バグっているアンドロイド少女をいま育ててる
にーしか
原型(プロトタイプ)
●ある夏の
一年目:夏
そういえば、ペットボトルの水があった。キャップを外してどぼどぼとかけると、砂は黒くてネバネバした塊になった。
「すごい……」
芽依亜はねばねばを両の手で握ったりおし固めたりすれば、形が出来上がることに気が付いた。
(なにか再現してみよう)
昨今、紫外線がいかに脅威的であるかは随分と浸透していた。だから、砂浜は簡易に設えたテント状の背の高い――サーカスのテント四個分くらいある――覆いですっぽりと包まれていた。中には、白い紐で囲んでネットを立てただけの即席コートが所狭しと並んでいる。
青色のテント越しの日射で周囲は妙に青ざめていたが、海パンやビキニで訪れている人々はみんなニコニコしていた。
灰色の野球帽を被った男性は、お気に入りのパートナーと組になって行う試合に興じていた。対戦相手は、ネットの向こうの、やはり同様のカップルだ。競技はバレーボールの砂浜仕様。2on2で行うビーチバレーだ。
灰色帽から一メートルほど離れたところにしゃがんでいるのが、芽依亜だった。しゃにむに黒い泥でペタペタやっている。試合は相手のサーブで始まった。
ぴぴっぴっぴー
審判が「待て」と笛を吹く。
「あなたのパートナーは分かってないみたいだけど?」
「大丈夫、気にしないで続けて」と灰色帽。
剛速球のサーブが芽依亜の近くを掠めた。灰色帽は回り込むことができずに失点。芽依亜はまるで目に入らないように熱心に土壁のミニチュアを築いている。再び、相手側のサーブ、灰色帽の一人ブロックは無情にも役に立たなかった。
ブシュツ! ぐちゃ
芽依亜は驚いた。
(せっかく築いた堤防が!)
往きに車内から見た白いコンクリートの細長い堤防がとても印象的だったのだ。あれを再現しようと、フォトコピーの記憶をマトリックス一杯まで使って細部まで参照できるようにしていたのに。どこからともなく墜落してきた樹脂製の球体が堤防を無残にも押し潰して、ころころと転がっていった。
「あの男のせいね」
起ち上がった芽依亜は球体の行方を肉眼で追っていたが、それは周りの人々の手を渡って、再びあの男の元に戻っていた。
笛の音と供に、あの男が球体を、肩の奥から回した拳で叩いた。芽依亜は少し助走を付け、球体が網の壁を越えた辺りに間に合うように跳躍した。振り回して勢いをつけた左手を思いっきり球体にぶつけてみようとする。間に合わない。すると、灰色帽のケンタが両手を前に突き出して球体を跳ね返してくれた。
「サンキュッ!」
芽依亜はケンタが寄こした球体の放物線軌道を計算した。最良のタイミングで跳躍した上で左手をランデブーさせる。もちろん、ターゲットはあの男だ。
球体は芽依亜の目論みとはややズレたものの、近いコースで男に再接近していく。
男は避ける術を持たず、顔面をボールに張り倒される格好になった。
「二之腹チーム1点!」
男のパートナーが駆け寄って、顔を心配する。鼻血が止まらない。パートナーである女が叫んだ。
「タイム!」
芽依亜は、向こう側にいる自分と背格好が同じような個体がキツい目つきで睨んできたのが分かった。
(あたしは悪くない!)
配信動画で見たことのある仕草を右手でしてみせたら、あの個体は満面の驚きで表情を強張らせた。
「よかったぞ、芽依亜」
ケンタが褒めてくれた。ケンタはいつでも褒めてくれる。
「でも、その指はダメだ」
帰りは、オレンジ色の太陽が岬に浸かってジュッと音を立てるのを聞いた。シェアカーの自動迎車を少し待たなければいけなかったけれど、今日はたくさんの満ち足りたイメージでログが埋まった。
水流でボディを洗うときに手伝ってと言ったのに、ケンタは手伝ってくれなかった。
●再教育プログラム
平素はla procre製品をご利用頂き、誠にありがとうございます。
la procreでは常にお客様に価値あるサービスをご提供すべく、軽微な初期化時の不具合について保障を行っております。つきましては、以下の手順に従って、最新バージョンにアップグレードしてください。お客様のポリシー設定に基づき、アップグレードが必要な個体をお客様が使い続けているかどうかをla procreは判断できません。
以下の手順に従って、最新バージョンにアップグレードしてください。アップグレードを完了させることで、引き続きクリエイティブ・パースンズをご活用頂けます。
次のステップ:
……
メールをゴミ箱に突っ込むと、ブラウザの検索フォームに「情操教育」と入れる。
(芽依亜には、次に何を体験させてやろうか?)
バグっているアンドロイド少女をいま育ててる にーしか @Sadoka
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