美女と野獣とイケメン

きざしよしと

美女と野獣とイケメン

 俺には昔から困った能力があった。

 それは、ある特定の場面……わかりやすく言うと惚れた腫れたの恋愛事情の絡む状況に遭遇しやすいということ。

 放課後に居眠りをすれば、背後でクラスメイトの告白劇が始まり、ゴミ出しに行けば1人の男を取り合う女子たちに遭遇する。今日日少女漫画でも起こらないだろう、コテコテの少女漫画展開を目の当たりにしてしまうのだ。それこそ、俺は実は少女漫画の世界に転生したのかと勘違いしてしまうほどに。

 そして今、その能力のためにとても困った状況に陥っている。


 バイト先に兄貴が来たのだ。それも彼女連れで。


 兄貴は俺がこの喫茶店でバイトをしていることなど知らないのだろう。兄弟仲は悪くはないが、兄弟自体が大変多いために、個々の話はそう多く語らない。俺も兄貴に彼女がいるなんて知らなかった。

 俺の兄貴は言っちゃ何だがかなり厳つい目付きをしている。180センチ近くある体に綺麗に筋肉を着けたスポーツマンなのだが、顔が怖い。盗んだバイクで走り出すタイプではないのだが、表情筋にヤンキーが住んでるので誤解されがちだ。ちなみに俺の顔も似たようなものである。表情筋に住むヤンキーは父親からの遺伝だった。

「1番の席、すげぇカップルだな」

 その片割れが俺の兄だとも知らずに、バイト仲間が「美女と野獣って感じ」と笑う。俺は頷きながらも、(その野獣、妹にキャラ弁作るタイプの野獣です)と心の中で思っておく。彼は見た目に反して可愛いものが好きで、下の弟妹に甲斐甲斐しい男なのだ。


 それにしても、兄貴の彼女は可愛い。

 さらりとした黒髪を背中まで伸ばした美しい女性だった。色白で、瞳が大きくて、少し下がり気味の柳眉をしている。兄貴より少し年下くらいの、清楚な雰囲気の女性だった。

「何話してるんだろうな」

「ちょっと隣のテーブル片付けながら聞いてこいよ」

「ええ……」

 脇腹をつつかれて眉間に皺を作る。何を話しているかは気になるが、盗み聞きしていたことが発覚すれば、空中コンボからのテキサスクローバーホールドで実家の煎餅布団に沈められかねない。

 喧嘩の腕だけは見た目通りであったし、恥ずかしがると手が出るタイプの兄貴は照れ隠しに余念がない。

 まあ、それはそれとして会話の内容は気になる。俺は欲望に忠実な男だった。上手くやらねば。


 がちゃがちゃと空皿を積みながらちらりと横目で隣席の様子を確認する。兄貴のちょうど死角になるので、俺がもたもたと片付けをしているのを見られることはない。

 2人はどうやら仲良く談笑している訳ではないらしい。兄貴の表情は窺えないが、彼女さんは真剣な表情でうつむき気味に思案しているようだ。

「やっぱり駄目よ」

 彼女さんの薔薇色の唇が震える。

「男のコカンに関わるもの」

 とんでもねぇ言葉で。

 か、彼女さん? それはどんな意図で放たれた言葉なんですか? 何の話をしていたのか本当に気になる。気になるけど知りたくない。尊敬する兄貴が真っ昼間から彼女と真剣に猥談していると確信したくない複雑な弟心をわかってほしい。

「コカンじゃなくて沽券な」

 訂正が入ってほっとする。良かった、ただの良い間違いか。

「あら、また間違えちゃった。よく緩いって言われるの……雰囲気の話よ?」

「聞いてねぇから補足しなくていいわ」

「つれないのね」

 よよよ、と態とらしく泣き崩れる彼女さんに、兄貴は乾いた空気を向ける。多分俺も同じ顔をしていたと思う。

 この女性、上品そうな雰囲気をしているが、だいぶウェットに富んでいる。残念なことだがシモ方向に。

 これが兄貴の彼女かぁ……としょっぱい気持ちになっていると、カランカランとドアベルの鳴る音がした。

「うお」

 思わず声が出た。入ってきたお客さんが、あんまりにイケメンだったからだ。

 後ろを短く刈り込んだ前下がりの黒髪に、涼しげな切れ長の目。それでいてとろりと溶けるような優しい目をしている。すらりとした手足はモデルかバレー選手並みに長い。

 少女漫画で言うヒーロー役。背景に花を背負ってるタイプの正統派王子顔。壁ドンとかしそう。

 出迎えたバイト仲間に断りを入れて、イケメンはまっすぐこちらへやってきた。片付けをしている俺の横を通りすぎて、兄貴たちに声をかける。

「や、待った?」

 そうして彼女さんの隣に腰かけるイケメンに兄貴が「なんでそっち座るんだよ」と拗ねたような声を出すのが聞こえた。

 なんだ、デートじゃなかったか。

 残念なような、ほっとしたような、不思議な気持ちを空皿と一緒に抱えて戻る。さすがに同じテーブルにいつまでもいるのは一目につく。

「なぁ、あの美女と野獣カップル見たか? まさかの三角関係!」

 洗い物を片付けて戻ると、バイト仲間が興奮した様子で話しかけてきた。

「ええ? 3人だし、友達同士じゃないのか?」

 じゃなかったら相当気まずい。うちの兄貴はあのイケメンと彼女さんを取り合っているという構図になる。どう見ても当て馬ポジで俺の心が先に折れそうだ。失礼な話だが。

「いや、美女が席を立ったんだよ。その時にイケメンがちゅって美女のほっぺにキスしてな。野獣が怒ってた」

「怒っ……!? それは大丈夫だったのか。テーブルとか飛ばなかったか?」

 兄貴は怒ると怖い。よく通る声をしているので、怒鳴り声が三軒先まで届いたりする。

「いや、さすがにそこまで激しくないよ。ちょっとイラついたみたいな感じだよ」

「それ全く怒ってないから大丈夫だ。それがニュートラル」

「お前は野獣さんの何を知ってるんだよ」

 そんな話をしていると、3人が会計に立ったようだ。イケメンはコーヒーを飲んだだけだった。伝票にあるイチゴのパフェを食べたのはなんと兄貴である。ギャップの見本市のような男だ。

 会計を済ませた3人は、彼女さん、イケメン、兄貴の並びで出ていった。イケメンは女子を侍らせる時と同じ仕草で兄貴の肩を抱いていた。お前が真ん中になるのか、兄貴はそれでいいのか、と生ぬるい気持ちになったのは仕方のないことだろう。


 その一週間後、兄貴が彼女さんを連れてきた。

「一昨日の夜、高級ホテルのレストランで薔薇の花束を手渡されてプロポーズされた」

 真っ赤な顔で結婚報告をする兄貴の隣には、満面の笑みを浮かべるイケメンが座っていた。

 そのイケメンがどうやら女性であることや、兄貴とは高校時代からの恋人であることなどを聞きながら、心の中でバイト仲間に報告する。

(野獣さん、イケメンとゴールインしました)

 因みに、直接報告するつもりはない。

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美女と野獣とイケメン きざしよしと @ha2kizashi

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