Dの文を書いた時の筆者の気持ちを述べよ
やまなしレイ
こくごのじかん
突然のお手紙、申し訳ございません。
桜が舞い散る季節の4月、教室でその姿を一目見た時から、僕はアナタの美しさに夢中になってしまいました。
始まりは外見からでした。
しかし、僕はじきに気が付いたのです。アナタの美しさは外見だけではないということを。クラスメイトを気遣う優しさ、みんなを笑顔にさせる明るさ、時折見せる知性―――女性としてだけでなく、人間として、僕はアナタを尊敬していますし、惹かれてしまいました。
ほとんど話したことのない僕からこんなことを言われても、気持ち悪いだけかも知れません。だから、せめて
アナタのファン ( )
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
問1.Aの「艶やかな」の読みを答えよ。
問2.Bの「僕の目はアナタのことを追いかけるようになってしまった」とは、どういう現象を述べているのか。説明せよ。
問3.筆者はアナタのどこに惹かれたのか、次の3つから最も適切なものを選べ。
a.外見だけに惹かれた
b.人間だから惹かれた
c.外見と内面の両方に惹かれた
問4.Cの( )に入るのに相応しい言葉は何か。推察して埋めよ。
問5.Dの「まずはお友達にさせていただけませんか?」の文を書いた時の筆者の気持ちを述べよ
◇
「私さ、現代文のテストなんて何のためにあるんだろうと思ってたのよ。」
親友のるーちゃんが言う。
放課後、わたしたち以外だれもいない教室で、わたしの前の席のイスに反対向きにすわって、わたしの正面に向かって。
「いや、漢字の読み書きがテストに出るのとかは分かるよ? でも、“それ”が何を指しているのか答えよとか、この文はどういう意味なのか答えよとかって、わざわざテストすることなのかって思ってたのよ。だって、読めば分かるじゃんって。」
ふむふむ。何か、るーちゃんが言っている。
どうして今そんな話をしているのか分からないけど、どうやらこの国の教育について物申したいみたいだ。わたしに言われてもこまるけどね。わたし、別にこの国の教育を牛耳っている教育王とかじゃないし。
「それは間違いだったと今なら分かる。」
「ほうほう。」
「世の中には、日本語が読めないヤツがいて、そういうヤツのために現代文って科目はあるんだよ。」
「外国から来た人とかってこと?」
「ちげーよ、オマエのことだよ、ハル。」
は? わたし?
「なんでよ? わたし、日本語読めるよ? 鬼滅の刃だって全巻読んだし。」
「漫画を読書にカウントすんじゃねえ。私が言っているのは、この手紙のことだよ。」
そう言って、つくえの上に広げていた手紙を指差した。
この手紙は、今朝わたしのげたばこに入っていたものだ。
「そうなんだよ、るーちゃん。この手紙、ワケわかんないよね。」
「ワケ分かんないのは、オマエの読解力だよ。ちょっと読んでみろよ。」
まるで小学生のころの国語の宿題のように、わたしは自分にとどけられた手紙を音読させられる。
「えーっと……とつぜんのおてがみ、もうしわけございません。さくらがまいちるきせつの4がつ、きょーしつでそのすがたをひとめ……みたときから、ボクはアナタのうつくしさに、むちゅーになってしまいました。しめやかなかみ、しろいはだ…」
「ちょっと待て。」
ん? 何か、問題あったかな。
「何の髪って読んだ?」
「しめやかなかみ。」
「しめやかな髪って何だよ。」
「知らないよ、これ書いた人に訊いてよ。」
「しめやかって通夜とかに使われる言葉だろ。しんみりと、静かに行われた、みたいな。髪の毛を形容する言葉じゃねえな。読みが間違ってるんだよ。」
うーん、じゃあ何て読むんだろうこの漢字。「○○やかな」という単語って、他に何があったかな。
「にぎやかな髪?」
「オマエの髪の毛は七色にでも光ってんのかよ。」
「ささやかな髪?」
「ウチのお父さんかよ。」
「まことしやかな髪?」
「それ被り物だったのかよ。ウチのお父さんかよ。」
「かんださやかな髪?」
「アナと雪の女王かよ。ありのままかよ。」
分かんない、ギブアップ。
るーちゃん、教えて。
「これは多分、つややかじゃないかな。」
「何だ、るーちゃんも“たぶん”なんじゃん。自信ないんじゃん。ぷぷーっ」
「ちげえよ、“艶やか”には“あでやか”と“つややか”って読みがあるんだけど、“光沢があって輝いている”みたいな意味の“つややか”の方だと思ったってことだよ。」
「へぇ。」
わたしの髪、輝いているのか。
「授業中、わたしの髪の毛がまぶしくて迷惑って話?」
「そこまでは光ってねえよ。」
◇
音読を続ける。
「おーきなめ、ちてきなくちもと、そのすべてがぼくのこころをうばい、そのときからずっとぼくのめはアナタのことをおいかけるようになってしまいました……そう! ここだよ、ここ! ここ、怖くない!?」
「は? 何?」
「目が、ずっとわたしのことを追いかけてくるって何? この人の目がえぐれて、手足でも生えてわたしのことをずっと走って追いかけてきてるの? 妖怪なの? わたし、こわくて今朝から追いかけられてないか何度も後ろをふりかえってたよ。」
「これは、そういう慣用句だ。」
「かんよーく……?」
るーちゃんが言うには、日本語には「この言葉とこの言葉を組み合わせれば決まった意味を持つ」慣用句というものがあるのだとか。
「例えば、そうだな……“腹が立つ”とか。」
「何言ってんの、るーちゃん。おなかには手も足もないんだから立ったりしないでしょ。手や足がついているのはわたし、立つのもわたし。」
「今、私はすげー腹が立っているけどな。」
「え? イスにすわってるじゃん。」
つまり、「目が追いかけるようになってしまった」とは、目に手足が生えて走って追いかけてきているのではなく、この手紙を書いた人が自然にわたしの姿を見てしまう―――ってことらしい。
「なーんだ、この手紙って“オマエ、目玉妖怪に追われてるぞ!”って警告されている手紙かと思ってたよ。そうじゃなかったんだね。」
「どんな手紙だよ。いや、フツー分かるだろ。これはラブレターだよ、ラ ブ レ タ ー。」
「ラブ……レター??」
ラブレターとは……あの伝説上の、物語の中にしか登場しないと言われている、古代の、告白方法とやらの?
「いや、でもるーちゃん。ラブレターにしては、この手紙には“好き”とか“付き合ってください”とか書いてないよ?」
「直接書いていなくても、ちゃんと読めばそうと分かるように書いているんだよ。 I love youを“月がキレイですね”と訳すような話だよ。」
「えー、分かんないよー。好きって言わなきゃ伝わるものも伝わらないよー。」
でも、イイや。
るーちゃんがそういうのなら、これはラブレターなんだろう。
「一応聞いておくけど、ハル。このラブレターを書いたヤツ、オマエのどこに惹かれたって書いてあると思う?」
「え、何それ。分かんない。」
「じゃあ、この3つの中から選べ。」
るーちゃんがプリントの裏に、チョコチョコと書き込む。
a.外見だけに惹かれた
b.人間だから惹かれた
c.外見と内面の両方に惹かれた
「bの“人間だから”って何? 目玉妖怪の話?」
「妖怪の話は忘れろよ。この手紙に書かれている内容だけで判断しろ。」
「うーん。aの外見でしょ。手紙には“外見からでした”って書いてあるし。」
「………」
るーちゃんが深いためいきをつく。
「cの、外見と内面の両方が正解だよ。」
「えっ!? どうして、この手紙には“内面”なんて言葉書かれてないよね? 書かれている内容だけで判断しろって言ったじゃん!」
るーちゃんがけだるそうに、ラブレターとやらの文面を指差す。
そこに書かれているのは、“しかし”という文字だ。
「日本語っていうのは……いや、日本語に限らないか。とにかく、こういう文章の中で“しかし”とか“だが”みたいな逆接の言葉が出てきたら、本当に言いたいのはその後の文章なんだよ。」
「ふむふむ……ぼくはじきにきがついたのです。アナタのうつくしさはがいけんだけではないということを。クラスメイトをきづかうやさしさ、みんなをえがおにさせるあかるさ、ときおりみせるちせい―――」
「オマエのどこに知性なんてあるんだろうな。」
「んで、どこに“内面”が出てくるの?」
「そこだよ。今オマエが読んだとこだよ!」
◇
うーん、ラブレターってむずかしい。
もっと分かりやすく、要件だけまとめてくれればイイのにね。
「わたし あなたすき。つきあって―――くらいで良くない?」
「電報かよ。」
るーちゃんはラブレターの後半部分をマジマジとながめている。
「んで、どうしてこの辺よごれてんの?」
「カバンの中につっこんでいたら、お好み焼きソースがもれてたみたいで、シミになっちゃったんだよ。」
「オマエ、カバンの中にお好み焼きソース入れてんの? ボトルのまま? どんな女子高生だよ。」
「でも、お弁当にお好み焼きソースかけたいときあるでしょ?」
「あってもボトルのまま持ってこようとは思わないけどな……」
それはそれとして、そのせいでラブレターの後半部分はところどころ読めなくなってしまっているのだ。差出人も分からない。
「“教室で見た”って言ってるからクラスメイトだろうし、“ほとんど話したことがない”男子をピックアップすれば誰かは分かりそうだよな。」
「え? どうして男子なの? 女子の可能性もあるじゃん。」
「いや……“僕”って書いているし。」
「“ぼくっこ”の可能性だってあるでしょ。」
「ウチのクラスに、リアルで“一人称が僕”の女子いたか?」
「だからほら……このシミの部分、“ほとんど話したことのない僕からこんなことを言われても、気持ち悪いだけかも知れません。だから、せめて
「何を告白されてるんだよ。」
やっぱりこの手紙、ラブレターじゃないと思うんだよね。
最後に「お友達にさせていただけませんか?」って書かれてるし、きっとわたしと友達になりたい「ぼくっこの女子」だよ。
「オマエ、文面の“お友達にさせていただけませんか?”をそのまま受け取るんじゃねえよ。その前に“まずは”って書いてあるんだから、お友達以上になりたいに決まってるだろ。」
「“お友達”より上って何? “ご学友”とか?」
「友 達 を 丁 寧 語 に 言 い 換 え た い ワケじゃねえんだよ。お友達を長く続けても、ご学友にはステップアップしないだろ。」
「じゃあ何?」
「いや、だから“最終的には恋人になりたい”って言ってるんだよ。」
えーーーー!?
この手紙には「恋人」なんて言葉書かれてないのに? それを察しろと?
こんなの難しすぎる。
「でも、そうなるとさ、るーちゃん。」
「ん?」
「この人、多分“最終的には恋人”止まりじゃないよね。」
「あー、そうだろう……な。」
「いっしょに登下校とかしたいだろうし、夏にお祭りに行ったり、クリスマスとか初もうでとかバレンタインとかをいっしょに過ごしたり、エロイことだってしたいだろうし、卒業後も連絡を取り合って、結婚をして、こどもを三人くらい作って、子育てをして、そのこども達も巣立っていって、2人でポカポカした縁側でお茶なんか飲んじゃったりして、どちらかが先に亡くなっちゃうんだけど、最終的にはいっしょのお墓に入るんだから―――最初から“いっしょのお墓に入りたい”って書いてほしいよね。」
「いきなりそれを書かれてもワケが分からなさすぎる。」
「もしくは、“来世もいっしょになりたい”とか。」
「現世でも、まだほとんどしゃべったことないのに??」
Dの文を書いた時の筆者の気持ちを述べよ やまなしレイ @yamanashirei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます