明日の私に乞うご期待!

三谷一葉

ええいっ、もうおしまいだ、おしまい!

 2021年3月。

 相変わらず新型コロナウィルスは猛威を振るい、朝のニュースでは外出自粛を呼びかけられ、SNSでは「おうち時間」なんて言葉が飛び交っていた頃。

 弊社はいつもと変わらず、平常運転だった。

 要するに、万年人手不足で仕事が大変、なのである。

「コロナ禍のなか、皆さん本当に大変な思いをしていると思います。が、こんな危機的な状況だからこそ、皆で手を取り合って乗り越えて行くべきなのです!」

 パソコンの画面の向こう側。

 目をきらきらさせ、拳を握りしめ、熱く語りかける課長の姿。

 感染対策として、密になることを避けるため、基本的に対面での会話は禁止になった。

 業務の内容的にどうしても在宅勤務が難しく、出社するしかない者も同様である。

 私は出社組だった。画面の向こうでラフなパーカー姿のまま、にこやかな笑顔を浮かべる課長を何度見たことか。

「まさにONEチーム! 2021年を、皆で走り抜けましょう!」

 要するに、人は増えないということである。

 仕事は全く減らないということである。

 いつまで残業しても全然仕事が片付かないということである。

 初めて課長のあの笑顔を見た時、非常に嫌な予感がした。風邪を引いたわけでもないのに、背筋に悪寒が走ったのを覚えている。

 直観の賜物だ。直感ではなく。その時はわからなかったが、後から思い返してみれば、前職でも似たような経験があったのだ。

 定時退社など夢のまた夢。

 休日出勤当たり前。

 もうこれ以上残業できないとなれば、必殺奥義「今月は✕✕時間ってことにしとくから!」

 休憩室に行った同僚がいつまで経っても戻って来ず、何事かと思って様子を見に行ったら永眠していた··········なんて噂話が飛び交うような、実にホラーな職場であった。

 そう言えば、あっちの課長も好きだったな。一致団結とか皆で力を合わせてとか、手を取り合って頑張ろうとか。

 会社に心臓を捧げる気はさらさらないので、さっさと転職したが、ここもそろそろ潮時なのかも知れない。

 今は便利な時代である。スマホで気軽に検索できるから、通勤中に転職サイトのチェックができる。

 給料はそんなに高くなくても良い。一人暮らしが出来て、月に一度外食などの贅沢ができるのであれば。

 繁忙期以外は定時退社ができて、きちんと引き継ぎや調整ができれば有給がとれるのであれば。

 もうこりごりなのである。今日で連勤何日目~だの、有給全部使うなんてありえなーいだの、定時で上がるとか社会人舐めてるよね~だのは。

 だから次の職場は、とにかくホワイトな場所を選んだはずだった。

 実際あの課長が来るまではホワイトだったのだ。

 毎日定時退社してたし、残業なんて一年に数回あるかないかだった。

 これがこの有様である。恨み節の一つや二つぶつけたって許されるだろう。

 何が社内ブログ「私と読者と仲間たち」だ。

 自分が主となって動く、経営者目線で考える、効率化を勧めて一人で三人分の仕事を! じゃあないのである。

 人が足りないのだ。

 人が足りないのだ。

 人が足りないのだ!!

 下っ端だけで愚痴っていても仕方ないので、それとなく進言してみたことがある。

 課長はどうも、アットホームで親しみやすい上司を目指しているらしく、下っ端の私にも気軽に話しかけてくれるのだ。

 というわけで、現在の状況についてオブラートに包みつつ話してみたりもしたのだが、課長の反応はいまひとつであった。

 遠回しでは通じないかと、オブラートがだんだん剥がれていき、21回目の進言の時は客観的なデータを示すために現在の業務量と日ごとの進捗、今月の私の残業時間や有給取得率などをまとめた資料を昼休み返上で作成して提出したのだが、返ってきたのは、

「確かに大変だけどさあ、労働って尊いものだと思わない? 僕は仕事してると、ああ、皆の役に立ってるんだなあと嬉しくなるんだけど」

「君ならできると思ってるから任せてるんだよ。大丈夫。皆で力を合わせれば何とかなるさ」

 これ以上どうしろと!!??

 そこで流石に目が覚めた。

 この会社はもう駄目だ。

 この課長がいる限りもう駄目だ。

 転職しようと決意する。ひとりカラオケで課長の顔を思い浮かべつつ、日頃の恨みを込めてシャウトする程度ではこのストレスは解消されない。

 とはいえ、仕事は仕事としてあるわけで。

 転職するからもう知りませんとはできないわけで。

 元から好きではなかったが、今でははっきり嫌いになってしまった仕事ほど進まないものはない。

 もう夜の九時だ。

 終わりが見えない。まだ帰れない。

「··········明日に、します」

 自分に言い聞かせるように、そう呟いた。

 切りの良いところまでできた資料を保存して、パソコンの電源を切る。

「あれ、もう終わったの?」

 隣の席で、私と同じく残業中の同僚が首を傾げている。

「終わってないけど終わりにします。終わらないので」

「え」

「もう九時なんだからゴールしたって良いと思うんですよ。お疲れ様でしたっ」

 早口にそう言って、引き止められる前に会社を出る。

 あー、終わり終わり。もうおしまい。

 今日の私は頑張った。明日の私に任せましょう。

 ··········あと何日、こんな毎日が続くのだろう。

 次の職場が決まるまではと頑張っているが、身体を壊す前に思い切って辞めるべきだろうか。

 給料そこそこ、毎日定時退社、有給消化可能なホワイトな職場をご存知の方、もしいらっしゃるのなら、教えて頂けると凄く嬉しいです。

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明日の私に乞うご期待! 三谷一葉 @iciyo

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