悪魔娘が来たりて小説を書かせる

あさぎり椋

第1話

 ある日の朝、窓からいきなり入ってきた自称・悪魔娘に呪いをかけられた。


「アンタを呪ってやったわ! 聞いて驚きなさい。なんと、永遠に小説を書き続けなければならない呪いよ!」


 いつものように、自室で本業の小説執筆に勤しんでいる時だ。

 徹夜作業でボーッとしていた俺は、存外、落ち着いていた。なんやコイツとは思っても、さほど驚かない自分がいた。不法侵入だなんだとわめく精神力も無かった。

 相手は派手な金髪ポニーテールをなびかせ、ドヤ顔でこちらを見下ろしてくる。ヘヴィメタル・バンドのコスをより過激にしたような、露出度過多の扇情的な――胸はだいぶぺったんこだが――衣装。臀部から伸びている黒く細長い物体は、尻尾……だろうか。よく通報されなかったものだ。

 ボーッと見つめ返す俺に、悪魔娘は少し顔をしかめた。


「いやリアクションうっす。天下の作家様ならもっとこう、驚きのボキャブラリー無いわけ?」

「……語彙は仕事用だし、天下取ってないし。小説に書くような言葉を口で言ってたらおかしいでしょ」


 なにそれマジメー超うける、とニヤニヤ笑う悪魔娘。空いた口の奥に八重歯が見えていて、そこはちょっと本当に悪魔っぽい。

 口語と文語の違いから教えなければならないのか。……いや、そんなことはどうでもいい。


「で、君は誰。悪魔が俺に何の用?」

「いま言った通りよ。アンタに呪いをかけたの。もうアンタは一生、小説家を書き続けるしかないのよ。書くのを止める代償は――アンタの、命」

「呪いねぇ……」


 くだらんなぁという思いが、ため息となって表に出る。さすがにカチンときたか、悪魔娘はおもむろに腕を振り上げた。

 すわ暴力か、と思いきや――彼女が腕を振るうに合わせて、なんと部屋に置いてあるこまごまとした物や大量の本などが、一斉に宙に浮かび上がった。それらが彼女の指揮に合わせてオーケストラを奏でるが如く、空中をぐわんぐわんと乱舞し始める。

 まどろんでいた脳内が、ギョッとして一気に覚醒した。ポルターガイストもここまでハデではあるまい。


「やめろ! 分かった、分かったから! お前は本物の悪魔!」

「わ、分かれば、いいのよ……」


 彼女が腕を下ろすと、飛んでいた物もドサドサと落ちる。なんか肩で息をしているが、意外としょぼい悪魔なのか? ちゃんと片付けるんだろうな、これ。


「ほら、分かったら手を動かす。それ『カク&ヨムの逃避行』シリーズの新作でしょ? せっかく7巻まで来たのに、締め切りあと5日しか無いじゃないの!」


 ……言われなくても書くけどさ。なんで締切の日にちまで知ってるんだコイツ。

 いきなり現れて、高飛車な態度で俺に小説を書けと迫る美少女悪魔。美少女編集と冴えない作家の僕が~みたいなライトノベルをいくつか読んだことはあるが、こんなんじゃなかった気がする。ここまで唐突だと、そんなシチュエーションを羨ましがる心的余裕もクソも無いぞ。

 しばらくタイピングを続けつつ、俺は場の空気に耐えかねて口を開いた。


「なんで俺んとこにきたわけ?」

「そりゃあ、呪うためよ。悪魔は愚かな人間を呪ってこそ悪魔なわけ。アンタみたいな作家って連中は、負のエネルギーがたまりやすいでしょ。それを呪いで増幅して、美味しく頂くのよ」

「回りくどいな。コンビニ行きゃ五分で飯買える人間に生まれて良かったわ」

「給料すずめなアンタに言われたくないわよ」


 だから何で俺の給料まで知ってんだ?

 作家としてはかなり低空飛行な俺は、アルバイトも兼ねねば食いつなぐことは出来ない。それでも一定の読者がついており、こうして続刊を出せる程度の地位にはある。 ありがたい限りで、さもしくも楽しく書ける今の日々にはとても満足している。

 ……と、ここまで来て、ふと気付いた。


「なんも変わんなくね?」

「なにがよ?」

「いや……俺、別に作家やめる気無いし。ずっと書き続けると思うよ」

「うん」

「呪うまでもないだろ。今まで通りじゃないか」


 アンタ馬鹿ねぇ、と悪魔娘は呆れ声を上げた。


「死ぬまで永遠に書けと言ってるのよ。もし売れなくてやめたくなっても、宝くじ1等当たっても、自信作がウケなくて心折れても」

「う~ん……でも、もともと趣味でずっと続けてた事だからなぁ。金が欲しいだけならこんな仕事してないし、やっぱそうそうやめないと思う」

「ゴールなんて無いのよ? アクタなんちゃらって文学賞獲っても、会心の一作が出来ても、シリーズが終わっても――」


 ゴール。ゴール、か……。

 そんなモノ、作家業にあるんだろうか。もし本当にそんなモノがあれば、そこに到達した時点でやめたくなるのだろうか。

 同業者は数多いが、目指している地点は誰もが大きく異なる。新人賞を取り、賞金を貰った途端にやめた奴もいる。文学賞へ野心を燃やし続ける先輩もいる。

 受賞は最終目標ではなく、スタート地点に過ぎないと言う人もいる。いいモノを書けたところで、そこが終わりではないとか……。


「……無いよ、もともとゴールなんて」

「え?」

「いつだって初心忘るべからず。俺は出来れば死ぬまで作家でいたいし、君みたいなのが現れなくても、作家という呪いには既に十分かかってると思う」


 書きたくて書きたくてたまらない、思いが溢れて止まらない人間が気付けば『作家』というものになっている。食い詰めた人間が最後に選ぶ仕事と言う向きもあるが、どちらにせよ、そこにゴールは無いはずだ。

 人が人であり続ける限り、生み出される物語に終わりは無い。


「……やっぱマジメねぇ。そんなんじゃなきゃ、作家なんてやってらんないのかしら」


 褒められてるのか、呆れられてるのか。


「どうかな。でも、たまには休憩くらいさせてほしい」

「あぁ、それは大丈夫。ちゃんと美味しいモノ食べて、暖かくして寝てね。じゃなきゃ、いいモノ書けないでしょ?」

「息抜きにゲームしてもいいか?」

「もちろん、大事なことよね。アタシ格ゲーとか強いよ?」

「いやお前もやんのかい」


 ヘタな漫才師みたいなツッコミを入れていると、悪魔娘は何かを見つけ「あっ」と声を上げた。

 ひとまず印刷までしてみたが気に入らず、発表に至っていない俺の原稿だ。すごいスピードでそれを手に取り、むさぼるように読み始める。

 急にすごい食いつきだな。


「それ、あんま面白くないよ」

「……」

「おい」

「うるさいわね! はぁぁぁ何よこれ? クッソ面白いですわよ!」


 語尾がおかしいぞ。何がそんなにお気に召したのか、彼女は恍惚とした表情で原稿を読み進めていく。


「なんでこれこんなとこにほっぽり出してんの!?」

「いや、だからあんまり――」

「面白いっつーの! ほらここ、主人公の飼い犬と猫が二匹連れ立って街を去るシーン! 涙ちょちょぎれるわよ!」

「いや褒めすぎ」

「アンタやっぱ天才だわ! 筆折ったりしたら絶対に許さないんだからね! ゴール上がりなんて、大魔王様が許してもアタシが許さないんだから!」


 涙と鼻水で顔面くしゃくしゃにしながら、悪魔娘は俺をビシッと指差してきた。

 ここまでの反応を見るに、どうやら作家としての俺のことや著作を前々から知っていたとしか思えない。

 それから彼女は俺の本棚に向かい、過去作を片っ端から読み漁り始めた。はうううとか、いややっぱマジおもろいわーとか、すげーうるさい。

 っていうか、ファンじゃん。もうめっちゃファンじゃんこの娘。嬉しいけど。そりゃ俺にもファンいないことはないけど……ここまで熱心なのは初めてだ。

 アレか? 人間より悪魔の感性にウケんのか? 俺の作風って。


 そこでタイピングの手がピタッと止まる。

 え、ひょっとして、まさかとは思うけどさ……。


「なぁ」

「なに? 今いいとこなの」

「お前が俺に呪いかけに来たのって、ずっと俺のファンだったから?」

「あえっ!!!!!!?」


 素っ頓狂な声を上げる悪魔娘。


「俺に書くのやめさせたくなくて、ゴールなんて無いとか言って。んで、呪いとかかけに来ちゃったんだったりして?」

「ばばばばばばっば、バカじゃないの!? 言ったでしょ! 作家ってのは悪魔のごちそうである負のエネルギーがたまりやすいの! だからその中でテキトーにアンタを選んだだけよ!」

「その割には、ずいぶん俺の本読んでくれるし、すごく気を使って応援してくれるじゃん」

「お、応援なんてしてないわよ! なに勘違いしてるわけ!? アンタは一生売れず満足できないけど、それでも書くのやめらんない作家でいればいいの!!」


 顔をこれでもかと真っ赤にして全否定してくる悪魔娘。

 両手で持った本で表情を隠しつつも、目線だけこちらに向けて異様にそわそわとしている。


「で、でもまぁ……書いたら読ませなさいよね。新作っていいモノだし、アタシ、こう見えても小説にはうるさいんだから」

「美少女編集悪魔娘はちょっと属性盛りすぎかな」

「だ、誰が美少女よ! くだらないこと言ってないで、さっさと書く! でなきゃ今すぐ命取るわよ!!」


 はいはい、と応えて俺はまたキーボードを打ち始めた。

 まだ作家を本業にしたいとは考えていなかった、あの頃を思い出す。趣味で何かを書き、ネットに上げているだけで楽しかったあの頃。コメントの一つもつけば狂喜していたものだ。

 誰かが読んでくれる喜び。目の前に現れた悪魔娘は、ハングリーな原点を思い起こさせてくれた。


「ほら、また誤字ってる。アンタいっつもこれ間違うよね。変換ソフト変えたら?」


 ……かなり小うるさいファンができてしまったが。

 ゴールなど無い道を彼女と二人三脚で走り、何か書いてみるのも良いんじゃないか。

 俺は、そんなことを思い始めていた。

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