第1話
「どうしたもんか……」
あの後、静かになった山に一旦戻ったルリアさんは忘れた薬を飲んだらしいがなんの変化も起こらなかったようで、そのままの姿でなぜか僕の部屋に帰ってきた。
「ダメだな。この姿のままだ」
「そうですか……」
謎の沈黙。綺麗な大人のお姉さんが勉強机に座って、指先でくるくると電気の紐を弄ぶ。
どうしようもしてあげれないし、大人のルリアさんは本当に綺麗だ。色んな感情がごちゃ混ぜになり、狼狽してしまう。
「というか困った気持ちはわかりますけど、なんでまた僕の部屋に戻ってくるんです」
思ったより大きな声で沈黙を破ってしまった。
「ほう?子どもの姿の私にはそんな感情を顕にしたことがなかったというのに」
細くしなやかで冷たい指が僕の頬をなぞる。
以前もよくしていた仕草だが、何故か鳥肌が立って仕方がない。
ルリアさんの顔はまともに見れなかった。
「ふぅん。まあいい」
指を離したルリアさんはガラガラと窓を開ける。
外の風が僕の頬を撫でた。ルリアさんより暖かい。
「もうここには来ない。私のことは忘れろ」
「……えっ?」
その言葉を理解して窓の外を覗き込む頃には、遠くの空に箒のシルエットが吸い込まれていってしまった。
ルリアさんが隣の山に住み着いたのは2年ほど前で、一度家族で挨拶に出かけたことがあった。
その後から気まぐれに月一とか週三とかの頻度で顔を見せた。
僕の部屋から勝手に上がり込んで何をするでもなく、ただゴロゴロ漫画を読んだりお菓子を食べたり何やら怪しい薬を持ち込んだりしていた。
「無法者、見てみろ。これがドラゴンの鱗だ」
何かキラキラした魚の鱗にしてはデカすぎるものを見せつけられたりもした。
ルリアさんが姿を見せなくなって三ヶ月が過ぎた。ついに最長記録を更新してしまった。
「今日の生物史は『第二章、魔法使い』に入る」
先生が黒い壁の前に光るペンで空中に文字を書き出していく。
教科書をパラパラと適当にめくりながら直前予習をする。
「……年に魔法使いは初めて確認された。そしてそこから友好関係を結ぶために……」
教科書にあった写真を見て手が止まり、先生の声は聞こえなくなった。
そこに映る白黒の人物はどっからどう見ても大人の姿のルリアさんだった。
そのページの見出しには『魔法使い史上最悪の犯罪!人間の死者は500人以上!』と書かれている。
深く読み進めていくと、どうやら人間を実験に使い痛めつけ後殺害した以外にも、奴隷のように飼っていたり、洗脳したりなどたくさんの犯罪を犯したようだ。そのせいで、人間側は魔法使いとの関わりを一切断ち、魔法使いを見つけ次第処刑するように変わっていったというような内容が書かれていた。
「今先生やみんなが使っているこの光線筆や風邪の時に飲むお薬、お父さんお母さんが乗ってる飛行車などはすべて魔法使いの力を借りて作ったものです」
先生は一呼吸置いて続けた。
「みんなはこう思ったかもしれません。じゃあ今なぜもっと魔法使いと協力して良い物を作ろうとしないのか?って。じゃあ次のページをめくってご覧」
みんながルリアさんの写ったページを開いてきゃあと小さな悲鳴をあげた。
「ちょっとびっくりしちゃったかもしれないけど、魔法使いにはこんな悪い奴がいたんだ。しかもこの人だけじゃない。同じように人間を使役していた魔法使いは大勢いたとされているよ」
「うわぁこわい」「やっぱり魔法は怖いんだ」「恐ろしい」「滅んで正解だよ」
周りの人が口々言う言葉一つ一つを聞く度に握りこぶしが固くきつくなっていく。
ルリアさんがそんな酷い人だったのか。あのルリアさんが。ただの小さな小学生くらいの女の子なのに。僕のドーナツを盗んで、流行りの漫画にハマって、昔の自慢話を嬉々として語る、至って普通の人間で、ちょっと不思議な力が使えるだけの。あのルリアさんが。なにかの間違えなんじゃないか。
そんなはず、そんなはずない。
僕は魔法使いのことなんてひとつも知らないけど、ルリアさんが悪い人じゃないってことだけはわかる。
ルリアさんは。
「タナト君!タナト君!!」
「っ!!!」
喉がカラカラにかわいて驚いたのに声が出せない。
「タナト君大丈夫ですか。体調が悪くなってしまったのなら保健室に行きますか」
首を横に振って大丈夫だと伝えると先生は教卓の方へ戻っていった。
カサカサの口に必死で酸素を取り入れて二酸化炭素をはき出す。ぜぇぜぇと喉がなっている。髪をかきあげようと頭に触れると、汗でビシャビシャになっていた。
「大丈夫?タナト」
「うん。大丈夫。もう落ち着いた」
お昼休みにいつも一緒にお弁当を食べるリアくんに顔を覗き込まれる。
「タナトあの怖い話にビビっちゃったのか〜?」
いつのも調子でミカゲくんがからかってくる。
「違うよ、そういう訳じゃない。昨日寝不足だったからかも」
「ゲームにでもハマったのか?俺明日発売のゲームが楽しみで今日全然授業聞いてない!」
「おいミカゲ、お前この前もノート貸しただろ次はないからな」
「今日はなにげちゃんとノートとってましたー。つーかタナトのがノート取れてないんじゃねーの?」
「タナトはいつも真面目だからたまに体調崩して書けなかった分は見せてあげるよ。むしろ俺が書こうか?」
「ううん。大丈夫だけどノートは貸してほしい」
「いいよ食べ終わったら持ってくる」
一頻り日常会話を楽しんだ。
「そういえばさー二人は魔法使いってそんなに悪い人だと思う?」
「え?」「タナト?」
「……?」
何気ないテンションで思っていた疑問を尋ねただけなのに、空気が急に止まってしまった。
「えっ僕そんなまずいこと聞いちゃった?」
「タナトのじいちゃんってあの使魔山の管理人なんだよな?」
「うん」
「ならお爺様に話を聞いていてもいい気もするけど……」
何やら二人で深刻そうな顔をして相談し合ってる。
「ど、どうし」
「よし、今日タナト放課後暇か?」
「うん、暇だけど……」
「リアはいつでも暇だろ」
「勝手に決めつけないで」
「じゃあ放課後俺ん家で魔法使い講座やろうぜ」
「また勝手に決めて……。タナト嫌な時は断っていいからね?」
「ううん。僕の無知のせいで二人を困らせたくないからね」
「まず、タナトは魔法使いについてどこまで知ってるんだ」
「うーん、今日授業でやったとこかなぁ」
「ほかの知識は?例えば不死身とか」
「魔法使いって不死身なの?」
ルリアさんはあのお祭りを魔法使いの長生きのための祭りって言ってたのに。
「そう、あと幼い子供の姿をしていることが多い」
確かにルリアさんも子どもの姿だった。けど突然大人の姿に戻っちゃったんだよな。
「あの教科書の写真には大人の姿の魔法使いもいたよ?」
「子供の姿をしてるのもいるって感じだと思う」
「てか魔法使って見た目変えれんじゃね?あの大犯罪者だってまだ生きてるかもしれないって言ってただろ」
「そうかもね。もしかしたら写真に残る時は別の姿で写ってるのかもしれない」
そういうものなのかな?ルリアさんは自分で変わりたくて変わったって感じではなかったけどな……。
「おい、タナト。さっきからなんか納得いってなさそうな顔してるがなにがわかんねぇんだ」
「ううん。特に引っかかるとこはないんだけど……」
「というかなんでタナトのお爺様は何も教えなかったんだろう」
「みんな子供の時に絵本とかで読むよな」
じいちゃんの部屋は不思議な匂いがする。
グラグラと揺れる椅子に座り、ぼんやりと山を眺めていた。
「ねぇじいちゃん」
「んー。なんだタナトか」
「じいちゃん。なんでこの街は使魔って名前なの?」
「そりゃ魔法使いが住んどったからだ」
ギシギシと二度椅子を揺らし、小さな机の上の紅茶を飲む。
「じゃあなんで魔法使いいなくなっちゃったの」
ギィとひと鳴きして音が止まり、じいちゃんは静かにこちらを向いた。
「タナト、知るべき過去と知らぬほうがいい過去があるんだ」
「じゃあなんで魔法使いのこと教えてくれなかったの?」
優しい目をしたじいちゃんは目を閉じて、また山の方を向き、ギイギイやりだした。
「タナト、お前の後ろにある棚の真ん中を開けてご覧」
言われるがままに振り返り、古びた棚の真ん中にある引戸をゴソゴソと開けた。
中にはこれまた古びた本やボロボロの布切れ、木の枝のような細い棒が入っていた。
「その杖を持ってご覧」
「えっ?杖?」
杖がなんだかわからなかったが直感で木の枝を持ってじいちゃんに見せようとする。
「これ?」
棒の先をじいちゃんの方へ向けた途端、なにか光の糸のようなものが飛び出て、じいちゃんの方へと飛んで行った。
じいちゃんは虫でも払うかのようにその糸を払うと、椅子の後ろの床に落ちた。気づいたら床から芝が生え、部屋中の床が緑で覆われていた。
驚いて、足踏するとちゃんとざくざくと芝生の上を歩く感触がした。
「な、にこれ」
混乱していると、突然じいちゃんの部屋のドアがガチャと開いた。
「おとーさ……きゃあ!」
母が部屋の入口で短い悲鳴をあげた。
「なんであんた杖なんて出してるのもぉ。魔法の使い方教えてないんだからぁ」
え?魔法の使い方……?
「まあそろそろいいんじゃないか。魔法使いの家系なんだから」
ロリババア魔女がこんな美人なお姉さんな訳が無い 霖雨 夜 @linnu_yoru
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