l Iove you
Forever21の下で蹲っている、コウモリみたいなそれが目に入り、私はなんとなく、本当になんとなく、行列から離れて声をかけた。
十月三十一日。渋谷。街がギラギラと紫やオレンジで怪しく光っているのは、週末だからじゃない。警察や自治団体が頭を悩ませる一大イベントハロウィン当日。時刻は二十二時を回り、街ごと酒を浴びたんじゃないかと笑ってしまうほどの不気味な仮装行列はいよいよ終盤を迎えていた。終電で帰るモンスター、酔い潰れて汚い地面に倒れ込む血まみれのドラキュラ達、人気キャラクターのコスプレをした男が女をナンパする光景、冷たい視線を注ぐ一般人、全てイカれてる。まあ、私もそのイカれた参加者のひとりであり、この後適当に友達と合流してクラブでも行こお、なんて空き缶を蹴り飛ばしながら騒いでいたが、黒く異質な「それ」がふと目に入った途端に気が変わった。
「帰りなよ」
十五歳くらいに見えた。フードを被って、怯えたように周囲を見渡す姿を見るに、もっと幼いかもしれない。少女の前にしゃがみこむ。目は合わせてくれない。
「帰りなよって言ってんの、終電無くなるよ」
コウモリみたい。コウモリのコスプレしてるんならだいぶ下手だけど。私は少し呆れて、語気を強めて言い放つ。こんな子が、渋ハロに何の用? 友達とはぐれたとか? スマホもあるし連絡が取れないってことはないと思うんだけど。
私たち二人を置き去りにして、街は進んでいく。ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、いつもは各々の道を黙って行くくせに、今日はまるでみんなが友達ですみたいな顔して、写真撮って。振り返るとまた誰かが投げた酒の缶が地面を転がっていくのが見えた。
……仮装までして来て、楽しみにしてたけど、嫌いかもしんない、これ。いや、言い切れるわ、嫌いだわ。内輪で飲んでた方楽しくない?アンタもそう思わない?
「わたし、帰る場所、無い」
コウモリが呟くように言う。やかましい喧騒に塗れて聞こえるか聞こえないかくらいの声にまた苛立ちを覚えた。この子、家出女子ってやつか。居場所を求めてとりあえず混沌とした渋谷に来たって感じか。
「渋谷に来れば、誰か遊んでくれると思って」
「危ないよ」
「でも、家に居るよりマシ」
「ふうん……」
今の子ってそういうもんか。寒くなってきた空の下で震えている寂しいコウモリを見て、思わずついた溜め息は薄ら白い。そのパーカーもスカートも薄くて心許ないな。そこらへんを闊歩している露出した女どもよりかはまだ物理的にマシだけど、この子は心があったかくない。
「ハロウィンか……」
呟いた私の声も、どこか冷たい。どんちゃん騒ぎに乗り切れてない、渋谷から隔絶されたふたり。私たちだけみたいになった世界。周りの音がうるさい。本当にうるさいなあ、もう。
「お、お姉さんは、いいんですか、こんなとこいて」
「どうでもいいなって、来てみて思った」
それを聞いて、コウモリが顔を上げる。やっと目が合った。
奥二重の目をぱちと開いたかと思えば、気恥ずかしそうに逸らされる。十五歳くらいの普通の女の子だな、と思った。パーカーのフードを被って、黒に身を包んだコウモリの瞳は、街のライトが反射して案外きらきらと光っていた。
お菓子くらいあげてやりたくなるが、持ち合わせはない。コウモリが揺れる。ハロウィンらしいことは思いつかないし、しなくていいし、コウモリだって気持ちが満たされなくて、満たされたくて渋谷に来たんだろうなって思った。
そんで、私たちは流れる街の中で、キスをした。
「ないしょ」
繋げあった小指と小指。にいっと口角を上げて笑ってみせる。ハロウィンの魔法が解けないように。ハッピーハロウィンだっけ? トリックオアトリートだっけ? どっちでもいいや。多分別にみんな、どうでもいいでしょ。コウモリの顔が赤くなったかと思ったら、バチンと大きな音を立てて電気が消えた。二十三時を回ったのか、街中のお祭り用のライトが消されたようだ。そろそろ帰れってことなんだろう。真っ暗になった世界。明日、明後日になればここもいつもの渋谷に戻る。ここで出会った私たちもなかったことになる。
コウモリはここで夜を越すらしい。補導されるだろって思ったけれど、コウモリのためにもされたほうがいいと思った。残酷だけどね。ネカフェ代くらい渡してやれば良かったかな、そもそも入れないか、と考えながら、かつかつヒールを鳴らして暗くなった渋谷を歩いていく。すれ違う人々はみんな楽しそうにしている。気持ちが冷えていくのを感じていた。そこらじゅうで人々が酔い潰れていて、地獄絵図もいいところである。ああ、リセットリセット。これから友達と合流してクラブ行くんだわ。ハチ公近くの喫煙所に無理やり入り込み、火をつける。取り出した煙草はお菓子みたいな味がした。
惑星ぱゆぱぱ 三森電池 @37564_02
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