが移動のために特別に魔法陣を展開してくださるそうじゃないか。早く行こうよ。芋煮の準備をして今か今かと待っているよ』
『それ乗ったら爆発しないか? というか、芋煮とはなんだ?』
『芋煮は芋煮だよぉ。芋を煮たやつさ。早く行こうよ』
『クソっ、フィオナ! あとメガネ!!覚えてろよ! もし何かスッゲーやべー魔物が出てきても絶対お前のことは助けてやらん! 後で謝っても遅いからな!』
「貴種漂流譚って普遍的に人気の題材だと思うので、生き残って歴史書に載るように頑張ってください」
私に言えることはそのぐらいであった。二人の声は遠ざかって行く。通信機を放置したまま出発したらしい。
「なんだか気の毒な気がしてきました」
気の毒は気の毒なのだが、実際なんだかんだうまく行くのではないかと思っている。少なくとも、私と一緒にいるよりは楽しいのではないだろうか。
「フィオナのことは口実にすぎない。第二王子はダリルの王子ことを疎んでいたからな」
年齢が上でも、王妃の力関係で継承順位は変わる。その上ダリル王子は頭と人格はアレだけれども、魔術の才能だけはあるので本性を知らない国民からは非常にウケがよく、コンスタンティン王子はそれについて何やら腹立たしく思っていたらしい。
つまり、たまたま運命のいたずらによって、王宮にダリル王子の足を引っ張りたい面子が集結していたと言うことになる。ま、同情はしませんけれども。半分になってしまえ、と呪ったのは訂正しておこうと思う。
「ところで、一つ気になるのですが」
「ん?」
「エドガー様は疎まれてないんですか?」
私には家族がいないのでわからないが、隠し子と言うのはあまりお互いにとってよくない影響を及ぼすのではないかと思う。
「私は身分違いだから脅威でもなんでもない、ということさ」
自分なんて、いくらでも替えのきくおもちゃにすぎないんだ、とエドガー様はひとりごちる。そうは言うけれど、他人の私から見て不思議に思うぐらい、他の王族の皆様はエドガー様にちょっかいをかけていたように思うのだけれども……。
「とにかく、今日からここが聖女管理局の支部だ。職員は二人。一般に認知されずとも、国防を担う重要な職務である。報告・連絡・相談は密に。体調不良の場合はすぐに申し立てること」
「はいっ」
壁にかけられた標語。聖女宮の本部にあったものは「滅私奉公」だったが、本日からは「仕事と生活の調和」となっている。
「祈りの時間は朝・昼・晩。週に一回の定期報告。これは私が行く」
「通信機ではダメなのですか?」
「顔を出さないと何を隠されるかわかったものではないからな」
エドガー様はため息をついた。
「聖女の生活に関わる月の予算はこれだ。来月からはひとまずこれで回してみる」
見せられた数字は高いのか安いのか、私にはよくわからなかった。
「余った費用は月ごとで精算、残りは君のお小遣いに。貯金はすでに引き落としがしてあるし、元々の聖女の生活費は王宮の金庫に浮かせているから引退するときにまとめて退職金として受け取る事に」
「つまりそれってこのお金はエドガー様のお給料なのではないですか?」
「そうだが」
「私はエドガー様に養われていることになるのでは……」
「そうだが?」
何か問題でも? とエドガー様は言いたげだった。
「お小遣いまで頂いちゃっていいんですか?」
「いいに決まっている」
なんて事でしょう。毎日好きな時間に寝起きして、好きなものを食べてお酒まで飲んでいるのに、その上買い物まで自由にしていいなんて……。
「それでは、貯めて質屋に流したネックレスを買い戻さないと」
借用書には何日までに返金すれば品物が手元に帰ってくる、と記載されている。あの質屋はお義母様の店だったらしいので融通はしてくれるのかもしれないが。
思い入れが? と問われ、冷静に考えたら全くなかった。
「買い戻さなくてよろしい。新しいものを買おう」
新しいネックレスを用意してくれると言うのである。……ついでに結婚指輪まで買ってくれると言うのだ。どんなものがいいのかと問われても、心臓がバクバクしてろくに考えがまとまらない。
幸せすぎて、明日あたり、この国は滅亡するのではないだろうか? それとも実は、私はすでに死んでいて、これは幸せな妄想の中なのかもしれないとすら思う。
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