始まりの前に始めたいから

神凪

深夜の二人の祝賀会

「両親は寝てるので、静かに部屋までお願いします」

「オッケー」


 一頻り喜びを分かち合った後、俺たちはコンビニに戻ってお菓子を買い漁って、袋を抱えて俺の家に来ていた。なにかを秘密で買っていたが、それをなにかは教えてくれなかったが。

 お菓子を買い漁った理由は、どうしても入学前に祝賀会がしたいと言って店員さんは聞いてくれなかったからだ。

 もちろん、俺も言いたいことはたくさんある。入学のためにわりと本気で血反吐を吐くまで頑張ったし、他にも話したいことはたくさんある。

 忍び足で俺の部屋に向かうと、店員さんは真っ先に俺の口にガムを突っ込んできた。


「んぐっ」

「あ、ごめん」

「いいですけど。これはまた、なんとも懐かしいですね」

「……覚えててくれてるもんなんだね」

「当たり前です」


 それは、店員さんがあのときくれたガム。眠気を何度も飛ばしてくれたガムだ。


「そ、それよりケーキ食べよ。買ったときは一緒にいる予定なかったから一個だけなんだけど……」

「なら、半分食べてください」

「気を遣わないで大丈夫だよ。私は君に食べてほしいから」

「ひと口だけでも」

「……そこまで言われて断れというのは、なかなか無理だよね……」


 半ば強制的にケーキを食べてもらうことを約束させて、店員さんが持ってきていたケーキを開ける。少し大きめのショートケーキが入っていた。


「好みを知らなかったけど、大丈夫?」

「好きです」

「……うん」

「ショートケーキ」

「そっちね」


 なぜか落胆していたが、俺がケーキを食べると嬉しそうに顔を眺めていた。

 本当に、可愛い人だと思う。第一印象は美人だったけれど、今はどちらかといえば可愛いだろう。


「彼女にするなら、店員さんみたいな人がいいですね」

「うん」


 嬉しそうに、まだ俺の顔を眺めている。ケーキの最後の一口を食べさせると、満足そうに頬を緩ませた。

 この笑顔をずっと見ていたいと思うのは、きっと俺がこの人に惚れているからだろう。なんとも間抜けな話だ。ほんの少し相談に乗ってもらって、合格を一緒に喜んでくれる人が好きだなんて。今まで異性にこんな感情を抱いたことなんてなかったのに、急にどうしてしまったのだろう。


「えっと……明日は彼氏とデートがしたいなぁ……なんて」

「………………そりゃそうか」


 少し頭を使えばわかるような、当然のことだった。こんなに可愛くて明るい人に、恋人がいない方が不自然だろう。


「彼氏いないんだけどね」

「……ん?」


 頭が追いつかなかった。彼氏がいないのか、なら俺にも希望がほんの少しくらいあるか。

 いや、違うだろ。彼氏がいないのに彼氏とデートをしたがっていたのか。それはまるで、この場で彼氏を作ろうとでもするつもりなようにしか聞こえない。

 そしてもちろん、この場には俺しかいない。

 勘違いじゃなかったらいいな、と思った。それをストレートに口に出すには、あまりにも勇気が足りなかったけど。


「俺とじゃ駄目ですかね?」

「……もちろん、いいよ」


 店員さんにしては珍しい、照れたような表情。それが彼女が何を思っているのかを示してくれていた。


「店員さん」

「なに?」

「好きです」


 名前もまだ知らないけど。ただ、ほんの少しだけ励ましてもらっただけだけれど。それでも、俺はこの人のことが好きだと思えた。

 拒絶はされなかった。むしろ肯定的な表情で、また彼女は俺を抱きしめた。


「名前も知らないのに?」

「お互い様でしょうが。それで受け入れてくれてる店員さんも店員さんじゃないんですか?」

「それは、確かに」

「だから……まずは名前から、教えてください」

「そうだね。私は――」


 これは俺の大学生活が始まるほんの少し前の話。そして、俺が初めてやりたいことを見つけられた話だ。

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始まりの前に始めたいから 神凪 @Hohoemi

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