晋書30 刑法志

刑法志  復肉刑議

 桓玄かんげん東晋とうしんで実権を握り、間もなく簒奪を仕掛けようかと言うころ、かん文帝ぶんていが廃止して以後たびたび議題とされた「肉刑」、死刑よりも程度の低い処罰として片足を切る、と言った法律を復活させようとした。これについて桓玄、官吏らに議論をさせる。


蔡廓さいかくが言う。

「お国を整えるのには、まず教化。無論ルールは往々に定めねばなりませんが、徳治と刑罰は並べ定められるべきものでございます。人々を教化してその邪心を収める、してはならぬことを教えることでその怠慢を抑える、よき教えにてその心を満たし、厳しき寒さにてその心を引き締める。ここはお国の指向が質素であろうが豪華さを向こうが変わることがございませぬ。

肉刑は元々、古代の聖王が行っていたもの。これは昔の世が純朴であり、民もまた素朴で善であったため、刑罰の様子が描かれた絵を見ればすぐにその心を入れ替えたため。また刑罰を受けた罪人が道を歩かされておれば、その不逞なる気持ちを押しとどめて心を入れ替えたためでございました。そのため処刑よりも肉刑といった「見せしめ」さえ設ければ、ことさらなことをせずとも治安が整ったのでございます。

一方治安の荒れた時代においては、世の中に虚偽があふれ、こうしたものを抑え込むための網たる法規は細々と定めねばならなくなります。賢しらさや小手先の巧みさばかりが日ごとに募り、こういった事柄を恥じて謹もうという者はますます少なくなっております。ゆえにその身を重い労役に置いたところで、顔に入れ墨を彫ったところで、鼻を削いでみたところで、そのよこしまな心をへし折ることが叶わなくなるのです。そのような時代に肉刑を復活させたところで、ただその残虐さに眉をしかめる者が出るのみで、治安の正常化に資すことはございませんでした。

また公開処刑に相当するとされる罪についても、中には釈明次第によって処刑が免除される場合がございます。そしてその者を処刑しなかったとしても、律令に基づけば同じ裁きを下したのに等しき結果となります。軽い罪も重い罪も同じ刑罰が科されるというのであれば、処罰減免の道が塞がれることとなりましょう。これらのことは、過去に鍾繇しょうよう陳羣ちんぐんも申し立てており、また当朝の元帝げんてい陛下も憐れまれたことだったではございませんか。

さて現在、偉大なる宰相が陛下をお支えになり、そのお姿は伊尹いいん周公旦しゅうこうたんにも比するとの評判が巷に満ちております。ならば死刑を濫発するのではなく、人を愛し、育てるためにも、見せしめの形を復活させるのがよかろうと思われます。みだりな死刑ではなく肉刑をなすことで、その命を損ねさせることなく、性根を改めたもと罪人の一門が途絶えぬよう計らってやるべきでしょう」


 蔡廓のこの提議に、しかし孔琳之こうりんしは反対意見を述べた。そのときの発言は曹魏そうぎ初期に王朗おうろう夏侯玄かこうげんが提示したものと同じであった。世論は孔琳之に賛同し、肉刑が復活することはなかった。




至安帝元興末,桓玄輔政,又議欲復肉刑斬左右趾之法,以輕死刑,命百官議。蔡廓上議曰:「建邦立法,弘教穆化,必隨時置制,德刑兼施。長貞一以閑其邪,教禁以檢其慢,灑湛露以流潤,厲嚴霜以肅威,雖復質文迭用,而斯道莫革。肉刑之設,肇自哲王。蓋由曩世風淳,人多惇謹,圖像既陳,則機心直戢,刑人在塗,則不逞改操,故能勝殘去殺,化隆無為。季末澆偽,設網彌密,利巧之懷日滋,恥畏之情轉寡。終身劇役,不足止其奸,況乎黥劓,豈能反於善。徒有酸慘之聲,而無濟俗之益。至於棄市之條,實非不赦之罪,事非手殺,考律同歸,輕重均科,減降路塞,鐘陳以之抗言,元皇所為留湣。今英輔翼贊,道邈伊周,誠宜明慎用刑,愛人弘育,申哀矜以革濫,移大辟于支體,全性命之至重,恢繁息於將來。」而孔琳之議不同,用王朗、夏侯玄之旨。時論多與琳之同,故遂不行。


(晋書30-1)




オアー!

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884854958/episodes/16816700429447203430

ここで葉適しょうせきが名指しで蔡廓をぶん殴ってましたが、そりゃ納得ですわ! ここで桓玄を伊尹や周公旦に匹敵する人物だとかぶち上げてりゃ、そりゃ殴られる! 残当! どうしようもない!


蔡廓の言っていること、以前読んだときにはさっぱりわからなかったんですよね。昔の素朴な時代には肉刑にも効果があった、けど「末の時代には」肉刑なんてほとんど意味がない。「だから今肉刑を復活させるべき」。えっいまって「末の時代」じゃなかったの?


違いました。「桓玄さまが伊尹や周公旦にも比するべき偉大な統治を為し遂げることによって聖王のような素朴な時代が復活した」って語ってやがりましたこいつ。完全に桓玄への阿諛追従ムーヴでした。いやまぁ確かにここで桓玄に逆らったっていいことなんかなにひとつありません。それにしたってさぁ、ここで敢えてこすってくるのはちょっとやり過ぎじゃありませんかね?


肉刑議論については晋書刑法志が長々とまとめてくれています。漢の文帝が廃した肉刑をどうしても復活させたい輩がちょろちょろしてたようです。


前漢ぜんかん文帝。

これまで行われていた肉刑を撤廃。


後漢ごかん獻帝けんてい時に三回。

崔寔さいしょく鄭元ていげん陳紀ちんきが復活を提起。

荀彧じゅんいくが復活を提起。孔融こうゆうが反対。

鍾繇と陳羣が復活を提起。王朗が反対。

いずれも却下。


文帝時に一回。

文帝が復活を提唱。流れた。


明帝めいてい時に一回。

鍾繇が提起。王朗が反対。却下。


しん武帝ぶてい時に一回。

劉頌りゅうしょうが頻繁に提案。スルー。


元帝げんてい時に一回。

衛展えいてんが提起。王敦おうとんが反対。却下。


そして、安帝。このあと一気に飛んでとう太宗たいそうが「今行われている肉刑を廃止せよ」と命じています。つまりこれだけ散々却下され続けたにもかかわらず、現代には結局肉刑が復活していた。だので再び廃止するためにも、過去の肉刑についての議論を振り返ろう、としたわけですね。


で、ここの流れとしては「肉刑復活は国の権威を高める」とする一派と「現実見ろそんなん民をビビらせるだけじゃねーかバカ」とする一派のぶつかり合いのようですね。そして桓玄も晋のフリして将来の自分の国、楚の権威を高めようとして肉刑復活を言い出した。それに蔡廓がポチした。で孔琳之以下に「バカかオメー」と切り捨てられた、と。


肉刑の復活したタイミングがどこなのかはつまびらかとされていませんが、李世民はこの議論に「いい加減にせーや」と断じています。ただ晋書に載る主張は肉刑推進派のものの方が多いんですよね。これは「こうした言葉に負けてはならない」という意思の表れなのかもしれません。


しかしここに来てこんな莫大な蔡廓サゲが入るとは思いもよらなかった。このひとめっちゃすげえ人だと思ってたけど、さすがにこの発言はやべえ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る