ウサギとカメと、それから私。

葛瀬 秋奈

第1話

 天気のいいある日のこと。私がぶらぶらと散歩をしていると、誰かが騒いでいる声が聞こえた。気になって近づいてみると、ウサギとカメがいる。


「もしもし、カメよ、カメさんよ。世界のうちでお前ほど歩みののろいものはないな」

「やめてよ、どうしてそんなこと言うの」

「どうしてそんなにのろいんだろうねぇ」


 ウサギがカメをはやし立てていた。


 またか。と、私は呆れた。


 気になる相手をからかおうとするのはウサギの悪癖あくへきだ。カメの足が遅いことなんてみんな知ってるし、そんなことを指摘したところでどうなるものでもない。わざわざ話しかけるのは、相手の気を引くためだ。

 要するに、ウサギはカメが好きなのだろう。が、好きなら何を言っても許されるものでもないし、現実としてカメには嫌がられている。もしかしたらウサギは頭が悪いのかもしれない。


「ウサギさん、またやってるのかい」

「イヤだねぇ」

「知ってる。ああいうの、ストーカーっていうんだろ」


 私と同じように通りすがったらしいうわさ好きのスズメたちが、コソコソと話している。自分たちだって群れなきゃ悪口も言えないくせに、えらそうなことだ。

 ウサギもウサギで、こんなに言われてるんだからやめればいいのに。このままではカメ以外にも嫌われてしまうだろう。


 どうなることやらと見守っていると、いつもは大人しいカメがついに反撃に出た。


「そんなに言うならウサギさん、ふたりで競走しようじゃないか。えらそうなことを言うのは、私に勝ってからにしてもらおう」

「ほう、ノロマのくせにそんなことを言っていいのかい」


 無謀だ。どうしてそんな無駄なことを。


「ここがスタート。この道をまっすぐ行ってとうげを越えて、ゴールは反対側のふもとだ。日時は、明日の今と同じ時間。いいね?」

「よかろう」


 そうしてふたりは別れた。

 私は慌ててカメに駆け寄り、真意を問いただした。


「カメさん、どういうつもりなの。何か勝算でもあるのかい」

「ないよ、そんなもの」


 ないんかい。思わず芸人のようにツッコミを入れたくなってしまったが、カメの言葉はその後も続いた。


「ウサギさんは、目立ちたくて、誰かに認めてほしくてたまらないんだと思う。だから本気で勝負して私に圧勝すれば、満足するんじゃないかと」


 どうやらカメは大きな勘違いをしているようだ。自分が執着されている自覚がない。ウサギの態度が態度なので無理もないか。

 しかし、だ。お互いに本気で勝負することで芽生える友情というのも、あるかもしれない。そうなれば結果オーライだ。


「わかった、頑張ってね」

「うん、ありがとう」


 私はこのまま彼らを見守ることにした。


 そして、翌日。

 スタート地点には、大勢の野次馬やじうまが集まっていた。どうやらスズメたちが噂を広めたらしい。みんなひまなんだな。

 号砲ごうほう係はニワトリがすることになった。


「位置について、よーい……コケー!」


 そんな間抜けな号砲があるか。

 野次馬一同がズッコケている間にも、当事者たちは走り出していた。走り出したというかカメの方はほとんど歩いているようにしか見えないが、あれでも全力なのだ。

 とはいえカメは一度決めたことは最後までやり抜くやつでもある。心配はいらないだろう。


 私を含めたその他大勢は下の道を通ってゴールまで先回りすることにした。


 勝負は最初から見えているとはいえ、ゴールした後の彼らをねぎらってやらないと。結果よりも過程が大事なんて綺麗事きれいごとは信じないけど、せめて頑張ったぶんくらいは報われるべきだ。


 などと思っていたのだが。


 ゴール会場でお疲れ様会の準備をしている我々のもとに、上から見てきたカラスたちからの報せが届いた。


「おい、ウサギのやつ山頂で寝てたぞ!」

「なんだってー⁉」

 

 私は驚いて開いた口がふさがらなかった。いくらカメが鈍足どんそくだからって失礼すぎる。


「もう疲れちゃったのかな」

「待て、何か作戦があるのかも」

「カメ相手に策を練ってどうするんだ」

「真の大物は格下相手でも本気で叩き潰すっていうからな」

「それは獲物えものを狩る肉食獣の話だろ」


 ウシもネズミもトラもイヌもサルも、みんなが好き放題に喋っている。鳥たちもピーチクパーチクとさえずっている。そんな中で、誰かが言った。


「あいつ、後半に猛ダッシュしてカッコよく勝ちたいんじゃないか」

「そのために休んだってことか?」

「うん」


 あり得る。その場にいた全員が頷いた。ウサギがその自意識の高さ故によく失敗していることを知っていたからだ。優しさから待ってあげてるとは誰も考えない。そもそも真剣勝負中に寝るなんて失礼だし。


「そんなこと言ってる間に誰か来たぞ」

「緑色が見えた。カメか!」

「下まで来るの思ったより早かったな」

「相変わらず速くはないけどな」


 これは走り方を見た感じからの推測だが、カメはのぼりもくだりもずっと変わらないスピードを維持していたのだろう。山は平地よりペースコントロールが大変だから、逆に言えばその管理が完璧にできればかなり有利になる。それを見越して山のコースを選んだのだとしたら、カメは意外と頭脳派なのかもしれない。


「よしよし、あと少しだな」

「あ、ウサギも来たぞ」


 カメの後ろからウサギがすごい勢いで追い上げてきた。初めにウサギが見えたときはかなり距離に開きがあったが、あっという間に差を縮めてきた。さすがに普段から足の速さを自慢しているだけのことはある。


「カメさん、負けるな!」

「ウサギさん、あとちょっと!」

「どっちも頑張れ!」


 ゴールで待ってるみんながウサギとカメを応援していた。そしてウサギがあと少しでカメの甲羅こうらに届くというその時、カメがゴールラインを越えた。


「ゴール!」

「勝者、カメさん!」


 続いてウサギもゴールした。本当に僅差きんさだった。ふたりともすっかり疲れ果てている。

 他のみんなが勝ったカメに夢中になっているので、私はウサギに水を持っていってあげた。


「はぁ……」

「お疲れ様。山頂で寝てたんだって?」

「予想以上に坂で疲れたんだ。カメさんがあんなに体力あったなんて知らなかったな」

「それにしても居眠りはひどいよ。相手に失礼じゃないか」

「そうだね。反省しよう」


 私は落ち込むウサギに微笑ほほえみかける。


「うん。今度の冬に開催されるっていう十二支レースでは万全ばんぜんの状態で頑張ろうじゃないか、ウサギさん」

「ありがとう。次はお互いに頑張ろうね、ネコさん」


 後日行われた十二支レースにて、ネズミの卑怯な策略によって私が参加すらできなかったのは、また別の物語。

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ウサギとカメと、それから私。 葛瀬 秋奈 @4696cat

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