幼馴染のアイドルとこっそり付き合っているのだが、彼女にアイドル引退の相談をされた次の日、ネットで電撃結婚の発表をされてしまった!?

華川とうふ

アイドルのゴール

「ねえ、アイドルのゴールって何だと思う?」


 久しぶりに会った、茉吏華は静かに言った。

 茉吏華は俺の幼馴染だ。可愛くて歌がうまくて、小さい頃からアイドルになりたがっていた。

 子供のころから側にいて、茉吏華はすごく頑張りやで、本当にすごい女の子だ。そして、なによりもすごいことは茉吏華は本当にアイドルになったことだ。


 茉吏華は可愛い。

 だけれど、アイドルは可愛いだけじゃなれない。可愛い女の子は世の中にいっぱいいて、アイドルになれる女の子というのは本当に一握りだ。


 そんな茉吏華と俺は実は付き合っている。

 アイドルにとって恋愛は御法度なので、俺と茉吏華の秘密だけれど。


 今日は茉吏華の誕生日だ。

 ずっと忙しくて会えていなかったけれど、マネージャーに無理をいって誕生日の一日だけはオフにしてもらったらしい。


「誕生日だもん。少しくらいワガママ聞いて?」


 茉吏華に今日は休みだと告げられたとき、悪戯っぽく茉吏華は言った。俺は当然、学校をサボった。


 普段まじめに過ごしているのだから、これくらいは許されるだろう。


 だれにもみつからない真夜中、茉吏華の誕生日の始まりの瞬間を一緒に迎えるために彼女のアパートに行くと、彼女が愛されているのが分かった。

 茉吏華の部屋にはプレゼントが山のように積まれていた。

 ブランドの紙袋や見るからに高級そうな紙に包まれたリボンをかけられた箱。

 茉吏華は愛されている。

 そのプレゼントたちは茉吏華のことを皆が思う気持ちを表しているみたいだった。


 俺ではとうてい買えないような、贅沢なブランド品がたくさんあった。でも、それらはどれもお店からでてきたばかりのピカピカの状態で、開封した様子もなかった。


「誕生日、おめでとう」


 日付が変わると同時にそう言うと、茉吏華は嬉しそうに俺に抱きついた。


「ありがと」


 そういって、俺のうでにぎゅっとしがみついた。

 そして、俺がサプライズで用意しておいたケーキのロウソクを消した。あくまで形だけと思っていたのに、茉吏華と俺はその小さなケーキを一緒に食べた。

 アイドルである茉吏華はスタイルを気にしてると思ったので、ロウソクを消して終わりかと思ったのに、真夜中に俺と茉吏華はプラスチックのフォークで小さな苺のケーキをつついた。


「ねえ、あーんして?」


 茉吏華がそういうから、口をあけると、頬に冷たい感触がした。いたずらっぽく茉吏華が笑う。


「ほっぺにクリームついてる」


 そう言いながら茉吏華はくすくすと笑う。


「こらっ」


 俺はちょっとだけ怒ったような、妹をたしなめる兄のような口調でいう。

 だけれど、次の瞬間、茉吏華が俺のほっぺにキスをしていた。


「甘いね。美味しいね」


 茉吏華は俺の頬に付いたクリームの味の感想をいう。

 なんでか、俺はそのセリフに胸が締め付けられるようになった。

 楽しくて幸せな時間のはずなのに。


 そして俺たちは抱きしめ会いながら眠った。


 別になにかあったわけじゃない。

 だけれど、もし明日世界がなくなるとしたら、きっと俺たちはこんな風にすごすだろうなあとそんな風に思った。

 好きな人と、ただゆっくりと時間をすごす。

 世界がなくなるなら、そうするのに、どうして世界がなくならないならそんな大切なことをおろそかにしてしまうのだろう。

 人間とは愚かだ。

 そんなことを考えながら眠った。


「おはよう」


 どちらからともなくそんなことをいう。

 子供の頃、日曜の朝は不思議と早く起きられたように、俺たちは今日は休みにするって決めているのに、普段よりも早起きをした。


 茉吏華が海に行きたいというので、海に行く。

 もちろん、スマホは置いていく。

 茉吏華はベタすぎる真っ白なワンピースを着ていた。

 目立ってしまうのではないかと心配になったけれど、白いワンピースにつばの広い帽子にサングラスは自然と茉吏華の顔を隠してくれていた。目立たないわけじゃないけれど、きっと見た人は芸能人って気づくけれど、誰か分からない状態。それはなんとも都合が良かった。


 海で二人で遊ぶ。

 お昼は名物の海鮮丼を食べたり、お土産物屋を冷やかして時間を過ごす。

 楽しかった。

 普通の高校生のカップルみたいだ。

 あくまで、『みたい』ってレベルだけれど。

 それでも、誰からも干渉されずに俺と茉吏華は二人だけで今日という一日を楽しんだ。


 夕陽の落ちるころ、浜辺をあるく。

 昼間、遠目にみた海は空を切り取ったみたいな水色だったのに、今目の前にあるのはなんだか胸がぎゅっと締め付けられるみたいな夕陽の色だった。


「楽しかったね……」


 茉吏華が寂しそうに言う。

 そう、今日という特別な一日が終わってしまう。

 俺たちは昨日だって明日だって、付き合っていることには変わりがないのになんでだか今日という一日が終わるのがものすごく悲しかった。

 当然だ。

 アイドルである茉吏華と俺は普段こんな風に長い時間一緒に過ごすことなんてできないんだから。


「ねえ、アイドルのゴールってなんだと思う?」


 海に黒い影が落ち始めたとき、茉吏華が何気なく言った。

 正直、分からない。


 普通の女の子はアイドルになるのを目標にするけれど、アイドルになったあとを考えることなんて早々ないだろう。

 俺にはまったく想像もつかない。


「あのね……私。もうアイドル疲れちゃった……だって、ゴールなんてないんだもん。毎日、ずっと頑張り続けて。それでも、もっと頑張れっていわれて。どうしたら、アイドルってゴールできるんだろう……永遠に走り続けなきゃいけないの?」


 茉吏華は苦しそうに言った。

 毎日、画面ごしに彼女の笑顔を見ているのに。

 でも、なんとか彼女を励ましたいと思って、俺は必死に考える。


「ゴール……結婚とか?」


 苦し紛れに言ってみた。

 アイドルっていうと、ゴールより卒業ってイメージだ。だけれど、卒業はどうしても寂しい感じがする。

 卒業よりもゴールって言葉を使っているのはそういう意味だろう。

 だけれど、結婚だなんて俺も本当に何も思いつかないんだなと自分のことながら苦笑いする。


「結婚……いいな、それ……」


 茉吏華の声が少しだけ弾む。


「でも、アイドルは恋愛は御法度だろ」


 だから俺たちの関係は秘密にしてきたんだ。


「うん。だけどね、交際ゼロ日で電撃結婚。これなら誰も文句をいえないんじゃないかな?」


 茉吏華は無邪気に笑った。

 俺も笑う。

 たぶん、これは現実逃避の戯れだ。

 誕生日という特別な日に考える、有り得ないような楽しい空想の一つ。

 俺たちは、結婚したら何がしたいとか子供の名前とかそんな話をしながら帰った。

 そして、俺たちは家に帰って、いつも通り「バイバイ」する。


 たぶん、人気アイドルである茉吏華と次にデートできるのはずっと先のことになるだろう。


 しかし、翌朝、とんでもないニュースを俺は目にした。


『人気絶頂アイドル、電撃婚約! 交際ゼロ日でゴールイン決定♡お相手は一般男性!?』


 ネット記事の見出しをスクロールすると、そこにはアイと俺の写真が何枚もあった。

 どんな角度からでも完璧な美少女のアイが画面の向こうでほほえんでいる。

 一体誰がこんな写真を……そう困惑していると、


 ピン、ポーン♪


 俺の家の呼び鈴がなる。

 俺の日常が、非日常になった瞬間だった。


 どこから見ても完璧な人間なんていない。

 いくらアイドルであっても。


 そう、あの写真をネットに載せることができる人間は一人だけ。

 アイ自身だけだろう。

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幼馴染のアイドルとこっそり付き合っているのだが、彼女にアイドル引退の相談をされた次の日、ネットで電撃結婚の発表をされてしまった!? 華川とうふ @hayakawa5

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