第10話
こうしてとらわれの聖女は王子様ではなく自分をさらった上司を伴侶として末長く幸せに暮らしました。めでたしめでたし。
普通だったらそこで話が終わるが、結婚は『おわり』ではなく『はじまり』なのだ。それを私はこの数日、いやと言うほど感じていた。
私の新しい生活が始まった。正体を絶対に周囲にバラさない、という条件付きではあるけれど。
聖女が一介の民家に住んでいることが明らかになると色々問題があるので、その時点で聖女管理局港湾支部ごと王宮にとんぼ帰り、だ。
ちなみに「薄々訳ありだなと思ってはいるけれど黙ってくれている人」はバレた人数に数えなくて良いらしい。その辺りは臨機応変に対応するとエドガー様は言う。
前の住人が残していった家財道具があるとは言え、家具の買い替えや補修工事などで毎日慌ただしかったが、一月経ってやっと形になり始めた。
若干歪な形をした、小さな白い家。一階にはリビングと小さな客間、キッチン。中庭と井戸。二階には部屋がみっつ。三階に一部屋、そして大きなテラス。
三階は聖女管理局の事務所にして、二階は夫婦の寝室と書斎、物置……と思いきや、なんと配置はエドガー様の部屋、私の部屋、物置だと私の夫は宣言したのである!
せっかく家具屋でうきうきと二人寝用の寝台を選んだばかりなのに、一体全体これはどういう事なのか?
新婚なのに寝室が別なんていくら私でもそんなことはあり得ないと思っている。しかしエドガー様は「人間には色々いる」と言って聞き入れない。
「はあ……」
「どうした?」
せっかく超展開で大勝利!! かと思いきや、意外や意外、エドガー様の態度はあれ以来あまり変わったようには思えない。むしろあの時の……あの時のエドガー様だけが異常だったのだ。
書類の上で結婚したと浮かれているのは私だけで、彼にとってこれはただの仕事で、私が気持ちよく聖女の勤めを果たせるならば自分が犠牲になっても構わない、行き過ぎた愛国心のあらわれなのかもしれないと穿った見方をしてしまう。
そう考えると、どうにも気分が重くなってくる。まるで、お話に出てくる権力を使って恋人同士を引き裂く悪者みたいだ。エドガー様には婚約者どころか恋人もいないと言うのは、もう三十回ぐらいは確認したことではあるけれど……。
「どうした?」
エドガー様は訝しげに私を見つめている。本棚の影からちょっと顔を覗かせているのがまた、可愛い……。
「何でもありません……」
「?」
なんとか聖女管理局はそれっぽくなった。床にペンキで祈りの文様を書き、とりあえず格好をつけるために真ん中に返却された聖石のかけらのペンダントを置く。
部屋の真ん中を本棚で仕切って、祈るスペースと事務作業をする場所に分ける。資料は王宮から持ち出し禁だが、全てはエドガー様の頭の中に入っているそうだ。カーテンは薄い緑。
「すごいなこれは……精霊がこれでいいと言うならそうなんだろうが、今までの伝承はまるで意味がない事だったのか、それとも今代だけの特例なのか……」
エドガー様はぶつぶつと文句を言っている。
「まあ、ひとまずはこれで行こう。もし手狭になるようなら物置を使う」
そうですね、家族が増えたら部屋が足りなくなるでしょうし……いや、たらじゃなくて実現してみせるけれど。
エドガー様はもう一度ぐるりと部屋を見渡した。多分「やっぱりどう見てもひどい」と思っているのだろう。しかし、手作り感が満載すぎて、仮にこの部屋が誰かに見られたとしても「この家の人は魔術に傾倒しているのかなぁ」で済むと思う。本格さがないところがいいのだ。
「興味がないくせに形式にはこだわるお偉方が見たら、貧相すぎて卒倒するだろうな」
その様子を想像すると、少し面白い気持ちになった。
「そういえば、管理局の皆さんはどうなったんでしょう」
もし職がなくなっていたとしたら、それは流石に申し訳ない。
「廃止するわけにはいかないからな。普段通りにのんびりと過ごしている。勤務態度が目に余るものは別部署に移動してもらったが」
聖女には、なんだかんだと数ヶ月に一回の割合で式典などの仕事がある。流石にその時には戻るつもりだし、そうなると普段から待機しておくための人員が必要になる。
建物というのは人の手が入っていないと痛むので、保全と儀式のために聖女管理局はそのままだと言うことだった。
「それならよかったです」
真面目なやつは聖女と所長しかいない、と陰口を叩かれていたらしい聖女管理局ではあるが、私としてはその不真面目さを利用してこっそりエドガー様を観察したり、本を買ってきてもらったりしていたので、あまり責めるつもりはない。……あれ、私ってそんなに真面目じゃなかったのかもしれない。
「さて、もう一仕事だ」
エドガー様は眉間に皺を作りながら事務机の壁を見た。
超高級品、魔力通信機。王宮内か、高位貴族の所にしかない希少な品だ。それが新居に備え付けられている。つまりは連絡が沢山ある、ってことなんだよね……。
「うまく開通しているかどうか、確認しなければならん」
気が重い。が、エドガー様は面倒くさいことはさっさと終わらせる性格らしく、通信を繋いでしまった。
「……こちら聖女管理局港湾支部。上長に通信の確認を……ええ、はい。お願いします」
エドガー様は、通信機の向こうの誰かと当たり障りのない会話をしている。じっとその様子を見つめていると、途端に物凄く嫌そうな顔をする。私にではない。通信機の向こうに、めんどくさい人物がいるのだ。
「殿下が聖女様に繋いで欲しいと仰せです」
他人行儀な問いかけに、私は静かに頷く。通信機を受け取り『殿下』のお言葉を待つ。
『もしもーし』
この甘ったるい感じの話し方は……少し聞いただけでわかる。第二王子のコンスタンティン王子だ。薄々勘づいてはいたけれど、やはりこの人が責任者になったのか……。
「はい、聖女でございます」
『フィオナちゃん、元気? 勝手に家出するからびっくりしちゃった』
王宮は今も昔も私の家ではない。
「おかげさまで、大事なく過ごしております」
『君には感謝半分、恨み半分って感じかな? いや、総合的にはもちろん王子として聖女様には多大な感謝を捧げてはいるけどね?』
「……此度は私のわがままに寛大な処置をいただき、ありがとうございます」
『せっかく色々手伝ってもらおうと思ったのに、結婚して地元に帰ります、だなんて。僕の事を考えてくれないなんて、ひどい男だと思わない?』
コンスタンティン王子はエドガー様と仲良しだと思われている。歳が同じで、ご学友だから。でも本当は、それほどでもないことを普段から肌で感じていた。
『果たして、既成事実は存在するのか、しないのか? 被告は既成事実はあった、と主張する。聖女様はその事について、何か申し開きはないのかな?』
私はここで衝撃の事実を知ってしまった。私たちの間に既成事実があるらしい。全く身に覚えが……いや、聖女が行方をくらまして男性と一夜を明かせば、もう実績があってもなくてもそのように見られるのかもしれない。
「あります!!」
『おっ、いきがいいね』
ま、元気そうで安心したよ、とコンスタンティン王子はいつもの気の抜けた声を出した。実際には全く心配されていなかっただろうと思う。
『僕は感動しちゃったよ。エドガーにあんなに大それたことをする気概があったなんてね。君たちには、是非とも頑張ってもらいたい。それじゃあね』
「はあ」
ぷつ、っと通話が切られた。これだからお偉いさんは本当に自分勝手だ……。
「ヤツはなんと?」
「いつも通り、何言ってるのかよくわかりませんでした」
「そうか」
ダリル王子との婚約を破棄すると、次はコンスタンティン王子だったかもしれない事を考えると、エドガー様が王の庶子で本当に良かった。
会話がようやく終わった……と思一息ついたのも束の間、またけたたましく、通信を知らせるベルが鳴り響く。
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