居候少女
@raku-wagasafune
第1話
今日も一日が終わった。疲れからか、ベッドに横になっていた。
今日を生き抜いた小さな達成感、すぐに来る明日の仕事への嫌悪感。
これらの感情が混ざり合って、睡眠時間の確保を妨げてくる。
あと何日頑張れば、今月を終えられるだろうか。
今月を終えて来月になれば、現状が変わり、楽しい日々は送れるだろうか、そう思いながら壁に掛けられたカレンダーを見た。
三月二十八日、
「明日か。」
思わず声が出る。
三月二十九日は、俺の母方のばあちゃんの命日だ。俺は、ばあちゃんにとても良くしてもらっていた。
よく面倒を見てもらって、遊び相手にもなってもらった。誕生日には、可愛らしい人形をもらったこともあった。
もちろん、ばあちゃんが可愛らしいのを選んだのは、ただ喜んで欲しい、という気持ちからだったと思う。
最初は俺も、女の子みたいだ、と、気に入ってはいなかったが、大好きなばあちゃんからの贈り物だからと、家に飾っておくうちに、愛着が湧くようになって今でも大事にしている。
そんな、ばあちゃんのことを思い出すと、記憶の中で、ばあちゃんはきまってこう言う。
「人生、後悔のないように生きなさい。人生
最後の瞬間、そうだね、人生が終わっちまう時だ。
あぁ、生きてきてよかった。
いい人生だった。と言えるように、自分が
正しいと思うこと、すべきだと思うこと、
向き合って生きていくんだよ。」
こんな長めの文章でも、今でも忘れず覚えている。
口癖とも言えるくらいに、ばあちゃんは俺にこのことを言い聞かせてくれた。
そして、あの日は、こう付け足して言った。
「わたしぁ、あんたみたいなかわいい孫がい
てくれて、今ね、生きてきてよかったぁ、
ってすごく思ってるんだよ。
まだ小さなあんたには、酷な話かもしれな
いが、わたしが最後を迎える時に、あん
たら家族で看取ってくれたらもう何も思い
残すことはないねえ。」
まだ小さな俺には、大好きなばあちゃんが死ぬ時のことなんて考えたこともなかった。衝撃的で、この話をされた時をよく覚えている。
この話をされた次の日、ばあちゃんは車に轢かれて死んだ。
ばあちゃんは歩道を歩いていた。
だが、ばあちゃんは死んでしまった。
飲酒運転でハンドル操作を誤り、歩道に突っ込んできたそうだ。
ばあちゃんは看取ってもらうこともできず、一瞬でこの世から去ってしまった。
俺は恨んだ。大事な人を一瞬で奪われたこと。ばあちゃんのささやかな願いを叶えてあげられなかったこと。
俺は、ばあちゃんを看取るどころか、ばあちゃんの遺体すら、見せてもらうことができなかった。
両親に止められた。
遺体を見た母親は、声をあげて泣いていた。
顔は綺麗に残っていたのだろうか、
見たらちゃんと、ばあちゃんと分かっただ
ろうか。
ばあちゃんへの想いが募る程に、ばあちゃんを殺した運転手を憎んだ。
だが、不幸は続く。
母親が鬱病になってしまった。
ばあちゃんが死んで一ヶ月経った頃だ。
俺と父さんでどうにかしようと、必死にサポートした。
無我夢中だった。
勉強もしなきゃいけなかったし、時間はあっという間に過ぎた。
というか、過ぎていた。気がつけば、俺は働いている。
学生の記憶はない、気がする。覚えていないのだ。
母さんや、父さんとも、最近会ってないし、連絡も取っていない。
元気にしているだろうか。ベッドに寝転がって、天井を見て考える。
「ばあちゃん、俺は人生のゴールを迎える時に、人生を誇れるかな。」
「なんか難しそうだね。」
俺の独り言に返事が返ってきた。俺は急いで体を起こす。すると、部屋に一人の女の子がいた。
小さな子だ。でも、俺はあまり驚かなかった。疲れすぎて、考えることを放棄したのだろう。
「鍵開けてたかな、勝手に人の家に入るもんじゃない。もう夜も遅いし、早くお家に帰りな。」
そう言うと、女の子は部屋の隅に座る。俺は疲れていて、寝たくて仕方なかった。
「もう...、気が済んだら早く帰れよ。」
そう言い残し、俺は目閉じた。
いつも通りにアラームで起きる、不快な朝だ。だがいつも通りじゃないこともある。あの女の子がまだ部屋にいた。
女の子は俺が起きたことに気づき、
「おなかすいた。」
寝起きの俺にそう言った。
俺には何が何だか分からなかった。
この子は一晩ここにいたのか?
それは誘拐になるんじゃないか?
てことは、俺は捕まってしまうのか?
それはまずい。どうにかしてこの子を、親元まで送り返さなきゃいけない。そう思った。
「おなかがすいた。」
だが、流石に何か、食わせてやらないとかわいそうだ。俺は適当に朝食をこしらえてやった。
「美味いか?」
「うん。」
「そりゃよかった。」
俺は、美味そうに俺の作った飯を食うこいつに、少し愛しさを覚えた。
俺はこいつをすぐにでも親元に送り返したかったが、俺にも仕事はある。
「じゃあ俺、仕事に行くから、早くお前家帰れよ。じゃあな。」
そう言い残して家を出た。
いつも通りの仕事を、いつも通りこなす。
今日は仕事が終わるのが早く感じた。あいつが心配だったからかもしれない。
「ただいまーって、まだいたのか。」
女の子は部屋の隅に座ったままだった。
「まじで家帰んなくて大丈夫なのか?親も心配してるぞ。」
女の子は理解ができていないようだった。
「まあいい、今日ももう遅いし、明日帰れよ。」
そうして俺はまた、この子に飯を作り、寝ることにした。
横になって目を閉じ、寝ようとしている時だった。
「痛っ!」
俺は痛みで大きな声を出した。
「大丈夫?」
女の子が心配してくれていた。
「ああ、結構前からなんだ。たまに腕とかに針が刺されるような感じがしてな。まあ痛いの一瞬だから、大丈夫だよ。」
「体大事にしてね。」
「ありがとうな。」
そしてまた、目を閉じた。
何故か、この痛みの後はリラックスして眠れるのだった。
今日の朝も女の子に朝食を作って俺は家を出た。
「ちゃんと家に帰れよー。」
今日も仕事が早く進む気がした。俺は今日は定時で仕事を切り上げた。
帰り道、俺は夕飯のメニューを考えていた。
「あいつ、何が好きなんだろうな。なんかスーパーで買ってくか。」
しかし、俺は思いとどまった。そもそもあいつは、親元に帰ってるかもしれないじゃねーか。
もし、まだ家にいたとしても、俺のやるべきことは、あいつを親元に返すことだ。勘違いするな俺。
俺がやってるのは誘拐と思われても仕方ないことだ。問題になる前に親元に送り返そう。まあ、もう帰っててくれればいいんだがな。
「ただいまーっと、まあ、まだいるわな。」
女の子はベットに座っていた。
「なあ、苗字と名前を教えてくれ。お前を親元に送り返そうと思う。」
すると女の子は困ったような顔をした。
「じゃあ、親の名前は?家の場所でもい
い。」
女の子は表情を変えない。
「お前、何も知らないのか?」
その子は、こくんっ、と首を小さく縦に振った。
どうしたものか。
じゃあ、この子はどこから来て、なぜここに来たんだろうか。
「私も、どこから来たかも、なんでここに来たかもわからない。けど、頼れる人なんていないの。」
女の子は弱々しくも、力を振り絞ったような声で俺に訴えた。
その時、俺の頭の中に、あの言葉が浮かんできた。
「生きてきてよかった。いい人生だった。と言えるように、自分が正しいと思うこと、すべきだと思うことと、向き合って生きていくんだよ。」
ばあちゃん、俺、人生のゴールで後悔しないように、自分が正しいと思うことに、向き合ってみるよ。それが俺のすべきこと、だと思うから。
「分かった、当分は俺が面倒を見る。身寄りのない子供は見捨てられねーよ。」
「あ、ありがとう!」
女の子は、ようやくニコっと笑った。
俺は、この子が嬉しそうに笑うのを見て、自分の決断は間違ってない、と思うことができた。
「じゃあまずは名前からだな・・・」
ぽたっ、ぽたっ
小さく点滴が落ちる音が鳴る
「どうですか?安静にしてますか?」
「ああ、おとなしくしてるよ。鎮静剤射ったばっかだしな。」
「本当ですね、おとなしくしてる。にしても、この人、絶対この人形の事離しませんね。」
「ああ、なんでも死んだばあちゃんからもらったものなんだと。この人も不憫だよな、祖母を事故で亡くして、母は鬱病で自殺、そりゃあ、精神が参っちゃってもおかしくない。父親も辛いだろうな、妻に先立たれ、息子がこんな状態じゃ。」
「あっ、静かに、なにか言ってます。」
「そうだ、名前は“みう”にしよう。」
「なんだろうな、この人形の名前なのか?」
「そうなんですかね、とりあえず大丈夫そうですね。この患者さんは、コミュニケーション取れるんですか?」
「いや、ずっとこの調子だ。コミュニケーションが取れた試しはまだない。いつも人形に話しかけてる。」
「そうなんですね。これから頑張って治療していきましょう。」
「そうだな。この人の帰りを待つ父親の為にも。治すことが俺たちの仕事だし、何としても助けてあげたい。」
「そうですね。最後まで頑張りましょう。」
ぽたっ、ぽたっ
点滴が静かに落ちている。
居候少女 @raku-wagasafune
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます