劉裕87 義熙土断上奏 上

413 年、劉裕りゅうゆう義熙ぎき土断を施行。

これで圧倒的な歳入増加を得た、

とされています。その施行を願い出るべく、

安帝あんていに奏じた内容です。

関連:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888050025/episodes/1177354054888805765



臣聞

先王制治 九土攸序

分境畫疆 各安其居

 臣は聞いております。

 古代の帝王は、中国を九州に区画され、

 人民らをその土地に定着させたと。

 

在昔盛世 人無遷業

井田之制 三代以隆

 いにしえの徳盛んなる時代、

 人々は己の仕事を変えずにおりました。

 故に井田の土地制度が

 いんしゅうの三代に栄えたのです。


秦革斯政 漢遂不改

富強兼并 於是為弊

 ところが、しんはその土地制度を廃止し、

 かんはそのまま秦の制度を

 踏襲しましたので、

 豪族の土地兼併と言う

 弊風が生じてまいりました。


九服弗擾 所託成舊

在漢西京 大遷田景之族

以實關中 即以三輔為鄉閭

不復係之於齊楚

 そのため地方政治が不安定となり、

 元の状態に戻さねばならぬ、

 という動きが起きました。

 漢の高祖こうその時代に、

 せいでん氏、けい氏といった豪族を

 関中の三輔さんほ地区に移し、

 斉、楚との関係を断ち切らせた、

 という措置がこれでこざいます。


自永嘉播越 爰託淮海

朝有匡復之算 民懷思本之心

經略之圖 日不暇給

是以寧民綏治 猶有未遑

 永嘉えいかの乱にて都を追われ、

 この江南こうなんに王朝が遷りました当初は、

 朝廷は故土の恢復に力を注ぎ、

 人民も故郷に帰りたい一心から、

 軍事にばかり精力を消費し、

 民政の方はとかくおろそかに

 なりがちでございました。


及至大司馬桓溫 以民無定本

傷治為深 庚戌土斷 

以一其業 于時財阜國豐

實由於此

 桓温かんおん様の時代になって、

 人民にはっきりした現住地がないのでは

 政治が行いにくいというので、

 庚戌こうしん土斷を実施いたしました。

 その当座、王朝財政が潤ったのは、

 まったくそのお陰でございます。


自茲迄今 彌歷年載

畫一之制 漸用頹弛

雜居流寓 閭伍弗修

 しかし、あれからすでに五十年、

 かの現住地主義の方針は

 またまた次第に崩れ出し、

 在来の江南人のあいだに

 流寓者が複雑にいりくんでいるために、

 人民の統治は

 収拾がつかぬありさまにございます。


王化所以未純 民瘼所以猶在

 政治が一向すっきりせず、

 人民の不満があいかわらず

 軽減しない原因は、ここにあります。




九年,公表曰:

臣聞先王制治,九土攸序,分境畫疆,各安其居。在昔盛世,人無遷業,故井田之制,三代以隆。秦革斯政,漢遂不改,富強兼并,於是為弊。然九服弗擾,所託成舊,在漢西京,大遷田、景之族,以實關中,即以三輔為鄉閭,不復係之於齊、楚。自永嘉播越,爰託淮、海,朝有匡復之算,民懷思本之心,經略之圖,日不暇給。是以寧民綏治,猶有未遑。及至大司馬桓溫,以民無定本,傷治為深,庚戌土斷,以一其業。于時財阜國豐,實由於此。自茲迄今,彌歷年載,畫一之制,漸用頹弛。雜居流寓,閭伍弗修,王化所以未純,民瘼所以猶在。


(宋書2-20_政事)




土断についての背景とか。シンプルに言ってしまえば難民がごちゃごちゃ流入してきたのを臨時措置で回してたけど限界、だから桓温も一回その辺を整理したけど、そこから期間が経ってその辺もぐずぐずになってきた挙げ句、さらに追い打ちをかけるように難民が流入してるもんだから、これもう一回やらんと話にならんっすわ、という感じでしょうか。正直漢とか秦のくだり全くいらんくない? まぁ上奏でそれ言っても仕方ないんですけど。


しかし、一般には桓温の土断よりも劉裕の土断のほうが効果でかかった、みたいな話ですけど、改めて読むとそういう話じゃなくて、「単純に土断の効果が経年劣化してるから改めてやり直します」でしかない気がしてきました。そこの効力の大小とか問うても仕方ない気がしてきた。


とは言え劉裕って、明らかに桓温よりも動員力「は」でかいんですよねえ。この辺はこれまでの軍政の常識をぶっ壊して、さらにそのまま権勢をでかくすることが叶ったというめぐり合わせ的なものを感じます。劉裕と桓温の才能の差は、このへんでは占えなさそう。


まぁ劉裕と桓温の差は敵が大物かどうかってところには集約されますがね。明らかに桓温のほうが敵が巨大だったものね。


いや確かに劉裕の敵も北魏なわけで、それだけ見れば前燕前秦に匹敵するというか、圧倒的にそれ以上な相手なんですけど、あそことは実質戈を構えてないからなぁ……もはやお互い殲滅戦争なんてやりようがない相手だと認識してたところがあるっぽいし。


逆に言えば、殲滅戦争が叶うギリギリのラインが三國志であったり、淝水前の三つ巴だったりしたのかもしれません。北周~隋の中華統一戦争は、ヒロイックに語るには北斉がオモシロ国家過ぎたものね。

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